渡り人の話
「出来上がっているかな?」
グリージアへ向かう馬車の中で、同じことを何度も聞く。あれから2週間たった。早ければ出来上がっているはずだ。シェスナで依頼を受けてきたから、上手くいけば新しい短剣が使える。期待に胸を膨らませ武器屋へ向かう。
「すまない。まだなんだ。鞘がまだ出来ないんだよ。」
がっかりした。期待し過ぎた分落胆が大きい。
「明後日には出来上がるから、出直してくれ。」
後2日の辛抱だ。諦めて短剣なしで依頼をこなしに行く。
「短剣がない分、魔法の精度が上がりましたよね。」
確かにそうだ。電撃もかなり正確に狙えるようになってきた。今なら針の穴にも通せそうだ。
「魔法ばっかりだと、うっかりあっちを使ってしまいそうでね。」
「イメージが大事ですよ。自分には分かりませんが。」
あの日トモさんは聞こえないふりをした。自分の事を嫌ってはいないのだと思うけど、出来れば気持ちが知りたい。あの時の言葉は本心だ。もう戻れなくてもいい。トモさんがいてくれれば、この世界で一緒に生きていく覚悟はできている。でも彼女は帰りたがっている。帰りたい理由は分からない。でもそれまでは一緒にいることが出来る。その気持ちが今の自分を動かしている。
もし、もし戻れたらどうなるのだろう。トモさんは自分の事は忘れて日常の生活に戻ってしまうのだろうか。もしかして、あっちに恋人がいたのだろうか。そんなことばかりを考えてしまう。もし・・・。
「真人!」
目の前にワーウルフがいた。大きな口を開けて自分に嚙みつこうとしている。急いで左手でガードする。強化した腕は食いちぎられなかった。しかし牙が今にも食い込みそうだ。右手も強化して密着しているワーウルフの横腹に一発入れる。ワーウルフは顔をゆがませ牙を離す。
「大丈夫?」
「すみません、油断していました。」
距離をとる。今日の依頼は時々街道に出るワーウルフを退治して欲しいというものだ。
グリージアから南へ行くとミアナという村がある。ここは定期便がなく、人々は個人が持っている馬車や牛車、もしくは徒歩で移動するのだ。その途中にある森の中に出るというのだ。私たちも徒歩で移動、森の中の道でターゲットに出くわしたのだ。
「中々すばしっこいですね。」
「グルルルル、ウガー!」
鋭い爪と牙で襲ってくる。雷撃を放っても感がいいのかすべて避けている。このまま長期戦になれば先に体力が尽きる方が負けだ。いや、森を住処にしているワーウルフの方が有利だ。
「真人、こっちに来て。試したいことがあるから。」
さっと真人が隣に来る。私はイメージを膨らまし、広範囲に稲妻を放った。危険を感じたワーウルフは木々の間に隠れる。しかし私の魔法の範囲は広く、ワーウルフをあっさり捉えた。
「ギャウン!!」
痺れたワーウルフが土の上を転がっている。そこへすかさず真人が攻撃を仕掛ける。
仕留めたワーウルフを収納へ入れ、ミアナ村へと行く。村には網が干してあり、漁村だとすぐにわかる。私たちは年配の女性に声をかけた。
「この村で渡り人について詳しい人はいらっしゃいませんか。」
女性は頭に巻いていた手拭いを外し、詳しい人のところへ案内してくれた。
「あら、お客さん?こんなところに珍しいわね。お茶でもいかが?」
白髪交じりの金髪の女性が私たちを迎えてくれた。カップを置く手に苦労の後が感じられる。老女は自分も席に座り、真っ先に紅茶に口を付けた。
「私の話が聞きたいなんて、あなた達も物好きね。私はね、50年くらい前に日本ってところからこっちに来たのよ。」
日本!まさしく自分たちが住んでいたところだ。
「私の父は異国の人と取引をする仕事をしていて、母は異国の商人の娘だったんですって。それで父に一目惚れした母が猛アタックして結婚したって言ってたわ。」
なるほど、日本から来たのに日本人っぽくないのはこの女性がハーフだからなのね。
「母は寂しくなるとよく隣のお婆さんのところに行っていたの。お互い遠くから来たのだから、頑張って生きていきましょうねって話をしていたわ。隣のお婆さんはね、髪は白髪だらけだったけど、目は凄く綺麗な緑色だったわ。私はよくお婆さんの目は宝石みたいって言っていたのよ。」
くすくすと笑う老婆は懐かしい話を聞いてくれるのが嬉しいみたいだ。私たちも紅茶を飲んだ。やはり渡り人だ。紅茶は薄くない。
「でも私が10歳位の時だったわ。近所に遊びに行ってていつものように家に帰ると母がいなかったの。だからまた隣のお婆さんのところに行っているのだと思って私も行ったの。でも母はいなかったわ。お婆さんが帰ってくるまでここにいていいって言ったから2人で串団子を食べながら母が帰ってくるのを待っていたの。そしたら地面から光が現れて私とお婆さんはこの世界へ来てしまったの。」
急に寂しそうな表情になった。当然だろう。こちらへ来て、もう二度と家族と会えなくなってしまったのだから。
「びっくりしたわ。眩しくて目をつぶっていたのだけれど、段々眩しくなくなってきたから目を開けて周りを見たら全然見たこともない景色が広がっていたのよ。知らない建物、知らない服装の人たち。でもお婆さんはとても嬉しそうだった。『私は帰ってきたんだ』って言っていたわ。」
「帰ってきた・・・ですか?」
「そうよ。そしてそのまま走ってどこかへ行ってしまったの。私は1人そこに取り残されたわ。」
今の話からすると、そのお婆さんは以前この世界にいて、日本へ行った。そしてまたこちらの世界へ戻ってきたことになる。
「そのお婆さんが今どこにいるかご存じないですか?」
ダメもとで聞いてみる。
「知らないわ。だって50年も前の事よ。」
やっぱりか。そんな昔、しかもそこで別れた人のことなど知っているはずもない。
「その、こちらへ来た時の場所はどこだったか覚えていらっしゃいますか?」
真人が尋ねる。そうだ、人の事は分からなくても場所なら覚えているかもしれない。
「王都よ。王都の噴水のある公園だったわ。大きなところだったから今でもあるんじゃないかしら。私は身寄りもなく仕事もしたことがなかったから、孤児院に預けられたわ。」
「ありがとうございます。」
そう言って私たちは老婆の家を出た。
グリージアへ続く道を急ぎ足で歩いた。
「王都に行きましょう。何か手掛かりがあるかもしれません。」
「そうね。行って戻ってきた人がいるのだから、絶対にあるわよね。」
私は期待に胸を膨らませた。でも真人はすっきりしない顔をしていた。
「どうしたの?」
「いえ・・・さっきの老婆の話し方が気になったもので。」
「話し方って?」
足を止める。
「トモさんはアメリカやイギリスなどの事を総称してなんて言いますか?」
「え?・・・外国・・・よね。」
「はい。自分もそう言います。でもあの人『異国』って言ってたんですよね。」
「異国・・・随分古い言い方ね。」
「そうですよね。それがちょっと気になったもので。でも田舎では50年くらい前だとそんな言い方をしていたかもしれませんよね。」
そう言われると私も気になってしまった。父は異国とは言わない。では祖父母は?
「気にしてもどうにもならないわよ。今は王都に行く方が先よ。早く出発する準備をしましょうよ。」
帰れるかもしれないという気持ちの方が強かった。再び急ぎ足でグリージアへ向かった。




