ep71 力の礎
「次は何?」
「次はマナの精密なコントロールだ、そうだな」
ジルは周りを見渡して、少し離れた場所にある大岩を指差した。
エメラの背丈を遥かに超える岩だ。
「あれに穴を開ける」
「そんなのでいいの?」
エメラが首を傾げる。
「それなら簡単だけど、術の種類は何でもいいの?」
「術は禁止な、純粋なマナだけでやるんだ」
「え?」
ジルが右手を開くと掌の前に淡い光が集まる。
ほとんど時間を置かず、その光は小さな球体へと圧縮された。
「集める。圧縮する。撃つ」
軽く手を振る。
ヒュンッ――。
光の塊が一直線に飛んだ。
ドンッ!
岩の表面が砕け、小さな穴が穿たれる。
「こんな感じ」
「マナそのものを飛ばすのか」
「ああ。魔術師の基礎訓練でも使われる方法だ」
エメラは自分の右手を見る。
「こういうのはアル・ノアじゃやらなかったな」
「だからやるんだよ、かなり効果はあるぞ」
「ふーん……」
掌を大岩へ向ける。
身体を巡るマナを右腕へ集め、そのまま掌へ。
淡い翠色の光が球状にまとまった。
「人にマナを送る時と似てるな」
エメラが掌を突き出した。
翠色の球体が飛ぶ。
――が。
ぼんっ。
岩の表面に、小さな傷がついただけだった。
「……弱っ」
ダンテが思わず呟く。
「言わなくていいよ!」
エメラが振り返る。
「でも本当に弱かったぞ」
「分かってる!」
エメラは少し恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「今のは駄目だな、密度が薄い。集めるのも遅い。何より、せっかく集めたマナをそのまま押し出してるだけだ」
ジルまで追い打ちをかける。
「じゃあ、どうするのさ」
「押し込めろ」
「押し込める?」
「集めたマナを逃がさず、小さく、固くする」
エメラが再び掌へマナを集める。
「大きくする必要はない。縮めるんだ。重要なのは密度さ」
「簡単に言うなあ……」
拳ほどの翠色の球体。
エメラが圧縮しようとすると、その周囲から光が霧のように漏れ始めた。
「ほら、それ」
「何?」
「マナが逃げてる、もっと圧縮して留めるイメージだ」
エメラが目を凝らす。
確かに、集めたマナが少しずつ外へ流れ出している。
「これも全部中に?」
「ああ」
「結構難しいな」
「だから訓練なんだって」
もう一度。
今度は力任せに押さえ込まない、流れようとするマナそのものへ意識を向ける。
外へ逃げる力を、少しずつ内側へ戻していく。
拳ほどあった翠色の塊が、徐々に小さくなった。
「そう。それでいい」
木の実ほどの大きさまで縮む。
「結構きついんだけど」
「その程度、考えなくてもできるようになれ」
「要求が高いなあ」
「敵は待ってくれないぞ」
ジルが右手を上げる。
次の瞬間には、小さな光が掌の前に浮かんでいた。
「集める、圧縮する、撃つ。三つの動作として考えるな」
「呼吸する時に、肺を膨らませて、空気を吸って、吐いて……なんて一々考えないだろ」
「まあ、そりゃあそうだけど」
「同じだ。身体に覚え込ませろ」
エメラは一度手を下ろした。
集めてから圧縮するのではない、集めながら圧縮する。撃ち出す時はもう形になっているイメージを。
「……よし」
掌を向ける。
翠色の光が先ほどより速く集まった。
そのまま小さく凝縮されていく。
「まだ漏れてるぞ」
「分かってる」
抑え込む。
放つ。
ドンッ!
岩の表面が、先ほどより深く抉れた。
「おお。さっきより全然違うぞ」
「……感覚は掴めてきた」
「でもまだ穴じゃない」
「厳しいなぁ」
「穴を開けろって言っただろ」
ジルが別の岩を指差す。
「もう一回」
「はいはい」
再び掌を向ける。
集める。
圧縮する。
放つ。
ドンッ!
「遅い。もう一回」
バンッ!
「今のは圧縮が甘い」
ドンッ!
「狙いがずれてる」
「注文多くない!?」
「全部できて初めて、扱えてるって言えるんだよ」
何度も繰り返す。
そのうち、少しずつ考えることが減っていった。
集める速度が上がる。
漏れるマナも少なくなる。
球体は小さくなり、その分だけ内側へ押し込められた力が増していく。
「そうそう。見た目の大きさは関係ない」
ジルが言う。
「どれだけ無駄なく詰め込めてるかだ」
エメラの掌に、指先ほどの翠色の光が生まれた。
小さい。
だが、今までとは違う。
内側から押し返してくるような圧力がある。
「……これなら」
放つ。
ヒュンッ!
