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第19話「一日の差、一生の絆。このみの覚醒。」

挿絵(By みてみん)


低周波のモーター音が、地を這う重低音となって旧校舎裏の空気を震わせていた。


神代の強化外骨格部隊――漆黒の装甲を纏った無機質な影たちが、冷徹な隊列を崩さずに間合いを詰めてくる。怨霊の呪詛を電気信号へと強引に変換したパルス弾が連射され、旧校舎のコンクリート壁が爆ぜて白い粉塵を撒き散らした。


「くっ……! あやめちゃん、右側の二機、突っ込んでくるわよ!」


「防護障壁、展開――っ、だめ……! 科学干渉のジャミング波で、呪術回路が強制的に掻き消される……!」


みくるが物干し竿をしならせて跳弾を弾き飛ばし、あやめが白銀の太刀を閃かせて牽制の刃を振るう。だが、対峙しているのは痛みも躊躇も知らない量産型のクローン兵だ。死角のない連携で、じわじわと包囲の輪を縮めていく。


「智也さま、伏せてくださいまし! 本庄の防衛サテライト、迎撃座標を――っ、通信が完全に遮断されておりますわ……!」


結が額に汗を滲ませ、無反応になった端末の画面を悔しげに睨みつける。


前線に立つ智也は、あやめから託された太刀を両手で構え、全身から黄金の燐光を立ち上らせていた。だが、敵のバイザーに走る走査光が、その波長をリアルタイムで数値化し、回避不可能な迎撃コースを割り出していく。


「……標的・結城智也の呪力波形、解析完了。排除フェーズへ移行」


レン・モデル02の無機質な宣告。


その指先が智也の胸元を指し示した瞬間、全機の銃口が一斉に智也の急所へと向けられた。退路は完全に塞がれ、漆黒の弾幕が放たれようとした――その時。


カチャリ、と小気味よいキーストロークの音が、硝煙のノイズを切り裂いて響いた。


「――神代の旧態依然とした呪術工学ごときが、現代の最高峰を名乗るなんて片腹痛いわね」


静かに立ち上がったのは、坂下このみだった。


銀縁眼鏡の奥で、理知的な瞳が絶対零度の光を放っている。膝の上に抱えたハンドヘルド端末の液晶には、緑と青のデータコードが奔流となって流れ落ちていた。


「このみさん……?」


「智也くん、動かないで。……そのまま、私の声だけを聞いて」


このみが細い指先を虚空へ滑らせた。


その瞬間、坂下グループが極秘裏に静止軌道上へ投入していた商用量子コンピュータ『天球(ウラノス)』が強制リンクを確立。旧校舎裏の空間全体に、淡い青の幾何学模様がホログラムとなって展開された。


坂下の若き女帝が研ぎ澄ませてきた究極の知性――『未来予測演算(オラクル・システム)』。


「敵の行動パターン、関節駆動の排熱、大気摩擦、神経伝達速度……全1024通りのベクトル、ハッキングナビゲーション完了」


端末のファンが激しく唸りを上げ、超高速演算の余熱がこのみの周囲に熱波を生み出す。


「レン・モデル02。あなたが智也くんを計算で捉えようとするなんて、一億年早いわ。……私と智也くんの間に、何日分の差があると思っているの?」


このみは冷徹に言い放ち、世界を統べる女帝の薄い笑みを浮かべた。


「たった、一日よ。――199X年、私は智也くんより、たった24時間だけ早くこの世界に生まれたの」


物心ついた時からずっと、智也が泣く時の眉の寄せ方、笑う時の息の抜き方、足音のリズム、次の一歩を踏み出す癖のすべてを、誰よりも近くで観察し、記憶し、愛し続けてきた。


「私の人生のすべてはね、智也くんが次に何を望み、どこへ進むかを完全に先回りするために使われてきたのよ! あんたたちの即席AIなんかに、私と智也くんが積み重ねた一生の密度が読めるわけがないでしょう!」


このみの指先が、エンターキーを強く叩き抜いた。


「神代の強化外骨格、全基の駆動OSへ強制介入コードをパッチ! 智也くん、右へステップ、3歩進んで袈裟懸け! あやめちゃん、上空3メートルの排熱口へ突き! みくるちゃん、足元をすくい上げて!」


「「「おおおおっ!!」」」


その指示は言葉というより、智也たちの神経に直接流し込まれた確信のようだった。寸分の狂いもなく、体が自動的に最適解を描いて動く。


敵のトリガーが引かれるコンマ数秒前、智也の爪先はすでに弾道を外れていた。装甲の防御ベクトルが書き換えられ、絶対防御を誇っていたはずの複合装甲が、剥がれかけの紙のように脆く綻びる。


「な……ッ!? 全機、姿勢制御不能……演算限界を――」


「終わりよ。神代の出来損ない」


智也の黄金の光を纏った一閃が、指示された通りの正確な軌道で敵のメインフレームを両断した。


あやめの白銀の刃が中枢の呪術回路を貫き、みくるの物干し竿の鋭い薙ぎ払いが、バランスを崩した強化装甲を粉々に粉砕する。


ドォォォォンッ!!


火花と白煙を吹き上げ、神代の強化外骨格部隊は全機が地に伏し、完全に沈黙した。


「……警告。戦闘継続、不能……」


レン・モデル02は、火花を散らす通信デバイスを押さえながら、憎悪を露わにしてこのみを睨みつけた。


「……人間風情が、神代の数式を……超えるなど……」


「負け惜しみは見苦しいわよ。坂下のシステムを舐めないことね」


このみは人差し指で眼鏡の位置を直すと、冷酷な目でクローンを見下ろした。モデル02は噴き上がる煙の中に身を紛れ込ませ、這うようにして撤退していった。


◇◆◇


煙が風に流され、静寂が戻った旧校舎裏。


張り詰めていた糸が切れた瞬間、このみの華奢な身体がふらりと傾いた。


「このみさん!」


智也が咄嗟に駆け寄り、倒れかけたその体を抱きとめた。


「……あーあ。カッコつけすぎちゃったかしら」


智也の胸の中で、このみは疲れたようにフッと息を漏らした。完璧な女帝の仮面は剥がれ落ち、そこにあるのは智也の腕の温もりに安堵する、ただの同い年の少女の顔だった。


「智也くんの胸の中……あったかい。1日遅れで生まれたくせに、いつの間にか、私よりずっと背が伸びちゃって」


「……ありがとう、このみさん。すごかったよ。本当に、お前には敵わないな」


「当たり前でしょ。……一生かけても、智也くんは私から逃げられないんだから」


このみは智也の制服に額を擦り寄せ、幸福そうに目を細めた。


その光景を、みくるがお弁当の包みを握りしめながらジト目で見つめ、結が「むぅ……」と扇子を噛み、紗季が静かに智也の背後に寄り添う。


日常の確かな熱気を取り戻した結城家。


だが、遠く離れた街の暗がりで、本物のレンの冷酷な瞳が、静かに次の標的を見据えていた。


(第19話「一日の差、一生の絆。このみの覚醒。」おわり / 第20話へ続く)

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