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翠色のアルケミスト  作者: 蜂兎類
第4部 カルタ編
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ep62 暴かれた真実

 ジルはそんなコスチを見ながら、虚実のフーチを軽く掲げる。


「何をそんなに焦ってるんだ?」


「……何?」


「別にお前を疑ってるなんて、一言も言ってないだろ」


「……」


「何もやましいことがないなら、困る理由もないよな?」


 コスチは答えなかった。


 ジルの笑みが消える。


「ちょうどいい。三つだけ聞かせてもらおうか」


「ふざけるな」


「何もやましいことがないなら答えられるだろ?」


「貴様……」


 周囲の兵士たちが戸惑いながら二人を見る。


 ジルの表情から笑みが消えた。


「一つ目」


 虚実のフーチを構える。


「お前は、この失踪事件に関わっているか?」


「馬鹿馬鹿しい」


 コスチが吐き捨てる。


「関わっているわけがない」


 直後。


 虚実のフーチが反応した。


「……!」


 セリアが息を呑む。


「隊長……?」


「故障だ」


 コスチが即座に言った。


「随分都合よく壊れるんだな」


 ジルは淡々と続ける。


「二つ目」


 視線が鋭くなる。


「この事件で、まだ見つかっていない失踪者の居場所を知っているか?」


「知らん」


 再び。


 虚実のフーチが反応する。


「……」


 今度は周囲の兵士たちからもざわめきが起こった。


「隊長……どういうことです?」


「黙れ!」


 コスチが怒鳴る。


 ジルは止めない。


「最後だ」


 一度だけ間を置いた。


「お前は――オルド・コルヴィの一員か?」


「!」


 エメラがジルを見る。


 その名を聞いた瞬間、コスチの目が僅かに揺れた。


「……知らん」


「質問に答えろ」


「違う!」


 三度目。


 虚実のフーチが反応した。


「……」


 地下室を沈黙が包む。


「三つとも……」


 ダンテが呟く。


「隊長」


 セリアの声が低くなる。


「これは、どういうこと?」


「くだらん」


 コスチは俯いた。


「こんな魔道具一つで……」


 そして。


 ゆっくりと腰へ手を伸ばす。


「隊長?」


 シャキンッ――。


 剣が鞘から抜かれた。


 周囲の兵士たちが一斉に身構える。


「コスチ!」


 エメラも杖を構えた。


「勘違いするなよ」


 コスチの顔から、それまでの隊長としての表情が消える。


「俺は飾りでカルタの隊長になったわけじゃない」


 剣を握る腕へマナが集まる。


「実力でこの地位まで上がった」


 口元が歪む。


「ここにいる程度の人数なら――まとめて口を封じることくらい容易い」


「やれやれ」


 ジルが呆れたように肩を落とす。


「追い詰められて剣を抜くとか、分かりやすすぎるだろ」


「まずは貴様から――」


 その時だった。


「――!」


 エメラとジルが同時に反応した。


 ぞくりと肌を刺すような殺気。


 だが、コスチからではない。


「後ろ!」


 エメラが振り返る。


「……ギ」


 ミナが立ち上がっていた。


「ミナさん?」


 先ほどまで横たわっていたはずの身体。


 その異形の瞳は、ただ一点だけを見ている。


 コスチ。


「ギ……ィ……」


 低い唸り声。


 その中に、先ほどまでエメラたちへ向けていたものとは違う、明確な憎悪が込められているように感じられた。


 コスチがミナを見る。


「……!」


 その顔から初めて余裕が消えた。


 次の瞬間ミナの羽が大きく開く。


「待っ――」


 バンッ!


 空気が弾けた、姿が消える。


「なっ!?」


 コスチが剣を構えようとする瞬間、ミナはすでに目の前まで迫っていた。


「ギィィィィッ!」


 腕が振り抜かれる。


 ドゴォンッ――!


