ep74 次なる道標
カルタ軍の施設を出たジルは、そのままジルヴェント商会の支部へ向かった。
正面扉をくぐると、商会の制服を着た男女が歩み寄ってくる。
「お帰りなさいませ、会頭」
「予定より随分遅かったですね」
「ちょっと荒野で遊んでてな」
「遊んでない! 死にかけたんだぞ!」
ダンテが即座に突っ込む。
「そちらのお二人は?」
男が尋ねる。
「エメラと、ちっこいのがダンテだ。エメラは昔の仲間だよ。もてなしてやってくれ」
「昔の……かしこまりました」
二人はエメラたちへ向き直った。
「お初にお目にかかります。ジルヴェント商会本部で会頭補佐官を務めております、レオン・ハルヴェイと申します」
「カルタ支部長のセシリア・ローデンです。以後、お見知りおきを」
「こちらこそ。エメラ・ヴァイパグリンと申します。よろしくお願いします」
エメラも丁寧に頭を下げる。
「それで、こちらがダンテです」
「自分で言えるぞ。ダンテ・リオンだ。よろしく」
セシリアは一瞬だけダンテを見つめた。喋る魔獣を初めて見た者によくある反応だ。
「とりあえず腹が減った。飯は?」
「そうおっしゃると思い、すでに会食場に用意しております」
「さすがだな、レオン。二人とも飯にしようぜ」
「おう! 俺はいっぱい食べるぞ。おかわりも欲しい!」
「食べる前からおかわりの心配しないの」
「食べ始めてから無かった方が困るだろ?」
「心配するところが違うよ……」
◇
会食室の長机には、肉料理や煮込み、焼きたてのパンなどが所狭しと並んでいた。
「好きなだけ召し上がってください。追加もございますので」
「さすが支部長!」
「お前、さっき会ったばかりだろ」
食事が始まると、ダンテは早々に皿を空にした。
「おかわり!」
「早くない!?」
エメラが呆れる中、ジルが口を開く。
「さて、封印の話だけどな。今のところ考えられる方法は三つある」
一本指を立てた。
「一つ目。内側から壊す。封印の限界以上のマナを、自分自身で一気にぶつける」
「俺は一定以上出そうとすると止められるぞ」
「だから簡単じゃない。できるかどうかも分からん。あくまで可能性だ」
二本目。
「二つ目。解呪方法を探す。普通の聖職者じゃ無理でも、古い呪術や封印術に詳しい奴なら何か知ってるかもしれない」
ジルがレオンを見る。
「本部と各支部に連絡して、古い文献や似た事例を洗ってくれ」
「承知しました」
「そして三つ目。これが本命だ」
三本目の指が立つ。
「ルド本人を見つける」
「先代を?」
「ああ。掛けた本人なら、解き方を知ってる可能性が一番高い」
「教えてくれなかったら?」
「実力行使だな」
ジルの表情が引き締まる。
「だからこそエメラ、お前は強くならないといけない。封印されたままでも、以前の自分以上に戦えるくらいにな」
「……そうだな」
「ルドの居場所は商会で探す。どのみち、あいつが今何をしてるのかも確かめる必要がある」
それなら――とエメラは思った。
「だったら、ジルも俺たちとアストリアへ来ない?」
「アストリアに?」
「ああ。会いたい人がいるんだ」
「誰だ?」
「四大賢者の一人、ジオン・ルー。木属性と世界樹について研究してるらしいから、話を聞いてみたい」
「なるほどな」
ジルは少し考えたが、すぐに首を振った。
「悪いけど無理だ。俺はオルド・コルヴィを追う」
「あいつらを?」
「コスチの証言から、拠点の一つが分かった」
「だったら俺たちも――」
「いらん」
「早いな!」
「力を封印されたエレメンツと魔獣なんて、猫の手にもならん」
「誰が役立たずだ!」
「まあ、お前はある意味猫の手だけどな」
「猫じゃねえ!」
エメラは苦笑する。
だが、自分たちがまだ力不足なのは事実だった。
