第7話「神代の来襲。あやめが実家を捨てた理由」
学校の正門前が、異様な緊張感に包まれていた。
登校してきた生徒たちの足を止めたのは、正門の前に不気味な威圧感を放って整列した、数台の漆黒のセダンだった。
「……来たわね」
神代あやめが、低く、冷徹な声で呟いた。その切れ長の鋭い瞳は、セダンの重厚なドアが開くのをじっと見据えている。
降りてきたのは、黒いスーツに身を包んだ体格のいい屈強な男たち。そして、その中央から、ただ者ではない重圧を全身から発する一人の老人が姿を現した。
「あれが、神代グループの総帥……」
本庄結が、いつもの余裕に満ちた笑みを消し、険しい表情で智也の横に並ぶ。一夜で頂点に登り詰めた彼女ですら、歴史の裏で異能を管理してきた神代という名の持つ重みには、一瞬気圧されたように見えた。
老人は真ん中で立ち止まり、鋭い眼光をあやめへと向けた。その声が、静まり返った朝の校庭に低く響き渡る。
「あやめ、戻るぞ。お前のような者が、このような場所で浮き草のような生ぬるい生活を送ることは許されん。お前の身は、すでに本家の管理下にあるのだ」
その言葉に、あやめは智也の前に立ちはだかるように一歩踏み出した。その背中は、昨日まで智也の腕に抱きついていた少女のそれではない。四百年の宿命を背負った武士――『朔』の、凛とした冷徹な覇気を纏っていた。
「断るわ、おじい様。私の魂は、私のもの。……そして、この人のものよ。二度とあの冷たい檻に戻るつもりはないわ」
「ふん。前世の妄執か、くだらん。……結城家の小僧、お前があやめを惑わしているのか?」
老人の射抜くような視線が智也に突き刺さる。智也がその圧力に気圧されそうになった、まさにその瞬間だった。
「ちょっと! 孫娘が嫌がってるじゃない! 無理やり連れて帰るなんて、今の時代、流行らないのよ! ここはあたしたちの学校よ、部外者はさっさと出ていきなさい!」
みくるが物干し竿をまるで槍のように堂々と構え、老人の前に怒鳴り込んだ。
「……おじい様。お兄ちゃんは、私の家族です。神代の勝手にはさせません」
紗季もまた、智也のシャツの裾を強く掴みながら、一歩も引かずに真っ直ぐと老人を見据える。内に秘めた静かな拒絶が、その瞳に宿っていた。
「あら。神代の力も、現在の市場では坂下家が黙ってはおりませんわよ?」
このみが、自身のハンドヘルドPCを滑らかに操作しながら優雅に微笑んだ。その画面には、坂下グループが神代グループの筆頭株および関連企業の資産をいつでも市場から買い支え、あるいは敵対的買収によって完全に凍結できることを示す、膨大なリアルタイムデータが冷徹に並んでいた。
このみの頭脳と、本庄を内側から丸ごと買い占めた結の資本力。現代の頂点に立つ二人の若き女帝の包囲網を前に、神代の老人は苦々しく顔を歪めるしかなかった。
「……くっ、どいつもこいつも、小娘どもが舐めた真似を……」
老人は背後の護衛たちを下がらせ、最後に智也に向かって、酷薄で不敵な笑みを漏らした。
「小僧。あやめがなぜ家を捨てたか、その本当の理由を知っているか? ……こいつはな、お前を守るために、神代の血筋に代々伝わる怨霊の『呪い』を、すべて一人で引き受けたのだ。その身がいつ腐り落ちるかも知れんというのにな」
「え……?」
智也が息を呑んだ瞬間、老人は冷ややかに踵を返し、漆黒のセダンへと乗り込んで去っていった。
緊張の糸が切れたように、あやめはその場に力なく膝をついた。白銀の刀の柄を握るその指先は、微かに震えていた。
◇◆◇
放課後。夕日に赤く染まった旧校舎の部室棟の屋上。
あやめは一人、フェンスに背を預け、赤く暮れていく街を見下ろしていた。
「……あやめさん」
智也が静かに声をかけると、彼女は力なく、寂しげに微笑んだ。
「……バレちゃったわね。……神代の家はね、代々、世界の歪みから溢れる怨霊を狩るための『器』として子供を育てるの。私はその中でも、一番の適合者だった。……でも、そんなことしたら、私の魂は闇に汚れて、もう二度とあなたに会えないかもしれない。だから、家を飛び出したの」
あやめの透き通るような指先が、微かに震えている。
「……怖かった。四百年も待って、やっとあなた――ゆきに会えたのに。また私が世界の『道具』になっちゃったら、今度こそ本当に、あなたと離れ離れになってしまう……」
智也は、胸の奥から湧き上がる衝動のまま、思わずあやめの肩を強く引き寄せ、その小さな体を抱きしめた。
「……大丈夫だ。あやめは、道具なんかじゃない。……俺の、5人目の許嫁だろ? 今度は、俺が君を守る番だ」
「……智也」
あやめの切れ長の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちる。
その時、二人の足元に落ちる影が、不自然に長く、どす黒く伸び始めた。
「……感動の再会に水を差すようで悪いが、時間切れだ」
屋上の重い扉が軋んだ音を立てて開く。そこに立っていたのは、真田幸人だった。
だが、彼の様子は完全に狂っていた。その瞳には不気味な紫色の光が妖しく宿り、その背後の空間からは、神代の老人が恐れていた本物の闇――『第四勢力』の巨大な影が、タールのように湧き上がっていた。
「ゆっくん!? 何だよその姿……!」
「……悪いな、智也。俺はただ、このみさんに、俺だけを見てほしかっただけなんだ。それだけなんだよ……!」
幸人の歪んだ叫びとともに、結城学園の校舎全体が激しい震動に襲われる。
日常の境界線が完全に崩壊し、ついに異能と財閥、そして愛の情念が正面衝突する本格的な戦いの火蓋が切って落とされた。
(第7話「神代の来襲。あやめが実家を捨てた理由」おわり / 第8話へ続く)
メインヒロインのひとり本庄 結が歌う、
「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」の前期ED主題歌(あやめVer.)です
『CHRONO ETERNITY』
架空アニメ 「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」 前期ED主題歌(あやめVer.)
歌:神代 あやめ
https://suno.com/s/Y7XwACFphuPIMBCf