「ぐあああああっ!」


 コスチの絶叫が響いた。


 身体が猛烈な勢いで後方へ吹き飛ばされてしまった。


 床へ叩きつけられ、何度も転がる。


「隊長!」


 兵士たちが叫ぶ。


 だが。


「……!」


 エメラは息を呑んだ。


 コスチの右肩から先が――消えていた。


「ぐ……あ……あぁ……!」


 大量の血を流しながら、コスチが床を這う。


「ギィィィィッ!」


 ミナは止まらない、再び床を蹴った。倒れたコスチへと瞬時に詰め寄り、残った腕を振り上げる。


「殺すな!」


 ジルの怒声が響いた。その声には怒りと殺気が込められており、変わりつつある魔獣の身体が反応して振り下ろす腕が本能で止まった。。


 コスチの喉元まで、あと僅か。


「ギ……」


 ミナの身体が震える。


「そいつには、まだ聞かなきゃならないことがある」


 ジルがゆっくりと近づく。


「他の失踪者がどこにいるのか。誰と繋がってるのか。全部吐かせるまでは殺すな」


「……」


 ミナの爪が震えている。


 それでも、振り下ろされることはなかった。


 エメラはその姿を見つめる、完全に魔獣になったわけじゃない。


 ジルの言葉を理解し、止まることができた、さっきは自分たちと会話することもできた。


「……やっぱり」


 エメラが小さく呟く。


「何だ?」


 ダンテが見る。


 エメラはミナから目を離さなかった。


「まだ残ってる」


「……」


「ミナさんは、まだここにいる」


 それならなおさら――諦めるわけにはいかなかった。


「ぐ……ぅ……!」


 床に倒れたコスチの呻き声が聞こえた。


 右肩から先を失い、床には大量の血が広がっている。


「隊長!」


「止血を!」


 ようやく我に返った兵士たちが駆け寄った。剣を蹴り飛ばし、残った左腕を押さえて拘束する。


 セリアはその様子を呆然と見ていた。


「ちょっと待って、どういうことなの?、この失踪事件の黒幕が隊長で、女の子が魔獣になって」


 頭を抱えて混乱している。他の兵士たちも似たようなものだった。


 慌てて傷の介抱をしようにも回復の術を使えるものはおらず、多少持参した薬などでは焼け石に水のような傷のためこのまま拘束していても間もなくコスチは死ぬだろう。


「ぐ……貴様ら……!」


 コスチが歯を食いしばる。顔から急速に血の気が引いていた。


 ジルが一瞥する。


「このままだと死ぬぞ、エメラ」


「……分かってる」


 エメラがコスチの元へと向かう、腹部にはまだ痛みが残っている。


「エメラ?何をするの?」


 セリアの問いかけにエメラは何も答えず、コスチの前へしゃがみ込んだ。


 目の前にいる男が、この事件に関わっていた。失笑者のは半分は行方が知れず。ミナをあのような姿にした。


 考えれば考えるほど、腹の底から黒いものが込み上げてくる。


「……俺は今、お前を殺したいくらい憎い、しかし、お前には聞かなきゃいけないことが山ほどある」


 翠色の光がコスチの右肩を包む。


「だから治してやるーーー死なない程度にな」


 コスチはうめき声をあげている。このままだとすぐに失血死するだろう。


 エメラは樹受再生でコスチを治療する。それを見ていたダンテはこころなしかミナの時よりも術が粗いな、と感じていた。


 傷口が塞がり、致死の領域を超えて少ししたところでエメラは術を止めた。


「随分と中途半端な治し方だな」


 ジルが言う。


「十分だろ」


「ああ。死ななきゃいいよ、証言さえしっかり取れれば別に死んでもいいし」


「それは駄目よ、たいちょ……コスチは本国に送致して司法にて裁いてもらわないと」


 言いかけて、セリアは一瞬だけ顔を歪めた。ついさっきまで上官だった男を、もう隊長とは呼べない。


「本国ねえ」


 ジルが気のない返事をする。


「何よ」


「こいつは他の失踪者の居場所を知ってるんだぞ。そんな悠長なことしてる場合か?」


「だからって、あなたに預ける理由にはならないでしょ」


「あるだろ」


 ジルが床に転がるコスチを顎で示した。


「俺はまだこいつに聞きたいことがある。全部吐かせるまではギルドで預かる」


「駄目よ」


「即答かよ」 


「当たり前でしょ。コスチは軍人なの。それもカルタの憲兵隊長が事件に関与していたとなれば、私の一存で身柄を冒険者ギルドに渡せるわけないじゃない」


「元隊長だろ」


「まだ処分は決まってないの」


「面倒くさいな、軍って」


「規律があるのよ」


「その規律を守らせる立場の奴がこれだけやってたんだけどな」


「それとこれは別!」


 セリアが少し語気を強める。


「まず本国に報告する。その後はたぶん軍の施設で治療と監視をして、動かせる状態になったらアストリアへ送致することになるわ」


「その間に口封じでもされたら?」


「……」


 セリアが言葉に詰まった。


「こいつ一人でやってたわけじゃない。オルド・コルヴィがどこまで軍に入り込んでるかも分からないんだぞ」

 

「……その、オルド・コルヴィって何なの?」


 セリアが眉をひそめる。


「さっきも虚実のフーチを使ってたけど、そんな言葉聞いたことないんだけど」


「ああ、まあその話は今度な」


「今度って――」


「そんなことより今は、こいつの身柄が先だろ」


 ジルはそう言って、あっさり話を逸らした。


「とりあえず俺の手元に置いといた方が安全だ」


「何でそこであなたが一番信用できる前提なのよ」


「それは……俺だから?」


「理由になってない!」


 ジルが肩をすくめる。


「じゃあ、せめて俺が聞きたいことを全部聞くまではここから動かすな」


「それも勝手には決められないわよ」


「融通利かないなあ」


「あなたが自由すぎるのよ!」


「お前ら……」


 ダンテが呆れたように二人を見る。


「今それで揉める必要あるのか?」


「ある」


「あるわよ」


 二人の声が重なった。


「息ぴったりじゃないか」


「どこがよ!」


 セリアがダンテを睨む。


 そのやり取りを横で聞きながら、エメラは小さく息を吐いた。


 話していること自体は重要なのだろう。


 だが、今は頭が重い。


 事件は解決した、に等しいが、事後の処理が終わらない。ミナの姿を元に戻す手段が皆目見当つかないからだ。


 ジルは知っているだろうか、ジルは回りくどいことをしない、知っているならミナを回復する時につ立ててくれているだろう。


 俺よりも何百年も前から目覚めて、知識も経験も自分とは桁違いの差がある。商会の会頭であるのなら、魔道具の知識もあるだろう。


 もしかしたら以前にもジルは、こういった状況に遭遇しているのかもしれないーー


 一人で考え込んでいるエメラにダンテはなんと声をかけていいか分からないでいた。


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