「分かった。俺たちは予定通りアストリアへ行くよ」
「ああ。着いたらジルヴェント商会の支部を訪ねろ。封印やルドについて分かったことは共有できるようにしておく」
そしてジルはエメラを見る。
「まず一月、この周辺で今日やった修業を続けろ。毎日、限界近くまでマナを使うんだ。出力も上がるし、扱い方も身体に染みつく」
続いてダンテへ視線を移す。
「お前もだ。長いことまともにマナを扱ってないんだろ?」
「ああ」
「出せる範囲でいい。身体の中で巡らせるだけでもいいから、少しずつ感覚を取り戻せ。封印が解けた時、身体がついてこなかったら洒落にならないぞ」
「……分かった」
「それと、アストリアへ向かう道中も修業だ。魔獣と遭遇したら、エメラは極力術を使うな」
「やっぱり?」
「マナだけで倒せ。圧縮、速度、精度を徹底的に磨け」
「術を使った方が早いんだけど」
「修業なんだから当たり前だろ」
ジルは最後に二人を見渡した。
「集合は二月後だ。一月修業して、その後の一月でアストリアでの用事を済ませろ」
「場所は?」
「アストリア連合国東部の港町――ベスパ」
エメラには、その先の目的地がすぐに分かった。
「水の神殿か」
「正解。そこからは俺も同行する」
「分かった。二月後、ベスパだな」
「ああ。それまで死ぬなよ」
「そっちこそ」
「誰に言ってんだ」
ジルはいつもの調子で笑った。
◇
食事を終えて商会を出ると、ジルが二人を呼び止めた。
「そうだ。修業中の宿は取ってある。南門の近くにある白銀の鹿亭だ」
「白銀の鹿亭? 一月も泊まったら結構な金額になるんじゃ……」
「宿代もこっち持ちだ。世界一の商会の会頭だぞ? そのくらい気にするな」
「それは助かるけど、何か悪いな」
「だったら早く力を取り戻してくれ」
ジルはエメラの肩を軽く叩いた。
「そして俺たちを引っ張っていってくれよ。頼んだぞ、リーダー」
――リーダー。
久しぶりに聞いた呼び名だった。
「それを言うと、ライオがまた怒るぞ」
「ほっとけ。あいつも皇帝になったんだ。少しくらい丸くなってるだろ」
エメラは苦笑した。
木のエレメンツは、歴代エレメンツの中でも特に世界樹との繋がりが深い。
五つの属性をまとめ、世界樹の異変を感じ取り、仲間たちの進むべき方向を定める。その役割から、いつしか木のエレメンツが中心となることが慣例になっていた。
対して歴代の火のエレメンツは気性が激しく、自ら先頭に立ちたがる者が多い。そのため木と火は意見が衝突することも多かった。
エメラとライオも例外ではない。
だからこそ、その呼び名には懐かしさと同時に、少しだけ嫌な予感もあった。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「よし。俺もそろそろ動く。またベスパでな」
「ああ。次に会う時は驚くくらい強くなってるよ」
「自分でハードル上げるなよ」
二人は笑い合う、そしてエメラとダンテは、ジルと一度別れることになった。
◇
エメラを見送ったあと、ジルは商会の奥へと戻った。
廊下を歩きながら、傍らに控えていたレオンへ声をかける。
「レオン」
「はい」
「すぐに出発する。準備をしてくれ」
だが、レオンは足を止めることなく答えた。
「すでに準備しております」
ジルがわずかに眉を上げる。
「早いな」
「ジル様がお帰りになった時点で、招集をかけ、別室にて待機、フェルガも四体準備しております。」
その言葉に、ジルは小さく笑った。
「相変わらず仕事が早いな」
「会頭が何をなさるかくらいは、長くお仕えしていれば分かります」
「そうかよ、流石俺の右腕だ」
ジルは肩をすくめ、そのまま別室へと向かった。




