それそれの思惑
ようやく調査が終わった。いや、リスデンへ帰ってきただけだ。後1日残っている。明日の海の調査で任務完了だ。やっとトモさんに会える。もう1ヶ月も会っていない気がする。調査の最中、いろんなことを教わった。戦い方、こちらでの生活様式、知らないことだらけだ。親がネグレクト気味だったのでお金を稼ぐ以外の生活スキルはそれなりに身に付けてはいたが、こちらでは通用しないことが多い。こちらの人は自分の歳では成人ですでに働いてお金を稼いでいる。成人でなくても働いている。トモさんもそうだが、転移前まではまだ学生で親のお金で生活していたから、本当の意味でお金を稼ぐ大変さを分かっていなかったと痛感する。あんな親でもそれなりに大変だったのだろうと少しだけ感謝する。
「ギルドマスター、マリウスです。」
マリウスはギルド長室をノックする。
「どうぞ。」
扉を開けて部屋へ入る。ギルドマスターは自席で仕事をしている。ソファーに腰を掛けるようにと言われ、一緒に腰を下ろす。書類の整理が終わったギルドマスターがソファー席へ移動する。
「お待たせしました。どうでしたか、今回の調査は。」
「特に大きな変化はないようですね。ところで明日の海の調査の件ですが、マサトはまだ海に出たことがないそうですね。」
そうだ。まだ海での依頼は受けたことがない。
「申し訳ないのですが、海の調査は他の人をお願いできないでしょうか?もし魔物が襲ってきた時、場合によっては武闘タイプはかなり不利ですし。」
戦闘によって相性の問題はあると思う。それは陸でも同じではないのか?最終日に依頼の仕事から外されるとは思っていなかったので少し動揺した。
「他の人と言われても・・・、そうだ!1人いい冒険者がいますよ。ランクは低いのですが。」
ギルドマスターは手を叩いて言った。
「ランクの低い者ですか?調査には赤以上を依頼しています。彼の同行も特例ですよ。」
マリウスの言う事は正しい。赤以上の依頼に青を特例で同行させたのだ。これ以上の特例があるものか。しかしギルドマスターは続けて言う。
「それは十分承知しています。しかし調査はほとんど終わり、残りは海のみです。それにこちらが推薦するものはこの町の冒険者で一番魔力量が多い者です。」
「ランクが低いのにですか?」
「はい、そうです。」
ギルドマスターとマリウスの会話を黙って聞いていた。だがどうも気になる。この町の冒険者でランクが低いが魔力量が多い人・・・。思い当たるのは1人しかない。
「その者の費用は当ギルドが持ちますので、他の者ではなくマサトと一緒にでお願いできませんか?」
「一緒にですか?しかし・・・。」
返事を渋るマリウスにギルドマスターは強引に話を進める。
「用意している船も人数が1人増えても問題ない大きさですし、いかがでしょうか?」
マリウスが考え込んでいる時、部屋のドアがノックされる。
「誰だ?」
「リズです。お連れしました。」
「ああ、入ってくれ。」
扉が開いた。リズに案内せれてトモさんが来た。
「彼女が今話をしていた冒険者の『トモーミ・オーノ』です。彼女もマサトと同じ『渡り人』です。」
やっぱり!なぜギルドマスターがトモさんを推薦するのかわからないが、渡り人であることが関係しているのは間違いないだろう。と言う事は、自分が同行することもはじめから決められていたのか?
「そうですか、と言う事はマサトのパートナーですね。ならばもし戦闘になった時お互いのフォローは大丈夫でしょう。わかりました。彼女の同行を許可します。」
あんなに返事を渋っていたマリウスも朋美を見るとあっさり同行を許可した。事の成り行きを知らない朋美だけはあっけにとられた顔をしている。
「あの・・・私の同行とは何のことでしょうか?」
「ああ、今から仕事の説明をしますね。こちらへどうぞ。」
にっこりと微笑んだマリウスはギルドマスターの隣へ移動し、自分が座っていた席に朋美を座らせた。
「では明日8時にギルドへ来て下さい。」
「わかりました。では失礼いたします。」
2人そろって部屋を出る。完全に部屋を出たのを確認し、
「茶番に突き合わせて悪かったな。で、マサトの方はどうだった?」
「先が楽しみな新人という感じですね。」
「そうか。能力はそうでもないのか。」
ため息をつきながら紅茶を飲む。
「あくまで現段階では。」
マリウスは席を立つ。窓際に行き外を見る。
「スタートのレベルが高い上に伸びしろも十分あります。王室警備隊に召し上げたいくらいです。」
「ほう。そんなにいい腕ですか。」
「ええ。特殊な能力は持っていないようですが。」
ルイーシュは2人の会話を聞きながら調査書を纏めている。
「ところで、明日の調査に同行させたいとはどういうことなのですか?」
マリウスが尋ねる。
「彼女は魔導士です。短剣も使えます。」
「魔導士と魔法剣士の適性ありですか。」
ギルドマスターは再び紅茶を飲み、
「・・・私の独り言ですが、魔力が測定不能でしてね。」
マリウスが振り返る。ルイーシュも手が止まる。
「まだ緑なのにソロでグリーンイグアーナまで倒すとは。属性は雷だけなのになぁ。」
「ありえません!」
突然ルイーシュが口を出し立ち上がる。
「いや、独り言なんですよ、独り言。」
