ep72 未完の継承
「……お前、本気で言ってる?」
「だから知らないって」
ジルはしばらくエメラを見つめていた。
「分体だよ。自分のマナを使って、もう一人の自分を作る」
「そんな術、覚えた記憶ないよ」
「術じゃない」
ジルの声が強くなる。
「エレメンツが扱える固有の能力ともいうかな」
「でも知らないものは知らないよ」
言いかけて、ジルが止まった。
「俺たちはエレメンツを継承した時、歴代のエレメンツが持っていた知識の一部も一緒に受け継いでる」
「……」
「術の使い方も、力の扱い方もそうだ。分体だって同じだ」
自分の胸を指差す。
「誰かに教わるようなもんじゃない。手足を動かすのと一緒だ。使おうと思えば、やり方が分かる」
「……」
「エメラ?」
先ほどからエメラが何も答えない。
視線を少し落としていた。
「どうした?」
「ジル」
「ん?」
「実はさ」
エメラは少しだけ言い淀んだ。
「俺、まだ木のエレメンツの力を継承できてないんだ」
「…………」
ジルの顔から表情が消えた。
「は?」
「だから――」
「待て」
ジルが手を上げる。
「どういうことだ?」
今までの軽い調子は完全に消えていた。
エメラは少し迷ったあと、口を開く。
「あの日……継承の儀の途中で、アーサーが反乱を起こしただろ」
「ああ」
「俺だけ、まだ終わってなかった」
「……」
「儀式は途中で潰れた。だから俺は、木のエレメンツの力を完全には受け継げなかったんだ」
「でも、あの時のお前は力を使ってただろ?」
「世界樹から流れ込んできた力だよ」
エメラが答える。
「あの時だけは、それで戦えた。でも全部使い果たして……次に気づいた時には、神殿で眠ってた」
ジルは何も言わない。
先ほど感じていた違和感。
異常に少ないマナ。ジルとライオの継承の件でピンときていなかったこと。
少しずつ辻褄が合い始める。
「それだけじゃない」
エメラが左腕を上げた。
「まだあるのか?」
「ああ」
袖の下から腕輪が覗く。
「先代の木のエレメンツが、まだ生きてる」
ジルの目が見開かれた。
「……何だって?」
「俺が目覚めた時に現れたそうだ」
エメラは腕輪を見る。
「それは誰から聞いたんだ?」
「ダンテだよ」
「そうなのか?ダンテ」
ジルはダンテに視線を移す。
「そうだ、俺はあの森を根城にしていたんだ。いつものように神殿の近くで寝ていたら、いきなり人間が現れて、何も言わずにこちらを攻撃してきたのさ」
「で、戦っていたら次は神殿からもまた別の人間が現れてきてもう大変だったぞどっちも植物を操っているかとおもったけど何かお互い戦っているし」
「こっちもびっくりしたからね、外にでるとおっきな魔獣と男が戦ってるんだから、しかも男の方がこっちに矛先を」
「それで、俺とダンテの力を封じた」
「俺はこっちだ」
ダンテも首を上げる。
そこには首輪が巻かれていた。
ジルの視線が、腕輪から首輪へ。
そして再び腕輪へ戻る。
「……ちょっと待て」
近づく。
「見せてくれ」
エメラの左腕を取り、腕輪へ指を触れた。
僅かにマナを流すと、腕輪の表面に刻まれた術式が淡く反応した。
「……なるほど」
「分かる?」
「全部は無理だ。複雑すぎる」
今度はダンテの首輪へ視線を移す。
「でも大まかな役割は同じだな」
「何なんだ?」
「簡単に言うとマナの収束を邪魔してるな」
エメラが眉を寄せる。
「収束を?」
「ああ」
ジルが腕輪を指で軽く叩く。
「マナを一か所に集めようとすると、外へ逃がす。だからお前はさっき、あれだけ圧縮に苦労してたんだ」
「……あ」
「ダンテも同じだろうな。力を維持するためのマナを散らされてる」
ダンテを見る。
