第13話「ゆきの夢、知らない名前。第四勢力の正体。」
激闘の翌朝。
リビングには、昨夜の嵐が嘘だったかのように、いつもと変わらない穏やかな朝食の香りが漂っていた。
だが、食卓につく智也の意識は、どこか現実から数ミリ浮き上がっているような、奇妙な感覚に包まれていた。
「……智也? あんた、さっきから手が止まってるわよ。みそ汁冷めちゃうじゃない」
みくるに声をかけられ、智也はハッとして箸を動かした。
「……あ、ああ。ごめん。ちょっと寝不足でさ」
「無理もありませんわ。あのような異能の戦いを経験したのですもの。智也さま、今日は学校をお休みして、本庄のリゾート施設で静養なさるのはいかが?」
結が心配そうに身を乗り出す。その隣で、あやめがじっと智也の瞳を見つめていた。
「……ゆき。また、あの『夢』を見たのね?」
あやめの言葉に、智也は息を呑んだ。
昨夜、刺客を退けた後に見た夢。それは四百年前の光景だったが、今までとは決定的に違う点があった。夢の中の自分が、誰かに向かって叫んでいるのだ。あやめの前世である『朔』ではない、別の、聞き覚えのない名前を。
「……『レン』。……夢の中で、俺はそう呼んでた。あやめさん、朔さまの他にも、俺たちには仲間がいたのか?」
その名前を口にした瞬間、リビングの空気が一変した。
あやめが顔を青くし、持っていた湯呑みを畳に落とした。陶器の割れる鋭い音が響く。
「……あやめさん?」
「……そんな。……その名前を、今のあなたが思い出すなんて。……ありえないわ。だって『レン』は……」
あやめが言葉を濁したその時、家のチャイムが激しく鳴った。玄関を開けたみくるが、悲鳴に近い声を上げる。
「ちょっと智也! 大変よ! ゆっくんが……ゆっくんが、学校に来てないって、先生から電話が……!」
◇◆◇
智也たちは学校へ急いだ。だが、辿り着いた校庭に、日常の風景はなかった。
生徒たちは皆、虚空を見つめたまま立ち尽くし、校舎全体が薄暗い、粘りつくような霧に包まれている。
「……お兄ちゃん。……これ、昨日の怨霊と同じ匂いです」
紗季が智也の背中に寄り添い、震える声で告げた。
「坂下グループの衛星画像にも映りません……。この学校だけ、世界から切り離されているみたい」
このみがタブレットを叩くが、画面はノイズで埋め尽くされている。
霧の向こうから、一人の人影がゆっくりと歩いてきた。ボロボロの制服。紫色の瞳。……幸人だった。だが、彼の背後には、巨大な穴のような闇が口を開けていた。
「……遅かったな、智也。……いや、今は『ゆき』と呼ぶべきか?」
幸人の声ではない。幾千もの人間の怨念が混ざり合ったような、地を這うような掠れ声。
「幸人……お前、またあんな力に……!」
「……違うわ、智也。あれは幸人じゃない」
あやめが刀を抜き、憎悪を込めて叫んだ。
「……器の中に潜んでいるのは、四百年前に私たちが封印したはずの……第四勢力の意思そのもの。……『レン』と呼ばれていた、神代の裏切り者の魂よ!」
その瞬間、霧が爆発的に広がり、智也たちの視界を奪った。
闇の中から伸びてくる、無数の黒い手。幸人の体を依り代にした、古の災厄。三大グループの争いという火種を利用し、彼らはついに、智也の中に眠る巫女の力を完全に奪い取るための儀式を始めたのだ。
「……さあ、始めようか。四百年越しの、本当の終末を」
幸人の口から溢れ出した闇が、結城家を守っていた光を食い破っていく。智也を巡る五人のヒロイン、そして唯一の親友。すべての因縁が一つに収束し、物語は絶望の淵へと叩き落とされる。
(第13話「ゆきの夢、知らない名前。第四勢力の正体。」おわり / 第14話へ続く)