落ち着かせるようにギルドマスターが続ける。
「解体所で状態を確認したらかすり傷が1つあっただけ。あの日は水の日だったかな。」
マリウスは顎に手をあて考え込む。
「明日はちょっと仕掛けてみるか・・・。」
女神の雫の一室。2人は向かい合って座っている。
「グリーンイグアーナを雷属性の魔法でしかも緑がソロで倒すなんて絶対にありえません。もし倒したのが本当ならば、剣かほかの属性がないと無理です。」
「私もそれには同感だ。しかし、解体所の者の見立てでも他の魔法を使った形跡はなかったそうだ。」
当然だ。朋美はグリーンイグアーナを凍死させた。しかも形跡を消すために氷はすべて溶かした。
「受付の者の話でも『運が良かっただけ』としか答えなかったそうだ。どう運が良かったのか。」
2人は考え込む。しかし答えは出ない。
「明日、プルッポを仕掛けようと思う。」
「あれをですか?益々マサトの出番はないですね。」
「仕方ないだろう。トモーミ・オーノの能力が見たければマサトには大人しくしていてもらわないと。」
「わかりました。準備します。」
「しかし、ここで2人の渡り人に出会えるとは。」
ギルドを出て宿に向かう。ベッドで寝られるのも久しぶりだ。
「どんな感じだったの?調査って。」
「自分が手伝えることはあまりありませんでしたよ。」
謙遜しているのか?でも出発前より逞しくなった気がする。
「トモさん、後で部屋に行っていいですか?話したいことがあります。」
「私もあるの。305号室よ。お茶の準備しておくね。」
「わかりました。チェックインしてすぐ行きます。」
木の葉屋の女将お勧めの紅茶葉を使って紅茶を入れる。いい香りが部屋中に広がる。これでクッキーでもあればいいのに、次は絶対買ってこようと思った。でもクッキーってこっちにあるのかしら?
「トモさん、自分です。」
「開いてるから入って。」
扉を開けて部屋に入る真人の鼻に紅茶の香りが届く。思いがけない事に少し戸惑いながら
「紅茶ですね。先日のカフェでの紅茶はお湯に色が付いただけのようなものでしたよね。いい香りです。・・・何か嬉しいです。」
照れくさそうに言った。味気のない物ばかり口にしていたからか、それともこの香りで日本を思い出したからか。
「座って。それで話って?」
真人は椅子に腰を下ろす。早速紅茶を一口飲む。
「ふう、美味しいですね。」
少し微笑む真人の顔はきっと日本にいた時の顔なのだろう。こちらに来た時からずっと張り詰めたようだったから。
「明日の調査の件なのですが、何か意図的にトモさんを同行させているように感じるのです。」
「え?武闘タイプだと調査に向かないからって私が声をかけられたんだけど。」
「そんなことは調査を始める前から分かっていることじゃないですか。そもそも調査にはいつも赤以上の冒険者という条件が付いているそうなんですよ。自分が声をかけられた時は気にしていなかったのですが、緑のトモさんを同行させるなんて明らかにおかしいです。マリウス調査員も明日は自分とは別の冒険者をと言っていたのに、結果的にトモさんを同行と言う事になったじゃないですか。」
確かにそうだ。そもそも条件は赤以上なのに青の真人に声がかかるのがおかしい。特例であったと言われれば納得も出来る。でも更にその下の緑の私にまで声がかかるのは明らかにおかしい。
「ギルドマスターは『この町の冒険者で一番魔力量が多い者』と言いました。何か思い当たることは?」
ハッとした。魔力測定の件だ。あれはどこにも報告しないと言っていたのに。
「確かにあの話し方は『報告』ではないですね。数値も具体的に話してませんでしたし。」
「それじゃあ、こっちが何か言っても報告はしていないってことになるのね。」
なんだか腑に落ちない。
「しかし、明日の調査への同行は明らかにそのことと関係しているのでしょうね。」
急に不安になってきた。私の魔法の事でギルドマスターが何か探りを入れてきたのだ。
「あのね、私からの話なんだけど。」
私はグリーンイグアーナの件を話した。
「氷ですか!?」
「うん。さすがにやばいと思って隠したんだけど、もしかしてそれと関係しているのかもしれない。」
2属性でも水・・・氷が使えるとなると、貴族が抱え込みをしようとします。氷が使える人は貴重ですから。
ランディさんの言葉を思い出す。
「絶対に疑われていますね。ところでどうして氷魔法が発動したんですか?」
「多分直前に思ったことが魔法で現れたんだと思うの。その後色々と試してみたんだけど、ほら、こんな感じ。」
空になったカップを手に取り、それに向かって氷を出した。カランと音を立てて一口サイズの氷が出てきた。
「水も試したわ。とても美味しい水が出てきたの。」
「あ、もしかしてこの紅茶の水・・・。」
その通りだ。こちらの水はあまり美味しくない。
「火もイメージしてみたけど出ないのよね。属性がないのかしら?」
「レベルが関係しているのかもしれませんね。もっとレベルが上がると使えるようになるのかも。」
その可能性は否定できない。
「どちらにしても、明日は用心するにこしたことはありません。間違っても雷以外の魔法は使わないように。」
当然だ。私も貴族に召し抱えられたくない。明日の調査は気を抜かないようにしなくては。




