第2話:本庄結登場、祖父母同士が決めた許嫁!!
初夏の爽やかな朝。
僕――結城智也は、みくる、紗季、このみさんの三人と並んでいつもの登校路を歩いていた。
「ねえ智也! 今日の放課後、新しくできたクレープ屋さんに行こうよ!」
「みくるちゃん、お兄ちゃんは今日、日直だから放課後は残らないといけないの」
「ええっ、そうなの!? じゃあボクも手伝う!」
他愛もない会話。いつもの平和で微笑ましい幼馴染たちの日常。
……そう、その平和が破られたのは、学園の校門前へと差し掛かったまさにその瞬間だった。
(キキーーーーーッ!!!)
アスファルトを激しく擦るスキール音が響き渡る。
校門の真ん前に滑り込んできたのは、重厚な黒塗りの最高級外車。一目でわかる、防弾・防爆設備が完備された特注仕様のモンスターカーだ。
「な、なんだなんだ!?」
僕が声を上げた直後、車のリアドアが開くよりも早く――車体側から僕たちの足元を通り、昇降口に向かって鮮やかな真紅のレッドカーペットが『シュルシュルシュルッ!』と勢いよく転がって伸びていった。
「いったいどうしちゃったの……!?」
「お兄ちゃん、怖い……」
恐怖に顔をこわばらせた紗季が、僕の服の袖をぎゅっと掴んで縮こまる。
「……。とうとう来たのね」
一方で、このみさんだけは腕を組み、眼鏡の奥の瞳に鋭い光を宿らせて静かに呟いていた。
いつの間にか、レッドカーペットの両脇には華やかな衣装を纏った楽隊がズラリと整列している。そして、盛大なファンファーレが朝の校庭に鳴り響いた。
(パララララ……ジャン♪)
異次元すぎる光景に、登校中だった生徒たちは足を止め、静まり返っている。
やがて外車から、隙のない仕立てのビジネススーツを着こなした秘書――鏡見麗奈が降り立ち、恭しく後部座席の扉を開いた。
「どうぞ、お嬢様」
開かれたドアから、さらりと揺れる美しい金髪ストレートロングを朝光になびかせ、一人の少女が優雅に地上へと降り立つ。
本庄 結。
「ご苦労様、鏡見」
「はっ、もったいなきお言葉」
結は真紅のカーペットの上を優雅に歩み、僕の前へと一直線に進み出た。その瞳は僕だけを捉えており、横にいるみくるたちには目もくれない。
「な、何よあなた……っ!」
みくるの抗議を、結は冷徹な一瞥だけで完全に無視し、僕をじっと見つめる。
「……あなたが、結城智也様ですね」
「そ、そうだけど……」
僕が頷いた瞬間。
結の冷徹だった表情が、パァッと花が咲いたように明るくなった。その大きな瞳には、じんわりと感動の涙すら浮かんでいる。
「あぁ……! ようやくお会いできましたわ……! 今日という日を、わたくし『一日万秋』の思いでお待ちしておりました!」
「……それを言うなら、一日『千秋』では?」
紗季が怪訝そうに突っ込んだ瞬間。
ピクッ。
結の眉が跳ね上がった。一瞬で冷酷無比な氷の表情に戻り、紗季を猛然と睨みつける。
「キッ……(殺気立つ視線)」
「ひっ……!」
「……これだから無能は……ユーモアというものもわかりませんの?」
あまりの恐怖に紗季が僕の後ろへ隠れる。
「き、君は一体誰なの!?」
僕が慌てて尋ねると、結は一転して年頃の少女らしい、とろけるような甘い笑顔へと戻った。
「ふふ、こうして直接ご挨拶するのは初めてですわね、智也様。申し遅れました。わたくし、本庄グループ総帥の孫娘、本庄結と申します。――わたくしは、この世に生を受けたときから、あなたと結ばれることが【確約されている許嫁】ですわ」
「「「「ええええええええええーーーーーっっっ!!!???」」」」
校門前に響き渡る絶叫。動揺を隠せない一同。
「い、許嫁ぇっ!? いったいどういう……」
「ええ、ですから、わたくしの祖父母と智也様のおじい様・おばあ様の間で――」
「僕、聞いてないよ!」
「お聞きになっていない!?」
「そうよそんなの無効よ!」
「そうです! お兄様の許嫁なんて無効です!」
激しく詰め寄る僕たちに、結は「……ふっ」と不敵な笑みを漏らす。
そこへ、鏡見麗奈がスッと結の横に立った。
「鏡見、あれを」
「はっ」
麗奈が鞄からひとつの書類を取り出し、結へ手渡す。それを受け取った結は、満足そうに僕たちの目の前へ突き出してみせた。
「こ、これは……」
「………………」
そこに書かれていたのは、結の祖父母と僕の祖父母が交わした『婚約締結書』。そして――血判付きの署名。つまりは【血の盟約】であった。
さらに文面には、これを破ることがあれば本庄家は結城家への支援を打ち切り、これまでの支援金を即時返還させる旨が明記されている。
「これは……確かにじいちゃんたちの字だ。なんてことを……」
「ふふっ」
顔を青くする僕を見て、結は満足そうに書類をくるくると丸め、麗奈へと戻した。
