第22話「第四の影、世界を呑む。神代グループの崩壊。」
天が、軋みながら裂けた。
降り積もる牡丹雪を切り裂いて頭上に穿たれたのは、見開かれた巨大な「眼」の形をした虚空の亀裂。
その縁からとめどなく溢れ出したタール状の黒泥が、夜の帳を侵食していく。ネオンが瞬く間に掻き消え、ビルの窓明かりが一つ、また一つと死んでいく。泥に呑まれた人々はその場に昏倒し、街の生気そのものが急速に吸い上げられていた。
「……あり得ませんわ。我が本庄の防衛サテライト、迎撃迎角の制御権が……一秒足らずで全損なんて……」
結の強張った指先から、高価な端末が畳の上へと滑り落ちた。暗転寸前の画面には、東京、ニューヨーク、ロンドン――世界中の大都市中枢が、同様の暗黒に沈みゆく惨状が点滅していた。
その時、リビングの大型テレビが、砂嵐混じりの緊急回線を無理やり吐き出した。
青白いノイズの奥に映し出されたのは、あやめの祖父――神代グループの現総帥のやつれた顔だった。背後には、業火に包まれ崩れ落ちていく神代本社の威容。
『……あやめ、聞こえているか。本家は……レンの手により陥落した。我が一族が千年にわたり秘匿してきた「原初の封印」は……今、完全に解かれた……』
「おじい様……っ!?」
『……結城智也くん。孫娘を……この壊れゆく世界を、頼む。……神代が重ねた数々の傲慢は、我らの命で贖うほかないが……ぐ、あぁぁッ!』
電波が途絶え、画面が黒い閃光とともに破裂した。
三大グループの一角にして、歴史の裏で異能の秩序を統べてきた絶対の防波堤・神代の瓦解。それは、現代社会を支えていた見えない骨組みが、跡形もなくへし折れた宣告だった。
◇◆◇
「……降りてくるわ。あの闇の、心臓が」
あやめが縁側を蹴って庭へ飛び出し、上空を睨みつけた。
裂けた天蓋の奥底から、重力など存在しないかのようにゆっくりと舞い降りてくる人影。幸人の姿を借りた借り物の器ではない。四百年前の怨嗟と絶望を一身に凝縮した、純粋なる悪意の結晶――漆黒の外套をはためかせる、本物のレンだった。
「四百年だ。この時を、どれほど待ち侘びたことか。朔、そして、ゆき」
レンの冷え切った声音が、大気を震わせ、街中に直接響き渡る。
「家柄、財力、血統、そして偽りの名分。お前たちが拠って立つその脆弱な『枠組み』ごと、この世界を無に帰してやろう」
レンが細い指先を払った瞬間、結城家の周囲を取り囲むように、天を衝く巨大な闇の障壁がそそり立った。逃げ場はどこにもない。完全なる隔絶。
智也は奥歯を噛み締め、胸の奥から湧き上がる黄金の燐光を限界まで引き上げると、少女たちの前へと進み出た。
「……みんな。怖いか?」
「何言ってんのよ、この大馬鹿!」
みくるが物干し竿の石突で地面を強く叩き、荒っぽく笑った。
「あんたの背中が見えてる場所が、世界で一番安全に決まってるじゃない!」
「坂下グループの全通信網、量子ノードを智也くんの生体波形へ直結させました。……計算外の奇跡を叩き出すのが、私の仕事よ」
このみが眼鏡の奥の瞳に、かつてない冷徹で苛烈な炎を宿して端末を叩く。
「本庄の誇りにかけて、あのような無粋極まる暴徒にわたくしたちの未来を売り渡したりはいたしませんわ!」
結が毅然と顎を上げ、扇子の切っ先をレンへと突きつける。
「……お兄ちゃん。私の矢は、絶対に後ろを抜かせません」
紗季が神代の護符を巻いた弓を引き絞り、その切っ先を寸分違わず敵へ据えた。
「……ゆき。準備は、いいかしら?」
あやめが智也の空いた左手を、固く、温かく握りしめた。
「これが、四百年前のあの燃える社で果たせなかった約束の続き。――そして、私たちが明日を迎えるための、最後の戦いよ」
◇◆◇
その時、重苦しい闇の帳を切り裂いて、一本の無骨な杭がレンの足元の敷石へ深々と突き刺さった。
「――おいおい、特等席で盛り上がってるところ悪いがよ! 俺を数に入れないで話を終わらせてもらっちゃ困るぜ!」
雪煙を吹き飛ばして姿を現したのは、全身血と泥にまみれながらも、獰猛な笑みを浮かべた親友・真田幸人だった。
「主役が光り輝くための、泥臭い踏み台になるのがモブの生き様ってもんだろ!」
智也、五人のいいなずけ、そして泥水を啜って駆けつけた唯一の親友。
バラバラだった出自も、前世のしがらみも、現代の立場も越え――今、結城家というただ一つの居場所のために、彼らの魂が完全に一つへと束ねられた。
「いくぞ、みんな! 俺たちの手で、明日を取り戻すんだ!!」
智也の咆哮とともに、膨れ上がった黄金の光が、世界を覆う闇を真っ向から押し返し始めた。
(第22話「第四の影、世界を呑む。神代グループの崩壊。」おわり / 第23話へ続く)




