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こっちで元気にやってます  作者: 楠 螢
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乙女の気持ち、男の気持ち

短剣の仕上がりが2日後なので、それまで出発は待つことにした。せっかくの温泉宿なので、のんびりしようという事になった。今日はアーヤの家に来ている。真人は女性だけでどうぞとどこかへ行ってしまった。

「アーヤの家は薬草の栽培もしているのね。」

同じ日本からの渡り人ということでとても親近感がわいて、お互い名前で呼び合うことになった。」

「そうよ。でもここで栽培しているもの以外が欲しい時やまだ薬草が若くて収穫できない時は依頼を出すの。私では採りに行けないから。朋美は薬草の採取依頼も結構受けるの?」

「そうね。でも狩りや討伐の方がお金はいいから、最近はそっちの方が多いわ。」

「でも危険じゃない?」

コーヒーを飲みながら会話を楽しむ。最近ではなかった穏やかな時間だ。

「真人がいるから平気です。」

笑顔で答えた。するとアーヤが直球で言ってきた。

「恋人だと信頼度が増すわよね。この世界の冒険者だとお互いに命を預けているから。」

私は真っ赤になった。

「あ、え・・・こっ恋人じゃありません!」

誤魔化すようにコーヒーを飲む。

「あら、違うの?お似合いだと思ったのに。」

向かい合って座っているアーヤは、からかうように言った。キッチンからいい匂いがしてくる。そろそろかしらと言って彼女は席を立ってそれを取りに行った。


お似合いって・・・真人は一緒にこっちに来ただけで恋人では・・・。仕事のパートナーだし、お互いに信頼し合ってるし・・・でも私が年上だし・・・。


「はい、お口に合うかしら。」

シフォンケーキだ。

「うわあ、美味しそう。ケーキなんて久しぶり。」

さっそくフォークを突き刺す。アーヤの手作りのシフォンケーキはとても美味しい。

「それじゃあもし帰る方法が見つかって、真人が帰らないって言ったら朋美は1人で帰るの?」

手が止まった。その選択肢は私の中になかった。

「それは・・・。」

一緒に帰るものだとばかり思っていた。でもその可能性は0ではないのだ。真人は淡々と依頼をこなしている。こっちで生活するのに困ることはない。携帯もあっさり手放した。戻らなくてもいいと思ってる?不安になった。もしかして、戻りたいと思っているのは私だけで真人はそれに付き合っているだけなのでは?そんなことを考えてしまった。


収納からスマホを出す。

「あら、それはなあに?」

「あ、スマートフォンって言う携帯電話です。」

電波は届かない。ロック解除し、アルバムを開く。友達の写真、旅行の風景。たくさんの思い出が詰まっていた。アーヤが覗き見る。

「今の携帯ってそんなに薄いのね。私が知ってる携帯はこんなやつよ。」

蓋を開け閉めする動作をする。

「画像も綺麗ね。この男の人は?」

アーヤが指さす。

「これは私の父です。高校卒業の時に一緒に撮ったものです。」

なぜかアーヤの目に涙が浮かぶ。

「そう、お父さんね。会いたいでしょう?」

「・・・はい・・・。」

私も涙が出てきた。

「私がいなくなると独りぼっちになってしまうから・・・。」

湿っぽくなってしまった。話題を変えなきゃと思っていたら、アーヤが先に喋ってきた。

「ところで真人はあなたのことが好きよね。」

またその話題!?再び顔が赤くなった。

「朋美は彼のことは好きじゃないの?」

なんて答えていいか分からない。あたふたとする私をアーヤは微笑ましく見ている。

「こんな風に突然離ればなれになってしまうかもしれないんだから、自分の気持ちに正直になった方がいいわよ。」

そう言ってコーヒーのお代わりを注いでくれた。正直にと言われても、本当のところはよくわからない。同士、仲間・・・そんな感じだと思っていた。こっちに来て、同じ渡り人だから安心して一緒にいる。でも本当にそれだけなのだろうか。自分自身に問いかける。


