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翠色のアルケミスト  作者: 蜂兎類
第4部 カルタ編
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ep73 砕けぬ枷

 もちろん今まで手をこまねいてみていたわけではない。エメラ達自身もこれまでも幾度となく封印を解くのは試みていた。


 自らの術で破壊を試みたり、武器屋で購入した様々な刃物による破壊、冒険者に頼んでみたこともあったし、挙句の果てには聖職者に解呪を試みたこともあった。


 しかし封印は強固なものでビクともせず、エメラとダンテは半ば諦めていた。


 ジルは二人の封印をまじまじと見つめる。


「だいぶ強固な封印だな、この魔術式解析出来たら商会の方で売れそうだ」


「こんなもの世に放たないでくれよ」


「ははっ、冗談冗談。まず解析することは不可能だしな。これは封印術と言うよりも呪いに近い」


「呪い?そんなまじないめいたことってホントにあるの?」


「ああ、まじないも術の一種だ、俺たちエレメンツにはあまり縁がないけど、呪術師とかも普通にいるぜ?」


「そうなんだ、世界は広いなぁ、っというかそれなら高位の聖職者とかならこの呪いとかるんじゃないの?」


「無理だろうな、そういった意味での呪いともまた違う」


「じゃあやっぱり取れないんじゃないかこの首輪」


 ダンテが嫌そうに首を見る。


「誰が取れないって言った?」


「え?取れるのか?」


 ダンテはその言葉を聞き、ぱあっと明るくなる。きっとダンテはいち早く元の姿に戻りたいのだろう。


「多分な」


「多分!?」


「絶対とは言ってないだろ」


「一瞬でも期待した俺が馬鹿だった!」


「そう怒るなって。少なくとも、外す方法に心当たりはある」


 ジルはそう言うと、今度はエメラの腕輪へ手を伸ばした。指先で表面を軽くなぞりながら、刻まれた術式をじっと見つめる。


「……なるほど」


「何か分かった?」


 ジルは腕輪を指で軽く叩いた。


「んー、思ってたより単純かもしれない。こいつは確かにかなり強力な封印だ。術式そのものも複雑だし、そう簡単に解除できるような代物じゃない」


「やっぱり駄目じゃないか」


 ダンテが嫌そうに首輪を見る。


「最後まで聞けって」


 ジルは面倒そうに言った。


「別に解除する必要はない、壊せばいい話だろ」


 ジルはエメラの腕輪を指差した。


「それは散々やったって言っただろ」


「ああ。聞いてたよ」


「じゃあ何が違うのさ」


「威力の問題さ、お前たちが今まで壊せなかった理由なんて、単純にそれだ」


 ジルはあっさりと言った。


「今までのやり方ではその封印具の耐久力に届いていなかったんだ」


「なるほどね、一理はあるな」


「だから俺の本気の一撃を出す。それで壊れなかったらまた別の手を考えよう」


「ちょっと待って」


 エメラがすぐさま左腕を引いた。


「何だよ」


「本気の一撃って……それ、俺の腕は大丈夫なの?」


「多分」


「多分!?」


「腕輪だけ狙うから安心しろって」


「全然安心できないよ!」


「ジルの本気なんて受けたら、腕どころかエメラごと消し飛ぶんじゃないか?」


 ダンテまで不安そうに口を挟む。


「お前ら、俺を何だと思ってるんだ」


「加減を知らない奴」


「急に後頭部へ風弾を撃つ奴」


「まだ根に持ってんのかよ」


 ジルは呆れたように息を吐いた。


「本気って言っても、無差別に最大火力をぶつけるって意味じゃない。そんなことをしたら辺り一帯消し飛んじまう。狙った一点に最大限の威力を集中させるんだよ」


「それなら……まあ」


 エメラはまだ警戒しながらも、ゆっくりと左腕を差し出した。


「絶対外さないでよ」


「任せろ」


「その自信が逆に怖いんだけど」


「いいから動くな」


 ジルはエメラから数メトルほど距離を取る。


