EP77 待ち受ける者
魔獣収容区画を離れてから、四人はさらに司令部の奥へ進んだ。
依然として、人員は多くない。
だからといって、誰もいないわけでもなかった。
角の向こうから足音が聞こえれば物陰へ隠れ、通り過ぎるのを待つ。
遠くに人影が見えれば、別の通路へ回る。
これまでと同じ。
少なくとも、表面上は何も変わっていなかった。
だが、ジルの表情は先ほどまでより険しくなっている。
「どうしました?」
レオンが声を落とす。
「……いや」
ジルは少し考え、後ろを振り返った。
「気のせいならいいんだけどな」
「何か?」
「こっちが避けてるのもあるが、それにしても巡回と鉢合わせなさすぎる」
レオンも周囲を見る。
「確かに」
「さっきから足音は聞こえる。人もいる。それなのに、俺たちの進むところには入ってこない」
偶然と言えば偶然。
だが、それが何度も続けば話は変わる。
「気づかれてると思うか?」
ゼイルが尋ねる。
「決めつけるのはまだ早い、が」
ジルはそう言いながらも、警戒を緩めない。
「ただ、そういうつもりで動く」
ネフィラが銀扇へ手を添える。
「だったら引き返す?」
「まさか」
ジルは即答した。
「資料は確保した。あとはここの指揮を執ってる奴を探す。それが済んだら、こんな胸糞悪い施設は潰して帰るぞ」
「なるべく大物を叩いておきたいところだけどな」
「相変わらず欲張りですね」
「商人だからな」
ジルが軽く笑う。
四人は再び歩き始めた。
いくつかの部屋を調べながら先へ進む。
倉庫、簡素な休憩室、装備が並べられた保管室。
どれも今必要なものではない。ただ、不思議と人と会わない。
やがてレオンが通路の壁に取り付けられた案内板を見つけた。
「会頭」
「ん?」
「これを」
ジルが近寄る、簡素な施設図だった。
細かな部屋までは載っていないが、主要区画の位置は確認できる。
「指令区画……」
「この先ですね」
レオンが奥の通路を指す。
「距離もそれほどありません」
「よし。行くぞ」
ジルを先頭に、四人は指令区画へ向かった。
しばらく進んだところで、再び足音が聞こえてくる。
「二人」
ゼイルが小声で言った。
「ああ」
四人は近くの柱の陰へ身を寄せた。
やがて二人の男が通路を横切る。
こちらには気づいていない。
そのまま角を曲がり、姿が消えた。
「普通に巡回してるわね」
ネフィラが呟く。
「……だからこそ妙なんだよ」
ジルが言った。
「普通すぎる」
「どういう意味です?」
レオンが尋ねる。
「もし資料室で俺たちに気づいたなら、警報を鳴らすか、人を増やすのが普通だ」
「何も変化がないということは……」
「あえて変えてない可能性がある。侵入者に、気づいてないと思わせるためにな」
ジルが目を細める。
「泳がされてるってことか」
ゼイルが剣の柄に触れる。
「可能性はある」
「だったら向こうの狙いは?」
「さあな」
ジルは肩を竦めた。
「俺たちが何者なのか知りたいのか、何を探してるか見たいのか。それとも――」
一瞬言葉を止める。
「自分たちのところまで来させたいのか」
三人の表情が変わった。
「それでも行くんですか?」
「ああ」
ジルは即答する。
「本当に泳がせてるなら、向こうから手を出してこない時間があるってことだ」
口元に僅かな笑みを浮かべる。
「だったら、その時間をこっちも使わせてもらう」
レオンも頷いた。
「承知しました」
「ただし、ここからはいつ戦闘になってもおかしくない。ゼイル、ネフィラ」
「あいよ」
「分かってるわ」
「もしものことがあれば俺が殿を務める。資料を持ち帰ることを何よりも優先してくれ」
「レオン、これを預かっておいてくれ。その時は頼んだぞ」
そう言うとルンデスの単眼鏡をレオンに預ける。
四人はそのまま地図に従い進む、罠だとしても、今さら足を止める理由はなかった。
そして指令区画へ近づくにつれ、徐々に様子が変わり始める。
足音が聞こえなくなる。
話し声もない。
少し前までは確かに人の気配があったというのに、今は静まり返っていた。
ジルが立ち止まる。
「……ここからか」
「何が?」
「隠すのをやめたようだな、やはりバレていたらしい」
前にはまっすぐ伸びた通路。その先まで、誰一人いない。
「今度は本当に道を空けてくれてるぜ」
レオンも黙って周囲を確認した。
「そのようですね」
ゼイルが小さく笑う。
「随分と親切になったじゃねえか」
「歓迎されてるみたいね」
「武器は抜いておけ、お前たちは抗戦よりも退避を優先だ」
ジルが二人を制した。
「これ自体が罠だったら?」
「その時はその時だ」
ジルは歩き出した。
通路の先に、大きな両開きの扉が見えてくる。
指令室。
そこだけは案内板にもはっきり記されていた。
当然いるはずの見張りもいない。
「露骨ですね」
「ああ」
ジルが扉の前へ立つ。
「ここまで来いって言ってるようなもんだ」
レオンが一歩後ろへ下がる。ゼイルとネフィラも左右へ位置を取った。
ジルが扉へ手を伸ばすその瞬間。
カチリ。
内側から鍵の外れる音がした。
「……へえ」
ジルが手を止める。誰も触れていない重い扉がゆっくりと開いていく。
開かれた先には、広い部屋があった。
高級感あふれる机と椅子、机の上には何か魔道具らしきものが置かれている。
壁には大きめの世界地図が掛けられている。間違いなくエメラの持つ世界地図よりも新しいであろう。
そして、その中央に一人の女が立っていた。
肩まで伸びた髪、落ち着いた表情。年齢は分からない、妙齢にも見えるし、年月を重ねているようにも見える。
とても静かな佇まいで、突然現れた四人を前にしても驚いた様子はない。
女はゆっくりと身体をこちらへ向けた。
「随分と好き勝手に見て回ってくれたわね」
ゼイルとネフィラが僅かに身構える。
レオンも女から目を離さない。
ジルだけが一歩前へ出た。
「出来たら案内が欲しかったんだけどな、次からはエスコートの人員を待機させといてくれないか?」
「ええ、それは悪いことをしたわね。ちゃんと見学は楽しんでいただけたかしら」
「新しい発見はあったけどな、あんな悪趣味なものを見せられちゃあ興ざめだな」
「それはあなたとの趣味が合わなかっただけよ、それにあれは人間が進化するのに必要なことよ」
「はあ?人間の進化?どうみても退化してるだろあれは?」
「あの美しさが分からないとは、世界一の会頭ともあろうものが目利きは余りよくないものね」
素性はどうやらバレているようだな、とジルは思う。
「審美眼はある方だと思うぜ、あいつらはみな偽物だ、人の偽物、魔獣の偽物、化け物の偽物」
「あんたも偽物なんだろ?不純物の匂いがプンプンしているぜ」
「あら、偽物とは失礼ね。これでもあなたと私は同郷よ?世代は違うけれど」
「何?」
その言葉尾聞いてジルは眉をピクリと動かす。
同郷ーーそれが意味することはつまり。
「お前……守り人の一族か」
その言葉を聞いて女は嬉しそうにほほ笑んだ。




