第16話「さよなら朔さま、はじめましてあやめさん。」
第四勢力の脅威を一時的に退け、季節は秋から冬へと歩みを進めていた。
あやめが正式に結城家に居座るようになってからの朝は——ますますカオスなことになっていた。
「ちょっと智也! 私がせっかく作ったお弁当を、あやめに勝手に食べさせないでよ!」
「……うるさいわね。私は今、智也の栄養管理をしているの。巫女の直感によれば、今日の彼はビタミンが足りないわ」
台所では、エプロン姿のみくると、なぜか智也の膝の上に当然のように陣取ったあやめが朝から激しく火花を散らしている。
「……あやめさん。重い、というか、かなり恥ずかしいんだけど」
智也が赤面しながら困り果てて言うと、あやめは「ぷいっ」と顔を背けた。
「……いいじゃない。四百年も待ったんだもの。それくらいの権利、私にはあるはずよ。それに……」
あやめは、智也の耳元に口元を寄せ、小さく囁いた。
「……今の私は『朔』じゃなくて『あやめ』。女の子なんだから、甘えさせなさいよ」
その顔は、窓から差し込む朝日に照らされてほんのり桜色に染まっている。かつての凛々しい「朔さま」の面影はどこへやら、今の彼女は恋する乙女そのものだった。
◇◆◇
「あらあら。朝から熱いわね。智也くん、あやめちゃんに毒されちゃったかしら?」
玄関から、合い鍵を使って当然のように入ってきたのは、幼馴染のこのみだ。
「このみさん、おはよう。……毒されてるっていうか、圧倒されてるというか……」
「……お兄ちゃん。……あやめさんだけ、ずるい。……私も、あーん、してください」
紗季までが、智也の反対側の膝を狙ってじりじりと距離を詰めてくる。
「皆様、朝から元気ですわね。ですが、本日の放課後はわたくしが智也さまを予約しておりますの。最高級ブティックで、冬服のコーディネートをいたしますわ」
結が黒塗りのリムジンから降り立ち、優雅にリビングへ合流する。五人のヒロインが揃い、結城家は今日も今日とてパンク寸前だった。
だが、その賑やかな日常の裏で、あやめの表情が時折、ふと曇るのを智也は見逃さなかった。
◇◆◇
放課後。
賑やかな買い物の帰り道、智也とあやめは二人きりになった。
「……ねえ、智也。私はね、幸せすぎて少し怖いの」
あやめが、自分の小さな手を見つめて呟いた。
「朔として戦っていた頃は、明日死んでもいいと思ってた。でも、今は……明日が来るのが、楽しみで仕方ないのよ」
彼女は智也の指先に、そっと自分の指を絡める。
「……外の世界が静かだからこそ不気味だわ。レンが消え去ったわけじゃない。あいつは私の光だけじゃなく、この街全体を飲み込もうとしている」
その時だった。二人の前に、一人の少年が立ちはだかった。
傷だらけの制服を纏った、真田幸人だ。闇から解放されたはずの彼だが、その瞳には以前とは違う「覚悟」が宿っていた。
「智也。……俺、決めたよ」
「ゆっくん……?」
「俺は、お前らみたいな『力』は持ってない。でも、このみさんを守るために、俺なりのやり方で強くなる。……だから、神代。お前に弟子入りさせてくれ」
「……えっ?」
あやめが驚きに目を丸くする。
「お前は四百年戦ってきたんだろ。俺に、その『戦い方』を教えてくれ。……もう二度と、闇に呑まれてお前らを傷つけたくないんだ」
幸人の真っ直ぐな瞳。あやめは少し呆れたようにため息をつき、それからフッと微笑んだ。
「……いいわ。死ぬほど厳しいけれど、ついてこられるかしら?」
「ああ、望むところだ!」
親友の再始動。そして、あやめの女の子としての決意。かつての敵や味方が新たな関係を築きながら、物語はより深い絆の領域へと進んでいく。
だが、彼らはまだ知らなかった。神代の本家が、あやめを連れ戻すために、さらなる刺客を送り込んだことを——。
(第16話「さよなら朔さま、はじめましてあやめさん。」おわり / 第17話へ続く)
メインヒロインのひとり神代 あやめが歌う、
「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」の挿入歌です
『OVERWRITE THE WORLD』
架空アニメ 「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」挿入歌
歌:神代 あやめ
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