「でも自分はトモさんがいてくれれば帰らなくてもいいと最近は思っています。」

真人の言葉が頭の中に浮かんでくる。

「トモさんさえいてくれれば・・・。」

あの時聞こえないふりをした。何故だろう。「私は帰りたいから無理よ。」と答えたかったのだろうか。それとも「私もよ。」と言えばどうなったのだろうか。答えのない問いがぐるぐると私の頭を支配する。

「そんなに難しく考えなくてもいいのに。」

悩む私にアーヤが言う。自分の気持ちに正直に・・・答えを出してみようかな。


2人の女子会を終えて宿へ戻った。真人はまだ戻っていないらしい。まだ時間が早い。いざのんびりしようとしたが、特に何もすることがない。仕方がないので布団でゴロゴロしていた。

「何にも予定がない日って、何をしていたんだっけ。」

あっちにいれば曲を聞いたり友達とおしゃべりしたり。本を読んだりもしたっけ。こっちには何もない。宿屋住まいだから余計に何もない。

「アーヤの仕事の邪魔をしてもいけないし、真人はどこに行ったんだろう。」

いつもいるはずの真人もいない。こんなに退屈な日は初めてだ。王都に行くまでの旅費はあるが、あのお尻に優しくない馬車で大丈夫だろうか。そうだ、クッションを買いに行こう。

布団から飛び起き、雑貨屋へ出かけることにした。


今日は1人で依頼を受けた。トモさんはアーヤさんとお茶会らしい。自分は邪魔だと思ったので、用事があると言って断った。この町は薬師が多い。必然的に薬草採取の依頼が多い。同じ薬草の採取依頼を2つ受けて町を出てきた。今日も風が冷たい。山の方はもう雪が積もってきている。

「やっぱりあの時出てきて正解だったな。」

今リスデンとオレインの領境を通るとなると、かなり大変だろうと思う。雪が積もれば馬車の足も遅くなる。あのテントでは寒すぎて夜も眠れないだろう。リスデンもいい町だったけど、他の土地へ行くとなると山を越えなければいけないから大変だ。

「移動手段に船もあるんだろうなぁ。」

自分の中には『帰る』という選択肢が無くなってきている。帰る方法なんて見つからなければいいのにとさえ思っている。でもトモさんは帰りたがってる・・・。矛盾した気持ちが入り混じっている。

「もし帰れたら、自分は本当に帰るのか?」

トモさんだけが帰って自分は残る。その可能性もある。帰ったら今のように彼女と一緒にいることは出来ない。あの時彼女が聞こえないふりをしたのはそのせいだったのかもしれない。だとしたら、自分は帰らない方がいいのではないか?

真人の心は揺れ動いていた。


翌日宿を出た。予定では短剣が仕上がっているはずだ。早くに朝食を済ませ、グリージアへ徒歩で向かうことにした。身体強化した足で走れば意外と早く着くだろうという真人の提案だ。すぐにあちらに帰れる方法が見つかればいいが、そうでなかったらやっぱりもうしばらくこちらで生活をしなければならない。それなら覚えていた方がいいという理由で身体強化を教えてもらった。

「すっごく足が軽いわ。」

どこまでも走れそうだ。ぐんぐん進んでいく。これはいいわと調子に乗っていたが、強化が切れたらどっと疲れた。

「すぐに使えて30分も効果が続くなんて、覚えがいいんですね。」

「そんなことないよ。真人の教え方がいいんだよ。」

少し休憩する。グリージアの門がすぐそこに見えている。

「効果が切れた後の疲労感を感じなくなるまで鍛えるんですよ。戦闘中に切れたら敵から逃げられませんからね。」

確かにそうだ。こんな生まれたての小鹿のようにしていたらあっという間にやられてしまう。今度は加減を覚えよう。

「でも、休憩しても馬車より早かったですね。」

「そうね。馬車は疲れる時もあるから、徒歩も考えた方がいいわね。」

カップを出して水と氷を入れた。真人にも渡す。2人でグイっと飲んだ。

「ああ美味しい。生き返るわ。」

「さあトモさん、あと一息です。」

2人は立ち上がり、門を目指した。

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