「だから、こんなちびっ子になってる」
「ちびっ子言うな。引っ掻くぞ」
「やってみろ。痛くも痒くもない」
「お前な!」
ジルは相手にせず、再び腕輪を見る。
「それにしても……よくここまで封じたな」
「そんなに強いの?」
「お前を封じるんだぞ」
呆れたように言う。
「今はこんなんだけど、元々のお前は木属性の候補の中でも別格だった。世界樹から直接大量のマナを受けた直後なら、なおさらだ」
「……こんなんって何さ」
「今はどうでもいい」
「よくないんだけど」
「じゃあ、あれは……そういうことだったのか?」
一人でぶつぶつと呟く。
「あの噂……まさか……」
「おーい。また独り言になってるぞ」
ダンテが声を掛ける。
「何の話?」
「……いや。まだ分からない」
ジルは一度首を振った。
「それより今は、お前が継承できてないことの方が重要だ」
表情を戻し、エメラへ向き直る。
「まず聞きたい。先代の木のエレメンツは、何でお前たちを襲った? それに、どうして殺さず封印だけして消えたんだ?」
「それが分からないんだよ」
エメラは記憶を探るように目を細めた。
「目覚めた直後のことは、かなり曖昧なんだ。戦った記憶はある。でも、その前後がどうにもぼやけてる」
千年前の戦い。その先の記憶は、途切れ途切れだった。
「最後にはっきり覚えてるのは、アーサーを止めたところまで。それから次に目を開けた時には、もう場所が変わってた」
「それが木の神殿だった?」
「ああ。最初は分からなかったけど、少ししてから気づいた。一度来たことがあったからね」
エメラは当時を思い出すように続ける。
「もちろん、千年も経ってるなんて知るはずもなかった。外が騒がしかったから、まだ戦いが続いてると思って神殿を出たんだ」
「そしたら?」
「人と魔獣が戦ってた」
ジルが黙って先を促す。
「状況を確認しようとしたんだけど、人の方が俺を見るなり攻撃してきた。だから俺からしてみれば、どっちも敵に見えたんだ」
「それで応戦したのか」
「まあね」
エメラは少し困ったように笑った。
「相手も木の魔術を使ってきた。でも、その時は特に何とも思わなかった。アル・ノアじゃ木属性なんて珍しくもなかったから」
「それからどうなったんだ?」
「最初は互角だったと思う。でも、こっちは千年間眠り続けた直後だった」
エメラの表情が僅かに曇る。
「調子に乗って力を使いすぎたのか、急に身体が動かなくなった。マナもほとんど出せなくなってさ」
左腕の腕輪へ視線を落とす。
「その隙に、これをくらった」
ダンテも自分の首輪へ目を向けた。
「俺は巻き添えだ」
「悪かったって」
「別にお前がやったわけじゃないだろ」
「まあね」
エメラは再びジルを見る。
「封印したあと、そいつはそのまま姿を消した」
「それで、何で先代の木のエレメンツだと分かった?」
ジルの問いに、エメラは少し考えた。
「顔だよ」
「顔?」
「随分変わってたし、雰囲気もまるで違った。でも、見覚えがあった」
記憶の奥に残る、継承の日。
そこにいた男の姿が、少しずつ輪郭を取り戻していく。
「たしか名前は――」
「「ルド」」
二人の声が重なった。
エメラが驚いてジルを見る。
「ジルも覚えてたのか」
「いや、覚えてた、というのは少し違うかな。エレメンツを継承した時に入ってきた記憶だ。先代の連中のことも、その中に残ってた」
「その腕輪と首輪はどうやらマナの収束を霧散させる効果がありそうだな、だから威力があがらないのと、ダンテの姿もちびっ子になっちまってるんだ」
「ちびっ子言うな、引っ掻くぞ」
「やってみろ、痛くもかゆくもねえよ、それにしても」
