ep68 風の空白
「……そういえば、聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「ジルは目覚めてどのくらい経つの?」
「俺?」
「ああ、テラやライオにはいつ会った? 俺が眠ってた間に何があったのか、まだほとんど知らないんだ」
「そういや、そうだったな」
ジルは椅子の背にもたれた。
「お前は目覚めてから、まだそんなに経ってないもんな」
「ああ」
「分かった。俺が知ってる範囲なら詳しく教えてやるよ」
ジルは少し考えてから話し始めた。
「まず俺が目覚めたのは、あの事件から大体300年後だ、だから目覚めて700年位は経つかな」
「700年位簡単にいうけど相当な期間でしょ」
エメラは苦笑いしている。
「まあな、結構色々やったぜ?世界を何周も回ったし」
「アル・ノアにいる時よりもはっきり言って充実はしているからな、700年なんて結構あっという間だ」
「俺が目覚めた場所は風の神殿。エレメンツを祀る外界の神殿だ、それは知ってるだろ?」
「ああ、アル・ノアを中心として外界にある、それぞれの属性を司る5つの神殿だろ?」
「そうだ、もっとも今じゃ――天頂の尖塔、スカイパイアって呼ばれてる」
「長い年月で呼び方が変わったんだろうな。俺も目覚めた時は、自分がどこにいるのか分からなかったよ」
「テラは?」
「俺よりずっと早い。聞いた話じゃ、封印されてから50年ほどで目覚めたらしい」
「50年だって?俺と比べて早すぎないか?」
エメラが驚愕する。
「ああ。俺たちの中じゃ一番早かった」
ジルが頷く。
「目覚めた後は、一人で各地を回ってたらしい」
「一人で?」
「あいつらしいだろ」
ジルが僅かに笑う。
「それで、自分より後に目覚める俺たちのために、各地へ石碑を残して回った」
エメラの目が僅かに見開かれる。
「石碑……無言の石碑か」
「ああ、抜け目がないやり方だよ、外界の人間にはメッセージを読み取れないようにいくつも工夫を施していた」
「石碑も守り人の一族しか読めない文字にして、その文字自体も術式を使わないと出てこないように工夫してさ」
「造った後は石碑を経年劣化や破壊されないようにたっぷりとマナを込めてな」
その言葉を聞いて、エメラはふとガヴロックの話を思い出した。
アストリアにある無言の石碑へ試し斬りをしたが、傷一つつかなかったと言っていた。
今になって、その意味が分かった。石そのものが硬かったわけではない。
テラが込めたマナによって、千年近い時を経てもなお守られ続けていたのだ。
「一体どれだけマナを込めたんだよ……」
呆れるように呟きながらも、エメラには妙に納得できた。そこまで徹底して残すところが、いかにもテラらしかった。
「え?なんか言ったか?」
ジルがエメラのつぶやきに反応する。
「ああ、ごめんごめんこっちの話、それでジルはテラと出会えたんだな」
「そうそう、俺が目覚めて20年くらいでテラと合流できたのさ」
「そして、一度、アル・ノアに戻ろうってことになったんだ」
「でもお前も聞いたことがあるだろう?アル・ノアは外界から隔絶されて、人の手じゃあたどり着くことは不可能だってことは」
まだエレメンツに選ばれる前、アル・ノアにいた頃確かに聞いたことがある。
あの頃はまさか自分がエレメンツに選ばれるとも、こうやって外界にいることなども考えたこともなかった。
ただエレメンツに選ばれるという漠然とした名誉のためにただただ力と知識をつけていたような気がする。
「でもどうやってアル・ノアに戻る予定だったのさ、あの状態で神殿は使えないんじゃないの?」
「イヤ、お前の言う通りだ、普段なら外界に行く手段は各地の神殿を使っていく、それしか教わってないし」
「それにアル・ノアの周囲は特殊な海流によって外から侵入することも、出ていくことも不可能といえるだろうな」
「ただ、それは千年前の技術で、ということだ」