鋭い音。
光が岩へ吸い込まれる。
ドンッ!
岩の表面に、小さな穴が開いた。
「おお!」
ダンテが駆け寄る。
「ちゃんと穴になってるぞ」
「やっとか……」
エメラは掌を見る。
使ったマナの量そのものは、それほど変わっていない。
それでも結果はまるで違った。
「大量に出せばいいってもんじゃない」
ジルが隣へ来る。
「同じ量でも、扱い方次第でここまで変わる」
「なるほどね」
「じゃあ次」
「まだあるの?」
「同じ場所に三発」
「……は?」
「連続でな」
ジルが岩へ手を向ける。
パッ、パッ、パッ――。
光が灯ったと思った瞬間には、三発が放たれていた。
ドドドンッ!
三つすべてが寸分違わず同じ場所へ命中する。
「……それをやれって?」
「そういうこと」
「本当に容赦ないな」
「無詠唱で術を使うなら、これくらいはできた方がいい」
ジルは岩に開いた穴を指差した。
「詠唱を省くってことは、補助なしで自分だけでマナを形にするってことだ。操作が雑なら、その分だけ術も弱くなる」
「じゃあ、これが上手くなれば……」
「種弾でも地這い蛇でも、今より少ない無駄で撃てる」
「完全詠唱なら?」
「元になるマナの密度が上がるんだから、当然威力も上がる」
エメラの目が少し変わった。
「俄然やる気出てきた」
「単純だな」
「分かりやすくていいだろ」
「じゃあ三発」
「はいはい」
エメラは右手を上げた。
それから、しばらく。
パッ、パッ、パッ。
三つの翠色の光が続けて飛ぶ。
ドドドンッ!
岩の同じ場所へ命中した。
「よし!」
エメラが小さく拳を握る。
始めた頃とは比べものにならない。
マナの生成速度。
圧縮。
精度。
どれも目に見えて良くなっていた。
ダンテも満足そうに頷く。
「短時間で随分マシになったじゃないか」
「ああ」
ジルも最初はそう答えた。
だが。
次第にその表情から笑みが消えていった。
「……」
腕を組む。
「……おかしいな」
「ん?」
ダンテが振り返った。
「さっきから何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「いや……」
ジルはエメラから目を離さない。
もう一度。
三発。
すべて命中。
技術は磨かれていっている、驚くほど早く。
それなのに――。
「何か変なのか?」
「変、というか何なのかな、思ったより早く上達はしているとは思うぜ、でもなぁ」
「じゃあ何だよ」
「マナだ。マナの総量が少なすぎる」
ダンテが首を傾げる。
「マナ?」
「でも前に、冒険者からエメラのマナ量は凄いって言われてたぞ」
「あのなあ……」
ジルは呆れたように息を吐くと、ひょいとダンテの身体を掴み上げた。
「ちょっ、何すんだ! 離せ!」
「何度も言ってるだろ。俺たちエレメンツを、普通の冒険者と同じ基準で考えるなって」
「分かったから降ろせ!」
「浅瀬で水浴びしてる連中に泳ぎを褒められて、喜んでる場合じゃないんだよ。そもそも俺たちとは泳いでる海の深さが違う」
「例えは分かったって!」
「こっちの領域まで来られる人間なんて、ほんの一握りだ。それでも、せいぜい俺たちの足元に届くくらいだぞ」
ジルはエメラへ視線を戻した。
「今のエメラは、その連中の足元にすら届いてない」
「……そんなにか?」
「ああ。だからおかしいんだよ」
飲み込みは早く技術は上達していく。だがそれを支えるはずのマナが、あまりにも弱い。
「まだ起きて数年と言ってもここまで衰えてるものなのか……?」
「おーい、エメラ!」
ジルが声を張る。
返事はない。
エメラは岩へ掌を向け、完全に集中していた。
「エメラ!」
やはり反応しない。
「……風弾」
「え?」
ダンテが振り返った時には遅かった。
バチィンッ!
風弾がエメラの後頭部へ直撃する。
「痛ったーい!!」
頭を押さえて振り返る。
「忘れてた!」
「いや、今のは訓練じゃない」
「だったらもっと悪いだろ!」
「呼んでも気づかないから」
「普通に近づいて肩叩いてよ!」
「面倒だった」
「ひどい!」
エメラが睨みつける。
だがジルはもう笑っていなかった。
「それ、一旦中止な、ちょっと確認したいことがある」
「え?」
ジルはエメラの身体をじっと見る。
少し考えたあと。
「分体を出してみてくれ」
「……」
エメラが首を傾げた。
「……何それ?」
ジルの動きが止まった。