ジルは一度口を閉じ、エメラの腕輪へ視線を落とした。先ほどまでの軽い調子は消えている。
「よくここまで封じたもんだ」
「そんなに強い封印なの?」
「お前を封じるんだぞ?」
ジルは呆れたように言った。
「今はこんなんだけど、元々のお前は木のエレメンツ候補の中でも別格だった。まして世界樹から直接大量のマナを受けた後だ。それを力ずくで抑え込もうとしたら、相応の力が必要になる」
「……こんなんって何さ」
「そこは今どうでもいい」
「よくないんだけど」
ジルは気にも留めず、腕輪へ視線を戻した。
「ルドは相当な力を、この封印に割いたんじゃないか?」
「だから、あの時……」
「ああ」
ジルが頷く。
「お前たちを封じたあと、そのまま姿を消したって言ってただろ?」
「うん」
「殺せるなら、その場で殺した方が早い。それをしなかったんじゃなくて――できなかった可能性がある」
エメラの表情が変わった。
「俺を封じるので、力を使いすぎた?」
「多分な」
ジルは腕を組む。
「千年間眠ってたとはいえ、お前と正面から戦って、そのうえこれだけ強力な封印まで施した。ルドの方も相当消耗してたんだろ」
「なるほど……」
「それでこれ以上戦うのは危険だと判断して撤退した。そう考えれば辻褄は合う」
「おい」
ダンテが不満そうに口を挟んだ。
「俺の力もな」
「ん?」
「何で全部エメラを封印したせいみたいになってるんだよ。俺だっていたんだぞ」
「ああ、お前か」
ジルはダンテを一瞥した。
「お前はついでに封印されたんじゃないか?」
「ついでじゃねえよ!」
ダンテの毛がぶわっと逆立つ。
「言っとくけどな、あの頃の俺は今とは全然違ったんだからな!」
「はいはい」
「本当だぞ! 身体だってもっとデカかったし、速さも力も今とは比べものにならなかった! そこらの魔獣なんて相手にもならなかったんだからな!」
興奮したダンテは、前脚まで使って必死に説明し始める。
「爪だって一振りすれば岩くらい簡単に――」
「知らん」
「……は?」
ジルがあっさりと言い放った。
「俺、昔のお前見たことないし」
「お前な!」
「見てないものを『そうだな、強かったな』とは言えないだろ」
「エメラ! こいつ何とかしろ!」
「いや、俺に言われても……」
「少なくとも今は小さい猫みたいなもんだしな」
「猫じゃねえ!」
「そこ重要なの?」
「重要だ!」
声を張り上げるダンテを横目に、ジルは再び二つの封印へ意識を戻した。
「まあ冗談は置いといて、ダンテにもそれだけ強い封印が掛かってる以上、ルドがお前を警戒していたのは間違いない」
「最初からそう言え!」
「でも今はお荷物だけどな」
「余計な一言足すな!」
エメラは二人のやり取りに苦笑しながら、自分の腕輪を指でなぞった。
「でもさ、ジル」
「何だ?」
「これって、どうにかできるの?」
「そこなんだよな」
ジルは少し考えてから、腕輪と首輪を交互に見る。
「これだけ強力なものなら、普通に術式を解こうとしても相当時間がかかるだろうな」
「じゃあ無理か」
「誰がそんなこと言った?」
ジルの口元がゆっくりと吊り上がった。
「こういうのはな、真正面から解く必要なんてないんだよ」
その笑みを見たダンテが、露骨に嫌そうな顔をする。
「……何か嫌な予感がする」
「奇遇だな」
エメラも同じようにジルを見た。
「俺も」
「失礼な奴らだな」
「失礼な奴らだな。まあ何でルドがエメラの前に現れたのか。何で襲ってきたのか。どうして殺さず封印だけしたのか……疑問はいくらでもある」
一度言葉を切る。
「けど、とりあえず――」
ジルはエメラの腕輪を指差した。
「その封印、先に解くぞ」
そう、あっさりと言い放った。