「一番現実的な手段は船だった、当初は酷かったぜ?大陸間を渡ることすら命がいくつあっても足らないような船と、航海術しか無かった」
「無いなら作るしかないってことで、テラと二人で商会を設立したってわけよ」
なるほどジルが商会の会頭をしていたのにはそういった理由があったのか、と合点がいく。
「でも商会の名前ってジルヴェント商会なんだろ?そのテラってやつの名前は入れなかったのか?」
ダンテが質問した、確かにもっともな質問だったが、その理由は商会の設立に立ち会っていないエメラでも分かった。
「それはねダンテ、きっとこうだよ」
「ジルは目立ちたがり屋でテラは目立つのを好まない性格なんだよ」
それを聞いたジルはにやりと笑って拍手をした。
「さすがだなエメラ、その通りだ、あいつ自分の名前入れるのは嫌がってさあ」
「むしろ俺の名前入れるのもお前頭おかしいんじゃないかってくらいの対応されたからね?」
「あ~。テラならそうかもね」
エメラはテラの人物像を思い出し、懐かしむ。物静かな兄貴肌のような男で、ジルとは別の意味で頼りになる仲間だ。
「船を作るにはまず資金が足りなかったからな、人員も足りない。だから守り人の一族の生き残りを各地から集めて」
「魔道具とか、魔術書とかを作って売ったらそれが当たってな、今や世界一の商会にまで成長したってわけ」
「え?守り人の一族は外界に来ているの?」
守り人の一族ーー。
アル・ノアの集落に住んでいた人々。世界樹の麓に存在していて、世界樹の管理、千年に一度の周期でエレメンツの器を育て上げ、継承させていく。
守り人の一族は総じてマナの総量がアル・ノア外の人間よりも桁違いに高く、長寿である。
「ああ、あの時生き延びた者たちは全て各地の神殿で避難してきたらしい。もっともその後全て機能不全となって戻ることが出来なくなったらしいけどな」
「そのため代替の手段としての船だ」
「それで、どうなったんだ?無事にたどり着くことは出来たの?」
「全ての準備が整うまでも結構な時間がかかったけどな、何とかアル・ノアにたどり着くことは出来た」
「その後テラとは別れて別々にまた行動しているってわけさ」
「テラは今何をやっているのかは知っているの?」
「ん〜〜」
ジルが珍しく言葉を濁した。分からない、という様子ではない。
知ってはいるが、どう話すべきか迷っている。そんな表情だった。
「……何だよ、その反応」
「いやまあ……隠すようなことでもないんだけどな」
ジルは頭を掻く。
そして少し間を置いてから、口を開いた。
「テラは今、一人でアル・ノアにいる」
「え、何で?」
「あいつは責任感が強いからな。俺たちが揃うまで、一人で世界樹の傍に残ってくれてるのさ」
「……そうなのか。ってか、俺たちがずっと外界にいて大丈夫なのか?」
「それは、はっきり言ったら知らん。エレメンツと世界樹は密接な関係がある――俺たちが教わってるのはそのくらいだからな」
「俺も昔は、ずっとアル・ノアにいなきゃならないと思ってたんだけど……何百年も外界にいて、別に世界に異変が起きたわけでも――」
ジルはそこで言葉を止めた。
「……いや、あったな」
「何か含みのある言い方だな。何か変化があったのか?」
「ああ。エメラ、知ってたか?」
ジルの表情から、僅かに笑みが消える。
「外界に魔獣が現れ始めたのは、およそ千年前かららしいぞ」
「何だって……?」
エメラは思わず目を見開いた。
アル・ノアでは、魔獣は昔から当たり前のように存在していた。
だから外界にも魔獣がいること自体、これまで疑問に思ったことはない。
強いて違いを挙げるなら、外界の野生の魔獣は、アル・ノアにいたものほど凶暴な個体が少ない――その程度の認識だった。
だが、外界に魔獣が現れたのが千年前だというのなら話は変わってくる。
それは、自分たちが封印された時期とほとんど同じだった。
「千年前って……。あの継承の日に、俺たちが眠りについてからか」
エメラが小さく呟く。
混乱するエメラを横目に、ジルはそのまま話を続けた。




