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翠色のアルケミスト  作者: 蜂兎類
第4部 カルタ編
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ep57 残された6人

 3人は水路側の搬入口へ回る。そこには、先ほど地這い蛇で確認した見張りが1人いた。


 男は壁にもたれかかり、時折欠伸をしていた。侵入者が来るなど考えてもいないのだろう。


「俺がやる」


 エメラが小声で言い、杖を構える。


 男がこちらに背を向けた瞬間、詠唱を行う。


「木霊よ、地に眠る鎖と成れ。根を撓め、枝を結び、我が敵を封ぜよ。天地の理に背かずして、命の動きを鎖す――樹縛鎖『じゅばくさ』」


「なっ――!」


 術が発動すると、対象の周囲の地面に細い亀裂が走る。次の瞬間、その亀裂を突き破るように無数の太い蔓が一斉に噴き出した。


 蔓は生き物のように地面を這い、瞬時に相手の足首へ絡みつく。そこから脚、腰、腕へと次々に巻き付き、締め上げながら動きを封じていく。


 表面は古木の樹皮のように硬く、ところどころに鋭い棘が生えている。力ずくで引きちぎろうとすればするほど蔓はさらに強く締まり、地中から新たな蔓が伸びて拘束を補強する。


 やがて対象の身体は、幾重にも絡み合った蔓によって巨大な鎖で縛られたような姿になる。

 

 樹縛鎖は男が振り返るより早く、蔓が身体へ巻き、そのまま口元まで塞ぎながら壁際へ引き倒す。


 男は必死にもがくが、拘束は緩まず、声も出せない。


「よし」


 エメラは倉庫の中を確認する。


「ダンテ。先に地下の失踪者たちのところへ行ってくれ」


「俺だけでか?」


「ああ。もし見逃した奴がそっちへ逃げたら止めてくれ。無力化するだけだぞ?」


「分かってる、心配するな」


 ダンテは僅かに開けた扉から中へ入り、そのまま倉庫の奥へ駆けていった。


 エメラとジルも中へ入る。


 地這い蛇で敵の位置はすでに把握している。


 何より、相手はこちらの存在にまだ気づいていない。


 2人は木箱の陰を抜け、作業をしていた男たちのすぐ近くまで迫った。


「――今だ」


 最初に動いたのはジルだった。


「え?」


 男が声を上げた時には、すでに懐へ入っている。


 一撃。


 腹を打ち抜かれた男がその場に崩れ落ちた。


「なっ!誰だ貴様ら」


 残った男たちが武器を取る、だが遅い。


 エメラの足元から蛇が飛び出し、1人の足へ巻きつく。


「ぐっ!」


 体勢を崩したところへ杖を叩き込み、武器を弾き飛ばした。


 別の男がジルへ斬りかかる。


 剣筋は悪くない。


 それなりに戦い慣れている。


 しかし、相手が悪かった。


 ジルは僅かに身体をずらして剣をかわすと、そのまま男の腕を掴み、床へ叩きつける。


「がっ!」


 その男にジルが意識を向けている瞬間に別の男もするどい斬撃を浴びせてきた。


 が、ジルは難なくその剣を右手で掴み、掌底を食らわせる。


 最後の1人が逃げようとしたところで、エメラが杖を向けた。


「樹縛鎖!」


 蔓が一気に伸び、足、胴、両腕へ巻きつく。


 そのまま床へ転がされた。


 戦いはほとんど一方的だった。


 男たちも武器の扱いには慣れていたが、エメラとジルはともにエレメンツ。


 ましてや奇襲まで許した時点で、勝負にはならなかった。


「終わりだな」


 ジルが周囲を見る。


「こいつらも拘束しておこう」


 そう言ってエメラは倒した男たち全員を樹縛鎖でまとめて拘束した。


「ダンテのところへ行こう」


「エメラだけ頼む、俺はこいつらに聞くことがあるから先に行って失踪者を助け出してあげてくれ」


「そうだな、分かった」

 