「まあ、せっかくだ。みておけ二人とも、これが今の体で出せる俺のーー全力だ」


 その言葉と同時に、空気が変わった。


「……え?」


 エメラが目を見開く。先ほどまで穏やかだった荒野の風が止まる。


 一瞬の静寂、そして――。


 ジルの足元から凄まじい勢いで風が巻き上がった。


「っ!?」


 ダンテが反射的に身を低くする。ジルの身体から溢れ出したマナが、大気そのものを震わせていた。


 衣服が激しくはためき、周囲の草木が大きくしなる。荒野に転がっていた小石が浮き上がり、次々と宙へ舞った。


「何だよ……これ……」


 ダンテが呆然と呟く。エメラも言葉を失っていた。地下でジルが戦った時とは、まるで違う。あの時ですら圧倒的だった。


 だが今、目の前にいるジルから感じる圧力は、それとは比較にならない。両足を地面へ据え、ゆっくりと両腕を広げる。


 そして、詠唱を始めた。


「塵は舞い、風は目覚める。我が身に宿れ、蒼穹の息吹」


 周囲の風がジルへ集まり始める。


「血脈を巡れ、暴れよ嵐――骨を駆け、肉を裂き、我が内に天の渦を刻め」


 空気が震える。風の中に、青白い光が走った。


 バチッ――!


 雷だ。


「目覚めよ、風の核。風纏い、雷宿れ――我が身、嵐と成らん」


 ジルの全身を暴風が包む。その中を幾筋もの雷が駆け巡った。


「《雷鳴纏身》!」


 轟音と共に解き放たれた風圧が荒野を駆け抜けた。


「うわっ!」


 ダンテが吹き飛ばされないよう地面へ爪を立てる。エメラも腕で顔を庇った。


 ジルの姿が、風と雷の中心にある。髪は激しく逆立ち、全身を薄い風の膜が覆い、その表面を絶えず雷光が走っていた。


 ただ立っている。それだけなのに、周囲の空気が震えている。


「……嘘だろ」


 ダンテが呟いた。


「地下じゃ、こんなの使ってなかったぞ」


「あの程度の相手に使う必要なかったからな」


「……あれで?」


 エメラは思わず聞き返した。改めて、自分との力の隔たりを思い知らされる。


 だがジルは二人の反応など気にした様子もなく、右手を持ち上げた。


「さてそうだな、まずはお前からだ」


 ダンテを見る。


「え!?俺からなのかよ!」


「動くなよ」


「ちょっと待て! 今のお前を見た後だと余計に怖いんだけど!」


「大丈夫だって」


「何がだよ!」


 ジルの右手へ風が集まり始めた。空気が一本の刃へと圧縮されていく。


「絶対に首輪だけ狙えよ!」


「分かってる、動くなよ!しっかり力んで吹き飛ばされないようにしろよ!」


「外すなよ!」


「だから外さないって、喋ったら狙いが狂うから口を閉じろ!」


「本当だろうな!?」


「ダンテ」


「何だよ!」


 ジルが笑う。


「当たったらゴメンな」


「首だけになったら噛みついてやるからな!!!」


 ダンテはぎゅっと目を閉じ、身体を硬直させた。


 ジルの目から笑みが消える。


「行くぜ」


 右腕を振り抜く。


「切り裂け、風の刃――《風刃》!」


 轟ッ――!!


 放たれた瞬間、地面が抉れた。


 風刃は目で追うことすら難しい速度でダンテめがけて飛ぶ。


 その軌道上の草木が触れてもいないのに真横へ薙ぎ倒され、乾いた地面には一直線の亀裂が走った。


「っ――!」


 エメラが反射的に腕で顔を庇う。


 瞬きにも満たない時間で、風刃はダンテの目前まで迫る。


 狙いは首輪、寸分の狂いもない。


 そして――。


 激突した。


 ギィィィィィンッ!!


 耳をつんざくような金属音が荒野一帯へ響き渡る。


「うわっ!?」


 ダンテの身体が衝撃で大きく揺れる。だが風刃は首輪へ触れておらず、僅か手前何もないはずの空間で止められていた。


「……何だ、これ」


 エメラが目を見開く。


 首輪の周囲に、黒く濁ったようなマナが浮かび上がっていた。風刃がそれに触れるたび、激しく火花のような光が飛び散る。


 バチッ!バチバチバチッ――!


