ep69 失われた時間の先
ジルの話を聞いていたダンテが、ふと首を傾げた。
「っていうか、会頭の名前がジルのままっておかしくないか? 少なくとも数百年、本名のままで会頭をやってたら、人間の寿命的に周りから不審な目で見られるだろ」
「ああ、そのことか」
ジルは軽く笑った。
「詳しくは後で実演も交えて教えるけど、簡単に言えば、会頭の名前は継承制ってことにしてるのさ」
「継承制?」
「歴代の会頭が『ジル』って名前を受け継ぐことになってる。わざわざ偽名を何個も使うのは嫌だしな。混乱するし、下手したら呼ばれても気づかねえ」
「でも、それでも何百年も同じ人間がやってたらおかしいだろ」
ダンテの疑問に、今度はエメラが続いた。
「そういえばガレスさんも言ってた。ジルヴェント商会の会頭はずっと昔から活躍してるのに、外見は二十代くらいだって」
「ああ」
「魔道具か何かで外見を保ってるんじゃないかって話だったけど、そうなの?」
「いや。そんなもんは使ってない」
「じゃあ、どうやって?」
「だから、それは後で見せてやるよ。その方が早い」
「なんだよ、結局教えないのか」
ダンテが不満そうに言う。
「楽しみは取っておけって」
ジルは笑って受け流した。
「ちなみにライオも似たようなもんだぞ」
「ライオ?」
「あいつが目覚めたのは俺よりずっと後だけどな。大体二百年前だったか」
「二百年前……って、全然最近じゃないじゃん」
「俺からしたら寝坊助の部類だぞ。テラからしたら俺も含めてだろうけどな」
ジルはそう言ってから、エメラを見る。
「ライオが目覚めたのは火の神殿だ。今じゃ紅蓮の炉心――フレアフォージって呼ばれてる。場所は知ってるか?」
「火の神殿なら……南の大陸にあるところだよな。地図で見た」
その言葉に、ダンテが反応した。
「おい、エメラ。大丈夫なのか?」
「ジルなら大丈夫だろ。俺のより精度がいい世界地図を持ってるだろうし」
「地図?」
ジルが興味を示す。
「お前、世界地図なんて持ってるのか?」
「持ってるよ。ダンテ、見せてあげて」
「分かったよ」
そういうと、ダンテが鞄から地図を取り出した。
ジルは受け取るなり、地図を広げる。
「これは……」
しばらく無言で隅々まで眺めたあと、息を吐いた。
「随分古い地図だな。これ作ったのって多分テラだぞ」
「本当に? 何で分かるのさ」
「まず南の大陸だ。まだ小国が乱立してる。これだけでも少なくとも三百年以上前の地図だって分かる」
ジルは地図に描かれた印を順に指差した。
「それに、この五つの神殿。全部の場所を知ってる人間なんて外界にはほとんどいない。三百年前ならなおさらだ」
「お前、何か探偵みたいだな、頭がよさそうに見える。少し見直したぞ」
ダンテが感心したようにジルを見る。
「そして何より――」
ジルが間を置く。
「これ、テラが作ってるところを俺、見たことあるもん」
「先に言えよ! 見直して損した!」
ダンテが声を上げる。
千年前、ともに過ごしたテラが描いた地図。
自分が眠っていた長い時間の中で、テラはこの世界を歩き、この地図を作ったのか。
それが巡り巡って、偶然にも今、自分の手元にある。
そう思うと、何だか不思議だった。
千年という途方もない時間を挟んでいるのに、テラが残したものとこうして繋がれたことが、素直に嬉しかった。
「……テラが作った地図、か大事にしないとな」
エメラはもう一度地図へ目を落とし、僅かに笑った。そしてまた顔をあげた。
「それよりライオのことだよ、あいつ、目覚めてから何してたんだ?」
エメラが話を戻す。それに対してジルが逆に問いかけてくる。
「エメラはあいつが何したと思う?」
「んー……あいつのことだから、冒険者になってかなり有名になったとか?」
「そんなスケールの小さい話じゃない」
「え?」
「当時の南の大陸は、小国が乱立して武力争いが絶えない地域でな」
ジルが地図を指でなぞる。
「ライオはそれを力で制圧した。小国をまとめて、一つの国を作ったんだよ」
「……は?」
「一人で?」
「細かいところでは色々ある。俺も少しは協力したしな」
ジルは当然のように続けた。
「それが今のイグニス帝国。で、ライオはそこで皇帝をやってる」
「……待って」
エメラが額を押さえた。
「ライオが?」
「ああ」
「あのライオが?」
「何回聞くんだよ」
「いや……だって」
千年前のライオを思い浮かべる。
一国の皇帝という言葉と、どうしても結びつかなかった。
「まあ、会えば分かる、中身はそこまで変わってないからさ」
ジルが笑う。
「余計に不安なんだけど」
ダンテがぼそりと呟いた。
少しして、エメラが口を開く。
「……イリスは?」
