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翠色のアルケミスト  作者: 蜂兎類
第4部 カルタ編
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ep70 荒野の修練

 カルタの街を出て、三人はしばらく歩き続けた。


 やがて辿り着いたのは、見渡す限り岩と乾いた土ばかりが広がる荒野だった。


 街道からも大きく外れている。辺りに人影はなく、旅人が通ることもほとんどないだろう。


「ここなら多少本気を出して暴れても、誰にも迷惑はかからないだろ」


 ジルが辺りを見回した。


「多分な」


「不安になる一言を足すなよ」


 ダンテが呆れたように言う。


「細かいことは気にしたらストレスたまるぜ?」


「魔獣が暴れてるって通報されたらどうするんだよ」


「その時はダンテに尊い犠牲になってもらうしかないな」


「お前な……」


 ジルはダンテを無視して、荒野の奥へ目を向けた。


「じゃあ、始めるか」


 そう言って、目の前に広がる乾いた大地を指差す。


「まず確認しておくけど、木のエレメンツの本質は植物を操ることだ。マナで植物へ干渉し、術式によってそこに形や役割を与える」


「うん」


「で、今のお前は、その一番根っこの部分がかなり衰えてる」


 エメラは少しだけ視線を逸らした。


「……まあ、それは自分でも分かってるよ」


「だろ?」


 ジルは頷く。


「だから最初は単純なところから鍛えなおす」


 そして、荒野をぐるりと指で示した。


「ここを草木でいっぱいにしてくれ」


「は?」


 真っ先に声を上げたのはダンテだった。


「お前、どれだけ広いと思ってるんだよ!」


「久しぶりにいきなり全部とは言ってないだろ。まずは見えてる範囲でいい」


「それでも十分無茶だろ!」


 どこまでも続く乾いた大地。


 草一本すらまともに生えていない。


 そこを緑で埋め尽くすとなれば、相当量のマナが必要になる。


 しかし。


「分かった」


 エメラはあっさり答えた。


「え、やるのか?」


 ダンテが振り返る。


「ああ」


 エメラは荒野へ目を向けた。


 そして、少し懐かしそうに笑う。


「こういうの、昔もやったな」


「昔?昔って?」


 ダンテが怪訝そうに聞きなおす。


「アル・ノアでさ。似たような訓練があったんだよ」


 木のエレメンツ候補だった者たちと競い合いながら、何度も植物を生み出した。


 誰が一番遠くまで、一番大きく、一番早く。


 そんな遠い記憶が、一瞬だけ脳裏を過ぎる。


「じゃあ、いくよ」


 エメラが静かに息を吐いた。体内を巡るマナへ意識を向ける。


 次の瞬間。


 翠色の光が身体から溢れ出しす。足元の乾いた土が、僅かに盛り上がる。


 ぽつり。


 一枚の小さな芽が顔を出した。


 続いて二つ、三つ。瞬く間に無数の若草が地面を覆い始める。


「おお……」


 ダンテが目を見開いた。


 緑はエメラを中心に、波紋のように広がっていく。


 草が生え、蔓が這う。


 やがて小さな低木まで姿を現し、何もなかった荒野が少しずつ色を変えていった。


 ジルは少し離れた場所から、黙ってその様子を見ていた。


 植物が広がる速度、マナの流れ、消費量そして、どこまで維持できるのか。


「まだいける」


 エメラが呟く。


 さらにマナを流し込んだ。


 緑の広がる速度が一気に増す。


 乾いた土を割って若木が伸び、細かった幹が少しずつ太くなっていく。


 荒野の一角が、まるで時間を早回ししたかのように森へ近づいていった。


「……なるほどな」


 ジルが小さく呟く。


 そして――。


 右手をかかげ、人差し指をエメラへ向ける、まるで狙いを定めるかのように。


 そして。


「風弾」


 圧縮された風の塊が、一直線に飛んだ。


「っ!?」


 バチンッ!


 草木の生成に集中していたエメラの額へ直撃する。


「痛ったい!!」


 勢いよく仰け反ったエメラが、額を押さえながらジルを睨んだ。


「何するのさ!」


「集中しすぎ」


「は?」


「術だけ見るな。周りも見ろ」


 ジルは悪びれた様子もない。


「昔のお前なら、今のくらい余裕で避けただろ」


「先に言ってよ!」


「先に言ったら訓練にならないだろ」


「だからって人の額に撃つ!?」


「ほら」


「何さ!」


「止まってる」


「え?」


 言われて足元を見る。


 先ほどまで勢いよく広がっていた緑が、完全に動きを止めていた。


「一つに意識を持っていかれすぎなんだよ」


 ジルが再び指を向ける。


「植物を操りながら周囲を見る。敵の位置も、味方の位置も、全部だ」


「……また撃つ気?」


「さあな」


 にやりと笑う。


「絶対楽しんでるだろ、お前」


 ダンテが言った。


「そんなことないって」


「顔が笑ってるぞ」


「気のせいだ」


「気のせいじゃないよ」


 エメラは赤くなった額を擦りながら、ため息を吐いた。


「……分かったよ」


 再び荒野へ向き直る。


 翠色のマナが溢れ出した。


 止まっていた緑が、もう一度広がり始める。


 ただし、今度は草木だけに意識を集中させない。


 視線は前へ。


 意識の一部を、背後のジルへ。


 直後。


「風弾」


「っ!」


 エメラが頭を傾ける。


 風の塊が耳元を掠めて後方へ抜けた。


「お」


 ジルが笑う。


「今のはいい」


「そりゃどうも」


「じゃあもう一発」


「ちょっと――」


「風弾」


 再び飛んでくる。


 身体を捻ってかわす。


 その間にも緑の広がりは止めない。


 何度か繰り返すうちに、動きは少しずつ滑らかになっていった。


 最初のように、攻撃へ反応するたび植物の成長が止まることもなくなる。


「随分マシになったな」


「誰のせいで額が痛いと思ってるのさ」


「成果が出たんだからいいだろ」


「よくない」


 そんなやり取りをしている間にも、荒野の一角はすっかり緑で覆われていた。


 乾いた土の上を草が覆い、低木と若木が風に揺れている。


「よし。一旦そこまで」


 ジルの声に、エメラがマナの放出を止めた。


 大きく息を吐く。


「……これで終わり?」


「まさか」


 ジルが笑った。


「準備運動が終わっただけだ」


「これで準備運動なの?」


 エメラの顔が若干引きつるのをダンテは横目に見ていた。

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