 首輪へ食い込もうとする風刃を、封印はそれを拒絶している。


 二つの力が真正面からぶつかり合い、ダンテを中心に凄まじい風圧が吹き荒れた。


「くっ……!」


 ダンテが地面へ爪を立てる。


 四本の脚が僅かずつ後ろへ滑っていく。


「ジル! これ大丈夫なのか!?」


 ダンテが必死に耐えながら訴える。


「動くな!」


 ジルが叫び、右腕を押し込むようにダンテへと向けている。


「まだ……いける!」


 風刃が一段と輝いた。


 ギギギギギッ――!


 押し込む、さらに押し込む。首輪の周囲に漂う黒いマナが大きく揺らぎ始めた。


「いけ……!」


 ジルが歯を食いしばる。


 一瞬、風刃が僅かに首輪へ近づいた。


「いける!」


 エメラが思わず声を上げた次の瞬間、風刃の先端が――消えた。


「……っ!?」


 先端だけではない。


 削られる。


 まるで目に見えない何かに喰われていくように、風刃そのものが端から次々と崩れていく。


「何だと……?」


 ジルの表情が変わった。


 あれほど濃密に圧縮されていた風の刃が、首輪へ近づくほどに削り取られていく。雷光までが飲み込まれ、青白い輝きが次々と消えていった。


「おいおい……」


 ジルの額に汗が滲む。


 そして――。


 バァンッ!!


 衝撃波が荒野を駆け抜ける。その衝撃で耐えきれなくなったダンテが吹き飛んでしまう。


 「ダンテ!!」


 エメラも衝撃はの影響で後ずさりするが、すぐに体制を立て直しダンテへと駆け寄った。


 しばらくして風が収まる。


「…………」


 誰も口を開かなかった。


 ダンテは恐る恐る目を開ける。


「……終わった?」


「ああ」


「首は?」


「付いてる」


 ダンテは慌てて前脚で首元を確かめる。


「じゃあ首輪は!?」


 土煙が晴れていく。


 三人の視線が、一斉にダンテの首元へ集まった。


「…………」


 そこには。何事もなかったかのように、首輪が残っていた。


 傷一つ付いていない。


「……嘘だろ」


 今度はダンテではなく、ジルが呟いた。しばらくダンテを見つめていたが、やがて《雷鳴纏身》を解いた。


 荒野を満たしていた風と雷が静かに消えていく。


「……参ったな」


 珍しく、ジルの表情から余裕が消えていた。


「今ので駄目なの?」


 エメラが尋ねる。


「ああ。少なくとも、今のこの身体で出せる力じゃ壊せない」


 ジルはダンテの首輪へ近づき、表面を指先でなぞった。


「単純に硬いんじゃない。こっちの術そのものを削ってる。あれだけマナを叩き込んでも、首輪に届くまでにほとんど喰われた」


「じゃあ俺の腕輪も?」


「同じ術式なら似たような結果になるだろうな」


 ジルはエメラの左腕へ目を向ける。


「ダンテで結果が分かった以上、お前にまで試す必要はない。下手に出力を上げれば、封印を壊す前に腕を吹き飛ばしかねないしな」


「それは嫌だな……」


「だろ?」


「俺の首は飛んでもよかったのかよ」


「ちゃんと飛ばないように調整していただろ?まああれだ、結果オーライってやつさ」


「それ一か八かじゃないか!!いつか絶対嚙みついてやる」


「今のお前じゃダメージなんて受けねえな」


 ダンテが首輪を忌々しそうに見下ろし、少しシュンとする。


「結局、どうすればいいんだよ」


「うーん……今すぐ俺にできることはない」


 ジルはあっさり答えた。


「お前でも無理なのか?」


 少し悲しそうにエメラが尋ねる。


「ああ、今見た通りだ。悔しいけどな」


 ジルが手を叩く。


「いったん仕切り直そう」


 そう言いながら、ジルはカルタの方角へ歩き始める。


「商会の支部に戻るぞ」


「今から?」


「今から、腹減ったし、伝えたい修行の内容はあらかた伝えられたからな」


「ご飯か?それならいくらでも付き合うぞ」


「さっきまであれだけ怒ってたのに、現金なやつだな」


 エメラが呆れた声を漏らす。がダンテの明るさに救われたのか、先ほどよりも表情はやや明るい。


 ジルは気にする様子もなく、そのまま歩き続けた。


 エメラとダンテも顔を見合わせ、後を追った。

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