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第25話「原初の契約。ルナの愛と、智也の迷い。」

挿絵(By みてみん)


足の裏から伝わる冷たさに、智也は意識を浮上させた。


見渡す限り、音も匂いもない白銀の荒野が広がっていた。現代の学び舎でもなければ、四百年前にあやめと駆け抜けた血煙の社でもない。頭上には大気を通さない無数の銀河が異様な近さで脈動し、時間の流れそのものが永遠に凍結されたような異空間――『星名の聖域』。


「……やっと二人きりになれたわね、智也くん」


雪煙すら立てずに歩み寄ってきたルナの銀髪が、星の明かりを吸って淡く揺れる。


その瞳の奥には、あやめたちが向けてくる泥臭く激しい熱情とはまるで違う、すべてを飲み込んで凪いだ深淵のような静かな慈しみが宿っていた。


「ルナ……。お前の言ったこと、本当なのか? 朔とゆきが出会うより前、俺たちが……」


「言葉で聞くより、触れて思い出すのが早いわ」


ルナの白く冷たい掌が、智也の胸の真ん中へ吸い付くように当てられた。


ドクン、と心臓が激しく跳ね上がった瞬間、智也の足元が抜け落ち、意識の底板が粉々に砕け散る。


――それは、人が神々の息吹を肌で感じていた太古の黎明。


混沌の大地に降り立った、巨大なひとつの『魂』。あまりに強大すぎたその光を分かち合うため、自らの意志で二つに割れ、永い永い輪廻へと身を投じた二つの半身――智也とルナ。


『いつかこの星が終末の歪みに飲まれたその時、再び混ざり合い、完全なひとつとなって世界を洗い流そう』


魂の最深部に刻み込まれた、原初の契約。


「あやめとの四百年も、他の女の子たちと積み重ねた小さな感情も、すべてはこの『統合』へと戻るための通過儀礼にすぎないのよ」


ルナが細い指先をすっと差し伸べる。


「さあ、智也くん。私と溶け合いましょう。そうすれば、争いも傷心も飢えもない、あなたの望む完璧な理想郷を一から創り直せるわ」


差し出された手から溢れる白光は、智也の全身を芯から甘美に痺れさせた。痛むことも、悩むことも、誰かを傷つけることもない絶対の平穏。


自分は結城智也なのか、戦火を逃げ延びたゆきなのか、それとも太古の欠片なのか。希釈されていく自己の境界線が曖昧になり、智也の輪郭は白い光の海へと静かに溶け落ちようとしていた。


◇◆◇


一方、凍てつく冬の朝を迎えた校庭。


五人の少女と一人の少年が、智也の消えた虚空を見上げたまま立ち尽くしていた。


このみの抱える端末からは、警告を告げるノイズ音が間断なく吐き出されている。


「……観測座標が特定できない。次元の階層が深すぎて、現代のどんな数理モデルでも追いつかないわ……!」


「そんな……っ。じゃあ智也は、あの子の言う通り、人間の心を捨てて神様になっちゃうっていうの……!?」


みくるが唇を噛み締め、滲んだ血が顎をつたった。握りしめた拳の爪が、掌に深々と食い込む。


「本庄の防衛サテライトも、坂下の量子網も届かない……。わたくしたち、ここまで智也さまの手を引いてきて、あの太古の亡霊に手も足も出ないというのですか……っ!」


結が膝をつき、砕けたコンクリートの地面を悔しげに叩く。


絶望の重圧が全員の喉を塞ぎかけたその時、衣擦れの鋭い音を立てて前へと歩み出たのは、白銀の太刀を握り直したあやめだった。


「……いいえ。方法は、まだ残されているわ」


「あやめちゃん……?」


振り返るみくるに、あやめはかつての「朔」の覚悟を宿した、冴え冴えとした横顔を向けた。


「あの子が語るのが『原初』の理なら、私たちはこの泥だらけの『今』を叩きつけるしかない。……みんな、智也と過ごした一番新しくて、一番体温の宿った記憶を私に預けて。私の魂を導線にして、次元の隔壁を無理やりこじ開けるわ」


「待ちなさい、あやめちゃん!」


このみが叫ぶ。


「その術式、知っているわ。魂の形そのものを燃料にして撃ち出す禁忌の儀式よ。失敗したら……あなたの魂は輪廻の輪から完全に外れて、消滅する!」


「構わないわ」


あやめは一切の迷いなく笑ってみせた。


「四百年前にゆきを逃がした時から、私の命はあの人のものよ。……それにね、私は信じているの。今の智也は、あなたたちと笑い合ってきた『結城智也』だって」


「……上等じゃないのよ!」


みくるが真っ先に駆け寄り、あやめの太刀を握る手の上に、己の震える手を力強く重ねた。


「あたしが智也に注いできた『好き』の熱量はね、何千年前の神様だろうが絶対に負けてないんだから!」


「……ええ。私の予測値も、この賭けに乗るべきだと告げているわ」


このみがその上に手を重ねる。


「本庄家のプライドに懸けて、智也さまの現在を買い戻してみせますわ!」


結が扇子を捨てて手を重ね、


「……お兄ちゃんの居場所は、私たちの隣です」


紗季が涙を拭い、決意の瞳で最後の手を重ねた。


毎朝台所から漂う出汁の匂い。肩を並べて歩いた通学路の夕焼け。憎まれ口を叩き合いながら囲んだ鍋の湯気。耳元に残る、情けない智也の笑い声。


五人が現代で積み上げてきたかけがえのない熱量が、あやめの魂を導火線にして、次元の境界へと放たれた。


「――智也! 今、迎えに行くわよ!!」


◇◆◇


絶対の静寂に沈む星名の聖域。


虚ろな瞳のままルナの手を取ろうとしていた智也の鼓膜を、唐突に、かすかな雑音が震わせた。


それは完璧な調和を乱す、ひどく騒がしくて、ちぐはぐで――けれど、胸の奥を激しく締め付けるほど愛おしい、泥臭い日々の残響。


「……っ」


伸ばしかけた智也の指先が、ピタリと止まった。


「どうしたの、智也くん? 早く手を取って」


「……ごめん、ルナ」


「え……?」


「俺は、お前の言う太古の半身なのかもしれない。でも……今の俺の心を満たしているのは、あいつらと笑って、怒られて、一緒にご飯を食べた『結城智也』の時間なんだ」


智也はルナの手を、静かに、けれど明確に押し戻した。


「完璧な理想郷なんていらない。……俺は、あいつらと一緒に、この不完全な世界で泥臭く生きていきたいんだ!」


智也の胸の奥底から、冷たい白光を焼き払うような、人間味に満ちた熱い黄金の光条が噴き上がった。


バリィィィンッ!


凍りついていた聖域の天蓋がガラスのように粉々に砕け散り、その裂け目から、少女たちの魂の叫びを乗せたパステルカラーの光の奔流が突き刺さる。


「――智也ぁぁぁぁぁぁッ!!」


原初の契約か、それとも現代の絆か。


すべての因縁を飲み込んで、物語は運命の最終決戦へと幕を開けた。


(第25話「原初の契約。ルナの愛と、智也の迷い。」おわり / 第26話へ続く)

メインヒロインの星名ルナが歌う、

「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」の後期ED主題歌です


『銀の月、独りの約束』


架空アニメ 「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」 後期ED主題歌


歌:星名ルナ


https://suno.com/s/ReDqm0uhiZKKjQnv

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