漁師になった朋美
木の葉屋の旦那さんの呼び方を『マスター』に変更しました。
目覚めはあまりよくはなかった。トカゲの件で怖くなって、外に出る気がしなくなっていたのだ。でも依頼を受けないとここを出る為の資金も貯まらない。
大丈夫ですよ、トモさん。
そう言う真人の顔が浮かぶ。
「大丈夫じゃないよー。どうしていてくれないのー。」
中々ベッドから出られない。布団を頭からかぶる。
「行く、行かない、行く、行かない・・・。」
しばらくぶつぶつと念仏のように言っていた。
「あー、もう!安全な依頼を斡旋するって言ってたじゃない!」
ベッドから飛び起きる。
「だってあれはあれよ。私が無理したのがいけないのよ。」
部屋の中をうろうろしながら自分に言い聞かせる。何とかやる気を出してギルドへ向かう。
「おはようございます。今日は何か依頼はありますか?」
「おはようございます。もちろんございます。雷属性をお持ちのトモーミさん限定の依頼ですよ。」
リズがにっこりと笑って言う。この笑顔は大丈夫かしら?ちょっとだけ不安になった。
「今日は漁のお手伝いの仕事です。」
「漁の手伝い?魚釣りでもするんですか?」
2人の間に疑問符が浮かんだ。
「今朝漁師の方から依頼がきまして、指定の魚を捕る手伝いをしてくれる人を派遣して欲しいと。西門に10時です。よろしくお願いします。」
いや、私受けるって言ってないんですけど。リズはさっさと依頼書を発行し、私に手渡した。
「・・・わかりました。」
諦めて依頼を受ける。漁師(一般人)と一緒なら危険はないわよね。依頼の時間まで1時間ある。早いけど西門へ移動した。
西門へ着くと、牛車に乗った男の人が2人いた。荷台には大きな箱が乗っている。2人は何か話をしていたが、私が近づくと会話を止めて1人の男性が話しかけてきた。
「冒険ギルドから派遣された雷魔法が使える人かい?」
「はい、そうですけど。」
「いやぁよかった。こんなに早く来てくれるなんて。早速出かけよう。」
約束は10時のはずだ。特に困ることはないので出かけることにしたが、なんでも客から急遽特定の魚が必要だから捕ってきてくれと頼まれたらしい。元々そんなにたくさん捕れる魚ではないのに、『急にしかもたくさん今日の夕方まで』にと依頼されて困っていたそうだ。ギルドも10時頃までにはという約束で依頼承諾したらしい。
牛車に揺られて川へ着いた。漁というから海かと思ったら、川魚だった。2人は網を握り、1人は橋を渡って対岸へ行った。それから網を川の中へ入れ、2人は川下へ歩いていった。
「橋の上から川に向かって雷魔法を打ち込んでくれ。あんまり強いと魚が死んでしまうから、麻痺させる程度で頼むよ。」
ああなるほど、感電させて魚を網にかけるのか。以前岩をハンマーで叩いて岩陰に隠れている魚を失神させて捕るというのをテレビで見たことがあるけれど、それと同じ原理ね。
「ではいきます。」
上にあげた手を振り下ろしながら、加減して川に向かって魔法を放った。
早く出発したので、漁は早く終わった。漁師さんたちには感謝された。お礼にと捕れた魚を数匹くれた。早速木の葉屋へ持って行った。
「いらっしゃい。あら、1人かい?」
女将さんが声をかけてくれた。
「はい。真人は別の依頼を受けているので。」
カウンターへ通された。
「実は魚を頂いて。」
すぐに桶を出してくれた。その中に収納から魚を出す。
「あら、こんなに。」
数種類の魚で桶はいっぱいになった。
「こんなに食べられないのでもらってくれますか?」
女将さんはびっくりしたようだ。魚を買ってくれと持ってくる人はいるが、貰ってくれという人はあまりいないようだ。
「悪いよ、ちゃんとお金は払うよ。」
そう言った女将さんに
「いえ、いつもおいしい料理を食べさせてもらっているので。私ではこんなにいっぱい食べられないし、料理するところもないから。」
そういうと女将さんはにっこり笑って
「そうかい、それじゃあありがたくいただくよ。今日の料理はサービスしとくね!」
そう言って厨房へ魚の入った桶を持って行った。
「そういえば、あんたと一緒に来る男の人は渡り人なんだって?」
厨房からマスターが声をかけてきた。噂になっているのか?渡り人と呼ばれることに慣れてはいるが、まさか店の人にそんな風に覚えられているとは思わなかった。
「はい、そうです。」
「やっぱりそうか!俺たちの料理を喜んで食べてくれていたから間違いないとは思っていたが、やっぱりか。」
マスターは嬉しそうに話す。女将さんが続ける。
「ほら、うちの料理の味付けは少し変わっているだろう?実はこの味付けはうちの人が以前働いていた店にいた渡り人から教わったものなんだよ。」
「え、渡り人からですか!?」
驚いた。マスターが働いていた店にいたってことは、まだ現役で働いている人かもしれない。
「もう20年くらい前かな。見習いで入った店に金髪で青い目の料理人がいたんだよ。俺たちの地元は茶色い髪の人が多くてね。あの髪の色は目立ってたな。」
金髪に青い目。日本人ではないのね。
「こっちでは魚なんて焼いて野菜スープをかけるとか軽く塩を振って焼く位しかやらないのに、川魚は丁寧に泥を吐かせるとか、香草を付けて焼くとか随分と手の込んだことをやっていたんだ。初めて食べた時は何だこれって思ったけど、また食べたくなるんだよな。そしてあれを食べたらもう今までの料理なんてまずくて食えたもんじゃねぇって思ったよ。」
同感だ。ここの料理を食べたらもう他の店には行けないわ。あのファミレスっぽいお店を贔屓にしようと思ってたけど、この味を知ってしまったらもう無理ね。
「この町に店を出した時珍しがって食べに来た人たちも、舌に馴染みのない味にはかなり抵抗があったみたいでね。一時期は閑古鳥が鳴いていたよ。よく通ってくれたのは『マルセ』の店主くらいだったね。」
マルセ・・・お世話になったわ。やっぱり珍しいものは好きなのね。
「でもそのうちこの人みたいにまた食べたくなってなんて言って来てくれる客が増えてね。」
女将さんは嬉しそうに話してくれた。
「あの、もしかしてお米料理もありますか?」
「お米?」
「ライスとかごはんって聞いたことないですか?」
「ライスは聞いたことあるぞ。確かあの人はマイスの実のことをそんな風に呼んでたな。」
「あるんですか!?」
カウンターから身を乗り出して聞いた。日本人なら米!しばらく食べていないのであるなら出して欲しいくらいだ。
「ない。」
あっさり撃沈された。よほどがっかりして見えたのだろう。
「今度仕入れといてやるよ。よかったら何かレシピを教えてくれ。」
「私が教えるようなレシピがあるかしら。」
「マイスの実を使ったどんな料理があるのか?」
「うーん、おにぎりとかオムライスとか・・・。」
「どっちも聞いたことないぞ。よし、絶対に仕入れとくから教えてくれよな!」
出来上がった魚料理を盛り付けながら、嬉しそうに話すマスターであった。




