ep70 荒野の修練
カルタの街を出て、三人はしばらく歩き続けた。
やがて辿り着いたのは、見渡す限り岩と乾いた土ばかりが広がる荒野だった。
街道からも大きく外れている。辺りに人影はなく、旅人が通ることもほとんどないだろう。
「ここなら多少本気を出して暴れても、誰にも迷惑はかからないだろ」
ジルが辺りを見回した。
「多分な」
「不安になる一言を足すなよ」
ダンテが呆れたように言う。
「細かいことは気にしたらストレスたまるぜ?」
「魔獣が暴れてるって通報されたらどうするんだよ」
「その時はダンテに尊い犠牲になってもらうしかないな」
「お前な……」
ジルはダンテを無視して、荒野の奥へ目を向けた。
「じゃあ、始めるか」
そう言って、目の前に広がる乾いた大地を指差す。
「まず確認しておくけど、木のエレメンツの本質は植物を操ることだ。マナで植物へ干渉し、術式によってそこに形や役割を与える」
「うん」
「で、今のお前は、その一番根っこの部分がかなり衰えてる」
エメラは少しだけ視線を逸らした。
「……まあ、それは自分でも分かってるよ」
「だろ?」
ジルは頷く。
「だから最初は単純なところから鍛えなおす」
そして、荒野をぐるりと指で示した。
「ここを草木でいっぱいにしてくれ」
「は?」
真っ先に声を上げたのはダンテだった。
「お前、どれだけ広いと思ってるんだよ!」
「久しぶりにいきなり全部とは言ってないだろ。まずは見えてる範囲でいい」
「それでも十分無茶だろ!」
どこまでも続く乾いた大地。
草一本すらまともに生えていない。
そこを緑で埋め尽くすとなれば、相当量のマナが必要になる。
しかし。
「分かった」
エメラはあっさり答えた。
「え、やるのか?」
ダンテが振り返る。
「ああ」
エメラは荒野へ目を向けた。
そして、少し懐かしそうに笑う。
「こういうの、昔もやったな」
「昔?昔って?」
ダンテが怪訝そうに聞きなおす。
「アル・ノアでさ。似たような訓練があったんだよ」
木のエレメンツ候補だった者たちと競い合いながら、何度も植物を生み出した。
誰が一番遠くまで、一番大きく、一番早く。
そんな遠い記憶が、一瞬だけ脳裏を過ぎる。
「じゃあ、いくよ」
エメラが静かに息を吐いた。体内を巡るマナへ意識を向ける。
次の瞬間。
翠色の光が身体から溢れ出しす。足元の乾いた土が、僅かに盛り上がる。
ぽつり。
一枚の小さな芽が顔を出した。
続いて二つ、三つ。瞬く間に無数の若草が地面を覆い始める。
「おお……」
ダンテが目を見開いた。
緑はエメラを中心に、波紋のように広がっていく。
草が生え、蔓が這う。
やがて小さな低木まで姿を現し、何もなかった荒野が少しずつ色を変えていった。
ジルは少し離れた場所から、黙ってその様子を見ていた。
植物が広がる速度、マナの流れ、消費量そして、どこまで維持できるのか。
「まだいける」
エメラが呟く。
さらにマナを流し込んだ。
緑の広がる速度が一気に増す。
乾いた土を割って若木が伸び、細かった幹が少しずつ太くなっていく。
荒野の一角が、まるで時間を早回ししたかのように森へ近づいていった。
「……なるほどな」
ジルが小さく呟く。
そして――。
右手をかかげ、人差し指をエメラへ向ける、まるで狙いを定めるかのように。
そして。
「風弾」
圧縮された風の塊が、一直線に飛んだ。
「っ!?」
バチンッ!
草木の生成に集中していたエメラの額へ直撃する。
「痛ったい!!」
勢いよく仰け反ったエメラが、額を押さえながらジルを睨んだ。
「何するのさ!」
「集中しすぎ」
「は?」
「術だけ見るな。周りも見ろ」
ジルは悪びれた様子もない。
「昔のお前なら、今のくらい余裕で避けただろ」
「先に言ってよ!」
「先に言ったら訓練にならないだろ」
「だからって人の額に撃つ!?」
「ほら」
「何さ!」
「止まってる」
「え?」
言われて足元を見る。
先ほどまで勢いよく広がっていた緑が、完全に動きを止めていた。
「一つに意識を持っていかれすぎなんだよ」
ジルが再び指を向ける。
「植物を操りながら周囲を見る。敵の位置も、味方の位置も、全部だ」
「……また撃つ気?」
「さあな」
にやりと笑う。
「絶対楽しんでるだろ、お前」
ダンテが言った。
「そんなことないって」
「顔が笑ってるぞ」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないよ」
エメラは赤くなった額を擦りながら、ため息を吐いた。
「……分かったよ」
再び荒野へ向き直る。
翠色のマナが溢れ出した。
止まっていた緑が、もう一度広がり始める。
ただし、今度は草木だけに意識を集中させない。
視線は前へ。
意識の一部を、背後のジルへ。
直後。
「風弾」
「っ!」
エメラが頭を傾ける。
風の塊が耳元を掠めて後方へ抜けた。
「お」
ジルが笑う。
「今のはいい」
「そりゃどうも」
「じゃあもう一発」
「ちょっと――」
「風弾」
再び飛んでくる。
身体を捻ってかわす。
その間にも緑の広がりは止めない。
何度か繰り返すうちに、動きは少しずつ滑らかになっていった。
最初のように、攻撃へ反応するたび植物の成長が止まることもなくなる。
「随分マシになったな」
「誰のせいで額が痛いと思ってるのさ」
「成果が出たんだからいいだろ」
「よくない」
そんなやり取りをしている間にも、荒野の一角はすっかり緑で覆われていた。
乾いた土の上を草が覆い、低木と若木が風に揺れている。
「よし。一旦そこまで」
ジルの声に、エメラがマナの放出を止めた。
大きく息を吐く。
「……これで終わり?」
「まさか」
ジルが笑った。
「準備運動が終わっただけだ」
「これで準備運動なの?」
エメラの顔が若干引きつるのをダンテは横目に見ていた。




