ep78 銀翼のエリシア
ジルと女は相対したまま、互いに一歩も譲らない。
「守り人の一族ってことは、俺が何者で、お前たちの使命は何なのかは知ってるんだよな?」
ジルの問いかけに、女は笑みを崩さずに答えた。
「ええ、もちろん。私たち守り人の一族の使命は、代々エレメンツに付き従い、補佐すること。そう宿命づけられているわね」
「分かってるじゃないか。じゃあ今のお前がやっていることは何だ? エレメンツの誰かの指示なのか?」
「少なくとも俺が知っている仲間たちで、こんな悪趣味な組織を作ろうなんて馬鹿はいないと思うんだがな」
「誰の指示……そうね。それもあるけれど、私の意思でやっていることよ」
「お前たちの本来の役割はどうした?」
「本来の役割? 千年前までの話よ。それに、従うはずだった人たちがみんないなくなったんだもの」
女は何でもないことのように言った。
「しかもここは外界。世界樹もないし、そんな古臭いしきたりに従う必要なんてどこにあるの?」
「……なあ」
それまで黙って聞いていたゼイルが、堪らず口を挟んだ。
「さっきから一体何の話をしてるんだ? 守り人の一族だの、エレメンツだの……今度は千年前に世界樹?」
隣ではネフィラも怪訝そうな顔をしている。
「私も全然話が見えないんだけど」
「ああ、その辺は後で話す」
ジルは二人を一瞥しただけで、すぐに女へ視線を戻した。
「今はこいつが先だ」
「……分かったよ」
ゼイルは納得していない様子だったが、それ以上は聞かなかった。
女はそんな三人のやり取りを眺めながら、笑顔を張り付けたような表情を崩さない。
「一族だからって、決められた宿命に従い続けるなんて、おかしいと思わない?」
女の問いに、ジルは少し間を置いて答えた。
「まあ、別に構わないと思うぜ?」
あっけらかんとした返答に、今度は女が僅かに目を丸くした。
「あら、意外ね。てっきり掟に従って、言うことを聞けとでも言うのかと思ったわ」
「もうアル・ノアはないし、守り人の一族も世界に散り散りになったんだ。俺たちが眠りこけてたのも悪いし、お前の言う通り千年も経ってるしな」
ゼイルとネフィラが再びジルを見る。
だが、今度は何も言わなかった。
「それでも使命に忠実に生きて、補佐をやってくれている者もいる。もしかしたら、自分が守り人の一族の末裔だと知らされずに生きている奴もいるかもしれない」
ジルは肩を竦めた。
「宿命を捨てるのも、一族を出るのも勝手だ。外界で何して生きようが、俺の知ったことじゃない」
そして、女をまっすぐ見据える。
「だけど、あんなふうに人と魔獣を混ぜて化け物を作る実験を見逃す道理もないんだよ」
「なあ、聞かせてくれよ。あんな悪趣味なもん作って、お前たちは何を企んでるんだ?」
「果たして悪趣味かしら?」
女は小さく首を傾げた。
「人がさらなる進化を遂げられる、いい機会じゃない」
「本人たちが望んでなくてもか?」
「大義のためには少数の犠牲は必要なものよ。それに、人なんて掃いて捨てるほどいるじゃないの」
あまりにも平然とした物言いに、ゼイルの表情が険しくなる。
ネフィラも女を見る目を変えた。
「そのお前が言う大義ってのは何のことだ? まさか神様気取りで人を進化させようとしてるんじゃないだろうな?」
ジルの声から、それまでの軽さが消える。
「お前たちの実験の先には何があるんだよ。各国と戦争でもしようってのか?」
「それも目的の一つね」
「……一つ?」
「ええ。結局、新たな魔獣を作る目的なんて、行き着くところはそこでしょう?」
ジルはしばらく女を見つめた。
「じゃあ、やっぱりお前たちは殲滅させないとな」
その言葉を聞いても、女の笑みは変わらない。
むしろ、どこか楽しそうにジルを見返していた。
「そんな少人数で可能かしら?」
女は四人を順に見渡した。
「でも、どうせなら木の坊やも一緒だとありがたかったのだけれど」
「木の……?」
ジルの目つきが変わる。
「お前ら、エメラを狙ってるのか?」
「あら」
女は口元へ指を添えた。
「これは失言だったわね、風のお兄さん」
「気色悪い呼び方してくれるなよ」
ジルは露骨に顔をしかめた。
「そういや、まだ聞いてなかったな」
「あら、何を?」
「名前だよ、あんたの名前。まあ、墓標は作ってやれないがな」
女は僅かに目を細める。
そして、芝居がかった仕草で小さく頭を下げた。
「エリシア。銀翼のエリシアよ」
ゆっくりと顔を上げ、微笑む。
「これから長い付き合いになると思うわ。よろしくね」
「……エリシアか」
ジルもその名を頭に刻む。
「悪いが、こっちはそんな長い付き合いをするつもりはないんだよ」
ジルの目から笑みが消えた。
「オルド・コルヴィの情報を吐くだけ吐いたら、塵にしてやるよ」
その台詞に、エリシアはくすくすと笑った。
「今のあなたに、それが出来るのかしら?」
ジルとエリシアの視線が交わる。
互いに一歩も退かない。
張り詰めた沈黙が、部屋を支配した。
やがてエリシアが静かに右手を持ち上げる。
「それじゃあ――」
その指にはめられた指輪が、淡い光を放った。
「まずは、この子たちのお披露目をさせてもらうわね」
光が強くなる。
同時に、ジルの表情が変わった。
「――来るぞ!」
その一声に、レオンが剣を抜く。
ゼイルも即座に長剣を構え、ネフィラが銀扇を開いた。
シアは三人の動きを楽しむように眺めながら、光を放つ指輪を掲げる。
「エイル・レイス・エルカ・ソルヴ――」
詠唱とともに、床へ三つの術式が浮かび上がった。
淡かった光が一気に膨れ上がる。
ブワッ――!
室内を突風が駆け抜け、机の上に置かれていた書類が一斉に舞い上がった。
次の瞬間。
グルルルルル――。
光の中から、低い唸り声が響いた。
一つではない。
三つ。
獣のものとも、これまで見てきた魔獣のものとも違う、不気味な声だった。
禍々しいマナが部屋を満たしていく。
「このマナ……」
ジルが僅かに眉をひそめた。
光の中で、巨大な影がゆらりと動く。
一体。
二体。
そして――三体。
ドンッ!
最後の一体が床へ降り立った瞬間、重い衝撃が室内を揺らした。
光が消える。
そこにいたのは、三体の見慣れない魔獣だった。
どれも自然に生まれた魔獣とは明らかに違う。
歪な身体。
異様に発達した四肢。
そして、こちらを捉える濁った眼。
「こいつら……」
ゼイルが剣を握り直す。
エリシアは三体の後ろで、満足そうに微笑んだ。
「さあ――」
その指先が、ジルたちへ向けられる。
「どれくらい使えるようになったか、見てもらいましょう」




