↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/26

第15話「四百年の、ごめんなさい。」

挿絵(By みてみん)


第四勢力の脅威を一時的に退け、学校に平穏が戻った日の夜。


結城家の庭には、秋の気配を含んだ涼しい風が静かに吹き抜けていた。不気味なほどの静寂が包む中、智也は廊下の先の縁側に座る人影に気づいた。


縁側に腰掛け、ぼんやりと夜空に浮かぶ冷たい月を見上げているあやめ。


昼間の鋭い巫女としての気配は消え失せ、月明かりに照らされたその横顔は、触れれば消えてしまいそうなほど頼りなげで、どこか遠い世界を見つめているようだった。


「……あやめさん。寒くない?」


智也が隣に腰を下ろして声をかけると、あやめは静かにこちらへ顔を向けた。


「ありがとうゆき……ううん、智也。やっぱり生まれ変わってもあなたは優しいのね。……ねえ、智也。私はね、あなたに一つだけ嘘をついたの」


あやめの声は、夜の静寂に溶けてしまいそうなほど微かで、酷く震えていた。


「嘘……?」


「ええ。四百年前のあの時、私はあなたを未来へ逃がすとき、『すぐに追いかける』って言ったわ。でも、本当は……追いかけるつもりなんてなかったのよ」


あやめが静かに語り始めると、智也の胸の奥がじんわりと疼き出し、視界が真っ白に染まった。辺りに淡い花吹雪が舞い、知らないはずの四百年前の光景が、鮮明なビジョンとなって脳裏に溢れ出した。


◇◆◇


そこは、戦火に包まれた四百年前の神代の社だった。


巫女装束を纏った美しい少女――ゆきが、大量の血を流しながら倒れていた。彼女の胸には、世界の歪みから溢れたレンによる闇の呪いが深く刻まれている。このままでは魂ごと砕け散り、転生することすら叶わない。


「――ゆき! しっかりしろ、ゆき!」


彼女を必死に抱きしめるのは、若き侍の姿をした朔だった。


「……朔さま。もう、ダメみたい。この闇は、私の魂ごと……消えてしまうわ」


「そんなことはさせない。ゆき、お前の代わりに、俺がその呪いを引き受ける」


朔は、愛するゆきを新しい世界で一人の人間として生かすため、自らの魂を災厄の王を繋ぎ止める楔にして、永遠に闇の底に沈む覚悟を決めていた。


傷だらけの身体で、禁忌の術――魂代の儀を唱える。


男である朔が、ゆきの受けるべき巫女の役割を強引に奪い取り、女であるゆきに未来を切り拓く男の力を与えて逃がす術。


魂の性質を無理やり入れ替える凄まじい苦痛の中で、朔は泣きじゃくるゆきに向かって、今世で最後となる微笑みを浮かべた。


「……ゆき。次に出会うときは、お前が俺を守ってくれ。……男の子になって、俺を……女の子になった俺を、見つけ出してくれ……」


桜の花びらが血に染まり、二人の意識は途切れた。


朔はすべての呪いを一人で引き受けたことで、あやめとして転生し、ゆきは守られる側から守る側へ、男性である智也として新しい命を授かったのだ。


◇◆◇


現実の世界へと意識が引き戻される。


智也の目からは、身に覚えのないはずの、けれど決して否定できない懐かしい涙がボロボロと止まらなくなっていた。


「……私は、あのまま死ぬつもりだった。あなたを逃がして、一人で終わるつもりだったの。……でもね、ゆき。あなたが転生の間際に見せた、あの泣きそうな顔が……どうしても忘れられなかった」


あやめの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ、月の光を反射して輝いた。彼女は智也の胸にそっと頭を預け、その体は一人の年頃の少女らしく小さく震えていた。


「だから、私は無理やり魂を繋ぎ止めて、四百年もの間、闇の中を彷徨い続けた。……女の子の姿になっても、神代の呪いを引き受けても……ただ、あなたにもう一度会って、『ごめんなさい』って言いたくて。……待たせて、ごめんなさい。……嘘をついて、ごめんなさい。……でも、会いたかった。……会いたかったの、ゆき……っ!」


智也は、震えるあやめの背中に、そっと温かく手を回した。脳裏に浮かぶのは、記憶の中の自分が流していた涙。今の自分は智也だけれど、その胸の痛みは間違いなく、あやめを待ち続けたゆきのものだった。


「……あやめさん。謝らなくていいよ。約束を守ってくれて、ありがとう。……俺を見つけてくれて、ありがとう」


智也の言葉に、あやめは顔を上げ、泣き笑いのような表情を見せた。


「……ふふ。やっと分かってくれた? 私が、どれだけあなたに『守ってほしかった』か。……でも、今の私は『朔さま』じゃなくて『あやめちゃん』。これからはそう呼ばなきゃ承知しないわよ、智也?」


「ええっ、それはちょっとハードル高いって……」


その時、リビングの窓が勢いよく開き、みくるが顔を出した。


「ちょっとー! 二人で何しんみりしてるのよ! 夜食のラーメンできたわよ! 伸びちゃうから早く来なさい!」


「……本庄グループが厳選した、最高級の小麦を使った麺ですわよ。さあ、智也さま!」


結がどんぶりを掲げて呼びかける。


「智也くん、あやめちゃん。……夜風は体に毒よ。早く入りなさい?」


このみが毛布を持って現れる。


「……お兄ちゃん。……煮卵、二個入れときました」


紗季がひょこっと顔を出した。


前世の二人の絆の重さを知りながらも、今の日常の多幸感でそれらを優しく包み込もうとする四人の姿がそこにあった。


「……ふふ。そうね、私は今、あやめなのよね」


あやめは涙を拭い、いつもの凛とした、けれど少し悪戯っぽい満面の笑顔に戻った。笑い声が、結城家の夜に優しく響く。


四百年の悲劇は今、少女たちの賑やかな声によって、新しい物語へと塗り替えられようとしていた。


だが、智也は知っていた。レンが遺した不穏な言葉。街を飲み込もうとする、さらなる巨大な影。


「……さあ、いこう。……みんなと一緒に」


智也の決意とともに、冬の気配を孕んだ夜が、静かに更けていった。


(第15話「四百年の、ごめんなさい。」おわり / 第16話へ続く)

メインヒロインのひとり瀬能 みくるが歌う、

「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」の後期OP主題歌です


『BREAK THE DESTINY』


架空アニメ 「ゆめみる、ゆき、あやなす、むすび。」 後期OP主題歌


歌:瀬能 みくる


https://suno.com/s/lTaGEEQR0jIW30GG

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。