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翠色のアルケミスト  作者: 蜂兎類
第4部 カルタ編
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ep75 潜入、西方司令部

 別室には、装備を整えた男女がソファに腰掛けていた。


 二人とも無駄な動きがなく、ただ座っているだけでも相当な経験を積んできたことが分かる。


「依頼を受けてもらって助かる。ジルだ、よろしくな」


 ジルが声をかけると、男が先に立ち上がった。


「ジルヴェント商会のトップに声かけてもらって光栄だ。俺の名前はゼイル・オルフィン。武器は一通り扱えるが、得意なのはこの長剣。ランクは7だ。よろしくな」


 肩に背負った長剣を指さし男は答える。


 続いて女も立ち上がり、腰に差した銀色の扇を軽く叩く。


「ネフィラ・セルディよ。獲物はこの銀扇。私もランク7。しっかり稼がせてもらうわね」


「おう。契約通り、前金で金貨五百枚、満了後にもう五百だ。どうする? 今渡しとくか?」


「まさか」


 ゼイルが笑う。


「今から金貨五百枚も持ち歩くなんて邪魔にしかならねえよ。それに、あんた相手なら金の心配はいらないだろ。終わってからまとめてもらうさ」


「私もそれでいいわ。それより、話じゃもう出るんでしょ?」


「ああ。顔合わせも済んだし、行くか」


 部屋の外で待機していたレオンを連れ、四人は商会を出た。


 外では、荷物を積んだ四体の魔獣が静かに待っていた。


 風迅獣フェルガ。


 馬よりひと回り大きな四足魔獣で、狼や大型の猫科を思わせるしなやかな体つきをしている。


 風属性のマナを全身にまとって走ることで、荒野や山道でも高い速度を維持できる。長距離移動にも優れており、ジルヴェント商会では重要人物の移動などに使われていた。


 希少なうえ警戒心も強く、誰にでも従う魔獣ではない。


「お前たち、今日からしばらく大変だろうけどよろしくな」


 ジルは一体ずつ頭を撫でていく。


 フェルガたちはそれぞれ嬉しそうに喉を鳴らした。


「よし。じゃあ各々乗ってくれ」


 ジルが先頭のフェルガへ飛び乗る。


 レオン、ゼイル、ネフィラも続いて騎乗した。


 全員が乗ったのを確認すると、ジルがゼイルとネフィラを見る。


「先に言っとく。通常のフェルガより速いから気をつけろよ」


「速いって言っても、倍くらいだろ? 問題ないさ」


 ゼイルは軽く笑う。


 ネフィラも気にした様子はない。


「まあ、振り落とされるほどじゃないでしょ」


「……そうか。ならいい」


 ジルはどこか楽しそうに笑った。


「風よ巡れ、血潮に宿れ、身を研ぎ澄まし、刹那を越えろ――《疾駆》」


 風のマナが四体のフェルガを包み、その身へと吸い込まれていく。


「行くぞ!」


 次の瞬間、四体が一斉に大地を蹴った。


「――っ!」


「速っ!」


 ゼイルとネフィラの身体が一気に後方へ持っていかれる。


 だが、そこはランク7の冒険者だ。


 二人ともすぐに重心を落とし、フェルガの動きに合わせて体勢を立て直した。


 景色が凄まじい勢いで後方へ流れていく。


「……これは聞いてないぞ」


 ゼイルが顔を引きつらせる。


「気をつけろって言われたでしょ」


「お前も余裕そうだっただろ。ここまでとは思わないって」


 二人とも身体強化の術なら何度も経験している。


 だからこそ分かる。


 ジルの《疾駆》は、自分たちが知るそれとは明らかに格が違っていた。


 四体のフェルガは、そのまま西へと駆け続けた。


 西方司令部までは、馬車なら十日はかかる道のりだ。


 だが、ジルたちは街道を使わない。


 人や馬車の往来がある場所をこの速度で走るのは危険すぎる。


 草原を横切り、浅い川を飛び越え、丘を越える。


 多少の起伏や悪路などものともせず、目的地へ向かって一直線に突き進んでいく。


 しばらく進んだところで、前方の岩陰から数体の魔獣が飛び出した。


 こちらに気付くと、唸り声を上げて一斉に駆け出してくる。


「来るぞ!」


 ゼイルが身構えた。


 だが、武器に手を伸ばすより早く、四体のフェルガは魔獣の横を一気に駆け抜ける。


「……は?」


 ゼイルが振り返った。


 魔獣たちも必死に追ってきている。


 しかし、その距離はみるみる開いていった。


「全然追いついてこないな」


 ネフィラも後ろを見る。


「そりゃそうだ」


 先頭を走るジルが笑う。


「わざわざ止まって相手する必要もないだろ」


 やがて魔獣の姿は小さくなり、そのまま見えなくなった。


 それからも四人は西へ進み続けた。


 いくら《疾駆》で強化されているとはいえ、フェルガを走らせ続けるわけにはいかない。


 数刻ごとに足を止め、水を飲ませ、呼吸が整うまで休ませる。


 日陰のある岩場。


 水の流れる小川。


 風を避けられる谷間。


 休息に適した場所を見つけては身体を休め、再び走り出した。


「最初よりは慣れてきたな」


 フェルガへ水を与えながら、ゼイルが言う。