その問いに、ジルの表情が僅かに変わった。
「まだだ」
「まだ?」
「俺が知る限り、まだ目覚めてない」
「……そうか」
「水の神殿――今は蒼深の聖堂、アビスサンクチュアリって呼ばれてる。まだそこにいるはずだ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「商会を立ち上げてから、ずっと痕跡を探してきたからな」
ジルは静かに答えた。
「商会の情報網だけじゃない。冒険者ギルドにもそれらしい人物がいないか探させてた。でも、イリスらしき奴が活動した記録は一度も見つからなかった」
「ちなみに、お前の活躍は把握してたぞ」
「本当か? だったら会いに来てくれればよかったのに」
「こう見えて俺は忙しいんだ。十人いても足りないくらいにな」
「会頭様は大変だな」
「分かっただろ?」
「全然」
エメラが即答する。
「まあ、とにかく」
ジルは話を戻した。
「イリスは、きっとまだ眠ってる。水の神殿の件は人任せにもできない」
「じゃあ、起こしに行くのか?」
「ああ」
「でも水の神殿って海の底なんだろ?まさか息を止めて潜って行くのか?」
ダンテが口を挟む。
「んなわけあるか。海から直接潜るわけじゃない。地上から神殿へ続く道がある」
「ならそこを使えばいいじゃないか」
「使えれば、とっくに行ってる」
ジルが肩をすくめる。
「途中までは行けるんだけどな。その先が厄介なんだ」
「お前一人じゃ無理だったってことか?」
「ああ。でもエメラがいれば話は変わる」
「俺が?」
「二人なら何とかなる可能性は高い」
するとダンテが、じっとジルを睨んだ。
「……俺も行くからな」
「分かってるって」
「今、完全に二人で行くみたいな言い方だったぞ」
「細かいこと気にするなよ」
「細かくない!」
声を上げるダンテを笑って受け流したジルは、ふとエメラの腹部へ視線を落とした。
「まあ、水の神殿はそのうちだ。まずお前は傷を治せ」
「後でもいいだろ」
「よくない」
今度はダンテが即答した。
「さっきまで気を失ってた奴が何言ってるんだよ」
「これくらいならすぐ治せるって」
「なら今やれ、時間がもったいない」
「……分かったよ」
エメラは渋々、腹部へ手を当てた。
意識を集中させると、掌から淡い翠色の光が溢れる。
包帯の下へ染み込むように光が広がり、傷ついた肉体をゆっくりと修復していった。
しばらくして、エメラが手を離す。
「これでいいだろ」
「よし」
確認したジルが勢いよく立ち上がった。
「ささ、診療所とはおさらばするぞ」
「また急だな」
「いつまでも寝てる必要ないだろ。それに、お前の今の力を測っておきたい」
「力?」
「ああ。外に出たら俺と手合わせしろ」
「今から?」
「今だからだよ」
ダンテが眉をひそめた。
「待てよ。力を測るなら、マナが全快してからの方がいいんじゃないのか?」
「それじゃ意味が薄い」
「何でだよ」
「今のエメラが弱いのは、もう分かってる」
ジルはエメラを見る。
「知りたいのは、今の状態でどこまで動けるか。それと、どこまで追い込めるかだ」
「追い込む?」
「ああ」
口元が僅かに上がる。
「手っ取り早く力を戻したいなら、マナは限界近くまで使った方がいい」
「……嫌な予感しかしないんだけど」
「限界近くまで使って、回復させて、また使う。少なくとも俺は、その方が眠ってる力を呼び起こすには早いと思ってる」
「つまり、倒れるまでやれってこと?」
「倒れる前には止めるさ」
「本当か?」
ダンテが疑わしそうに見る。
「多分な」
「それにエレメンツがそんな簡単に死ぬもんか」
「それ、さっきも聞いたぞ!」
「腹を貫かれて気を失った奴に言うことじゃないだろ!」
「だから、それくらいじゃ死なないって話だよ」
「十分危なかっただろ!」
ジルはダンテを無視して、エメラへ向き直る。
「今のお前は、本来の力を全部失ったわけじゃない――俺はそう見てる」
「……」
「なら、使って、回復してを繰り返せば、多少は戻せるはずだ」
「全盛期まで?」
「そこはやってみないと分からんな」
「結局それなのかよ」
エメラが呆れたように息を吐く。
だが、すぐに立ち上がった。
「まあいいや。強くなれるなら付き合うよ」
「決まりだな」
「ちょっと待て!」
ダンテが二人の間へ割って入る。
「なんでそんな簡単に決めるんだよ!」
「だって強くならないと」
「だからって、また倒れるまでやる気か?」
「倒れる前には止めるって」
ダンテがゆっくりジルを見る。
ジルは満面の笑みを浮かべた。
「任せろ」
「一番信用できない!」
こうして三人は診療所を後にし、人気のない荒野へと向かった。