「まあ、わたくしはそんなに難しいことはわかりませんから。お互いが十八歳になったら【許嫁=婚約者】の智也様と一刻も早く結婚して、本庄を継ぐことですわ」
「そ、それはいくら何でも……! 僕たちまだ学生だし、いくらじいちゃんたちが金持ちだからって、頼るわけにはいかないし……!」
なんとか返答を先延ばしにしようと焦る僕。けれど、もはや僕個人の手に負える次元を超えていた。
「ご安心ください、智也様。わたくし、将来本庄コンツェルンを継ぐための予行演習として、すでにグループ企業をいくつか預かっておりますの」
「つまり……高校生で複数の会社経営を任されている学生社長……!?」
「そういうことですわ。――どうなさいます?」
「い、いやっ! とにかくごめん、もうチャイムが鳴るから!」
僕は耐えきれなくなり、あわててその場から猛ダッシュで逃げ出した。
「あっ、智也待ってよ!」
「お兄ちゃん!」
僕の後を追って走り出すみくると紗季。そして――このみさんだけは、去り際に一瞬振り返って結を鋭く睨みつけると、静かに僕たちの後を追っていった。
◇◆◇
逃げていく僕たちの背中を見送り、結は小さく微笑んだ。
「ふふふっ、まあいいでしょう。……鏡見!」
「はっ。お嬢様、すでに結城学園首脳部の抵抗は無力化いたしました。智也様と同じクラスで隣の席も確保、本庄家にふさわしい教室設備への交換手配も完了しております」
「よろしい。それでは、智也様とその取り巻きのいる教室へ向かいますわ」
「はっ、お嬢様」
結は麗奈を従え、悠然と歩き出す。
その足元にはもちろん、どこまでも真紅のレッドカーペットが敷かれていた。
◇◆◇
廊下を全力疾走し、なんとか教室の前までたどり着いた僕たち。
「はあっ……はあっ……! な、何だったんだよあいつ……! とりあえずじいちゃんに電話!」
スマホを取り出して発信ボタンを押す。けれど、スピーカーから返ってくるのは「ツーッ……ツーッ……」という空しい話し中音だけだった。
「だめだ、話し中だ……っ! ちくしょう、こんな時に!」
「お兄ちゃん、どうするの……?」
「う~~~ん……! これは夢だ! そうに違いない、あははは……」
現実逃避する僕の横で、このみさんは無言で教室の扉を凝視していた。
◇◆◇
意を決して「ガラッ!」と教室の扉を開ける。
その瞬間、教室内から眩い光がブワッと溢れ出し、僕たちの視界をジャックした。
「なんだこれっ!?」
「すっごーい……!」
「教室内のあるとあらゆるものが超高級品に……!? しかも全部新品になってる!?」
教室内は大混乱に陥っていた。
よく見を見ると、窓際の後ろにある【僕の席】と【その隣の席】だけが、ひときわ異彩を放つ超高級革張りデスクに変化しており、しかもなぜか物理的にピタリと連結(合体)されている。
本来そこに座っていたはずのクラスメイトは、教室の隅の席でなぜかニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
(……さては、裏から手を回して買収したわね)
このみさんが冷ややかな視線で一瞥する。
(タッタッタタララ……パパパパーン♪)
遠くから再び聴こえてくる行進曲。
そこへ、顔面蒼白で汗だくになった担任の先生が滑り込んできた。
「あ、あぁ……挨拶はいい! みんな、おはよう。今日はな、皆さんに紹介する『お方』がいらっしゃいます……」
クラス全員が唾を飲み込む。
「それでは……お入りください。本庄結様……!」
シュルシュルシュルッ! と再び教室内に伸びるレッドカーペット。
まず側近の鏡見麗奈が入ってきて、教室内の安全を鋭い眼光で確認する。
「お嬢様、どうぞ」
さらりと金髪ストレートをなびかせ、威風堂々と結が教室へと足を踏み入れた。
「みなのもの、ご苦労様でした」
「ささっ! どうぞこちらへ、本庄様!」
結は教壇に上がると黒板に華麗な文字で【本庄 結】と書きつけ、勝ち誇った満面のスマイルで自己紹介を始めた。
「はじめまして。これから皆様と一緒に学ぶことになりました、本庄結と申します。――そちらにいらっしゃる結城智也様の『許嫁』……すなわち、両グループの総帥が正式に認めた【確約された婚約者】ですわ」
「「「「えええええええーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!???」」」」
校舎を揺るがす本日二度目の大絶叫。
僕は自分のデスクに突っ伏し、魂が抜けた顔でつぶやいた。
「詰んだ……。じいちゃんたち……あとで絶対に問いただしてやる……(ブツブツ)」
(ストレートロングの髪をかき上げて高らかに微笑む結のアップで、幕引き)
第3話につづく