「あの驚いた顔、みっともなかったわよ」


「お前だって驚いてただろ」


「私はちゃんと心構えはしてたし」


「どこがだよ」


 そんなやり取りを挟みながら、四人は再びフェルガへ跨がる。


 街道も、人里も通らない。


 ただ目的地だけを目指し、荒野を一直線に駆けていった。


 やがて周囲の景色は険しさを増し、遠くには岩山が連なるようになる。


 さらに進むことしばらく。


 ジルが片手を上げると、四体のフェルガが速度を落とした。


「ここまでだ。レオン」


「はい」


 岩陰に身を隠すようにフェルガを止める。


 ゼイルとネフィラはすぐに周囲の警戒についた。


 レオンは鞄から掌ほどの円盤状の魔道具を取り出すと、そこへマナを流し込んだ。


 淡い光が表面に広がり、いくつもの光点が浮かび上がる。


「どうだ?」


「少々お待ちを」


 レオンが魔道具を操作していく。


 しばらくすると、散らばっていた反応とは明らかに違う、大きな集まりが浮かび上がった。


「ありました」


 ジルが横から覗き込む。


「数は?」


「人の反応が多数。それと……魔獣もかなりいます」


「同じ場所にか?」


「はい。ほぼ重なっています」


 ジルの表情から笑みが消える。


「場所は?」


「ここからそう遠くありません。方角も、聞いていた西方司令部の位置と一致します」


「……当たりだな」


 レオンが魔道具を止める。


「ここからはどうします?」


「フェルガは置いていく。これ以上近づけば目立つ」


 ジルは地面へ降りた。


「歩いて行くぞ。まずは中の様子を見る」


 続いてゼイルとネフィラを見る。


「二人には、中にいる魔獣の相手を頼む。見たことのない奴が出てくる可能性が高い。焦らず対処してくれ」


「あいよ」


「任せて」


 その時、レオンが鞄から四本の小瓶を取り出した。


「お二人とも、こちらを飲んでください」


「これは?」


 ゼイルは受け取った小瓶を怪訝そうに眺める。


「身体強化の効果をふんだんに盛り込んだ強壮剤さ。一般には流通させてないから見慣れないだろうけど、効果は保証するぜ」


 ジルが答える。


 続いてレオンが説明した。


「薬効が切れるまでは効果が続きます。ただし、その後は全身の筋肉痛と疲労で、しばらくまともに動けなくなりますのでお気をつけください」


「それ以外の副作用は?」


「ありません」


 ネフィラが小瓶とレオンを交互に見る。


「……しばらく動けなくなるのを副作用に数えてないのが逆に怖いわね」


 そう言いながらも、二人は中身を飲み干した。


 ジルとレオンも続いて口にする。


「意外と美味しいじゃない」


 ネフィラが空になった小瓶を眺めた。


 その直後、腹の奥から熱が湧き上がる。


 それが血流に乗って、一気に全身へと広がっていった。


「……お?」


 ゼイルが自分の手を握る。


 身体が軽い。


 力を込めれば、普段とは比べものにならないほど素早く筋肉が応える。


 視界も鮮明になり、周囲の僅かな物音まで耳に入ってくる。


「なんだこれ……」


 ゼイルが思わず笑う。


「これ、凄いわね」


 ネフィラも自分の身体を確かめるように指を動かした。


「ああ。今なら何でも出来そうな気がする」


「そういう時が一番危ないぞ」


 ジルが釘を刺す。


「強くなったんじゃない。今だけ身体を無理やり引き上げてるだけだ。調子に乗ったやつから死んでいくぞ」


「あいよ、了解したボス」


 ランク7の二人だからこそ、自分たちの身体がどれほど強化されているのかが分かる。


 これほどの万能感を覚える身体強化は、二人にとっても初めてだった。


「行きますよ」


 レオンの声に、二人は表情を切り替える。


 四人は魔道具が捉えた反応の方角へ、岩陰を縫うように進んでいった。


 しばらくすると、切り立った岩壁が見えてくる。


 一見すれば、ただの岩山。


 だが、その一角だけ不自然に地面が踏み固められていた。


 レオンがしゃがみ込み、周囲を確認する。


「出入りした跡がありますね」


「ここか」


 ジルが岩壁へ近づく。


 よく見れば、岩肌に紛れるように細い継ぎ目が走っている。


 人の手で作られたものだ。


 レオンは扉の周囲を調べると、岩壁の窪みに手を伸ばした。


「……これですね」


 内部に隠された仕掛けを慎重に探り、操作する。


 カチリ、と小さな音が鳴った。


 岩壁の一部がゆっくりと奥へ沈み、暗い通路が姿を現す。


 ジルが三人を振り返った。


「ここからは慎重に行くぞ」


 三人の表情が引き締まる。


「まずはやつらが貯めている研究成果や他の支部につながるものを探す」


「最終的にはここのせん滅だ。だがお前たちでかなわない敵が出てくる可能性も高い」


「その場合は記録の持ち出しを最優先に動いてくれ」


「了解」


 ゼイルとネフィラが短く答える。


 レオンも無言で頷いた。


 ジルを先頭に、四人は足音を殺しながら暗い通路へと足を踏み入れた。

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