 エメラは倉庫の奥へ向かい。ジルは男たちと向き合う。


 「さて、と。話してもらおうか、ここで何をしていたのか、オルド・コルヴィとどんなつながりがあるのか」


 ◇


 エメラは棚の裏に隠された扉を開き、地下へ降りる。階段の先には鉄格子で仕切られた部屋があった。


 その前にダンテが座っている。


「遅かったな」


「そっちは?」


「誰も来なかった」


 エメラは鉄格子の向こうを見る。


 数人の男女が壁にもたれたり、床へ横たわったりしていた。


 誰もが酷く衰弱している。


「ダリオさん!」


 エメラが近づく。


 その声に1人の男がゆっくり顔を上げた。


「……誰……?」


「エメラです。お母さんから頼まれて探してました」


「母……さん……」


 ダリオの目が僅かに揺れる。


 だが、隣にいるダンテを見た瞬間、表情が変わった。


「ひっ……!」


 身体を引きずるようにして壁際へ下がる。


 周囲の失踪者たちも同じだった。


「魔獣……」


「来るな……!」


「お願い……もうやめて……」


 ダンテの耳が僅かに下がる。


「俺、何もしてないぞ」


「分かってる」


 エメラはすぐに鉄格子へ近づいた。


「大丈夫です。この魔獣は俺の仲間です。皆さんを襲ったりしません」


 それでも失踪者たちの怯えは消えない。


 ここへ連れてこられてから、魔獣に関わる何かを見せられてきたのだろう。


 ダンテもそれを察したのか、それ以上近づかず、その場に伏せた。


「俺はここにいる。近づかないから安心しろ」


 エメラはダリオへ向き直る。


「ダリオさん、もう大丈夫です。必ず助けます」


「……本当に?」


「はい」


 エメラは鉄格子の奥にいる失踪者たちを見回した。


 生きている。


 ようやく見つけた。


 だが、その身体に残る傷や怯え方を見る限り、ここで何が行われていたのか。


 まだ何も分かってはいなかった。


 エメラは失踪者の数を数える。1,2,3…6人。ここにいるのは6人しかいない。


「5人足りない?」


「俺が来た時からすでにその人数だったぞ」


 ダンテが来た時から人数は変わってないようだ。


「他の人たちはどこに行ったんですか?」


 みな怯えきっておりエメラの返答を返すものがいない。


「どうすれば……一度上に戻って奴らに聞いてみるか」


 独り言を言いながら試案していると、失踪者の1人がか細い声を上げる。


「何人か……あっちの扉に……連れていかれた」


 扉の方を指をさす。


「大丈夫ですか?あなたのお名前は?」


「ルド……ルド・ハイン。冒険者だ……調査の途中に捕まってしまった」


「水を少し分けてくれないか」


 そう言われるとエメラは鞄から水を取り出す。衰弱しているルドはそれを少し口に含み、ゆっくりと飲んだ。


「すまない、助けてくれてありがとう。少し楽になった」


「この扉の奥には何があるか知ってますか?」


「いや、何があるのかは分からない」


「しかし、ここに連れてこられた者たちを男達は『適合者』と呼んでいた」


「適合者?」


「ああ、そして数日に一度ずつ、あちらの扉に連れていかれていた」


「もっとも俺が捕まった時点で俺を含めて9人しかいなかったんだがな」


「あの扉、先は一体なにがあるんだ。それよりもまずは……」


 そういうとエメラは詠唱を始める。


 「木霊よ、地に眠る鎖と成れ。根を撓め、枝を結び、我が敵を封ぜよ。天地の理に背かずして、命の動きを鎖す――樹縛鎖」


 地面に亀裂が走り、太い蔓が噴き出す。蔓は鉄格子へ一気に絡みつくと、ぎしぎしと音を立てながら力任せに締め上げた。


 次の瞬間、鉄格子はひしゃげるように外側へ曲がり、どうにか人が通れるだけの隙間が生まれる。


 樹縛鎖によって、閉じ込められていた失踪者たちの檻には脱出できる道が開かれた。


「おお…」


「助かるのか」


 失踪者はそれぞれ感嘆の声をあげる。エメラは曲がった鉄格子の隙間から中を見回した。


「みんな、動けますか? 自力でここから出られそうですか?」


「それは……」


 一人が立ち上がろうとしたが、すぐによろめいて壁に手をついた。


 他の者たちも似たような状態だった。長く閉じ込められていたせいか、まともに歩くことすら難しそうだ。


「無理そうだな、どうするエメラ、この扉の先は嫌な気配がすごいぞ」


「ここに残していたら危険だぞ」


 エメラは小さく息を吐いた。


「応援は呼んである。もう少しすれば人も来るはずだ」


 その時、上の方から声が降ってきた。


「失踪者はみんな無事か?」


 ジルがふわりと地下へ降りてくる。


「上の連中は?」


「全員気絶させた。中々口を割らなかったけど、欲しい情報は手に入れたぞ」


「そうか。ちょうどよかったジル、みんなを診療所まで運んでくれないか?」


「俺が?」


 ジルは露骨に嫌そうな顔をした。


「まだ連中の行方を追わないといけないんだけど」


「分かってる。でも、この状態じゃ放っておけない」


「応援が来るだろ?」


「来るまで待たせるより、お前が運んだ方が早い」


「事を終わらせる方が先だ、奴らを追う糸口は少しでも多い方がいい」


「それも分かってる」


「なら――」


「だからこそ頼んでるんだ」


 エメラに遮られ、ジルは口を閉じた。


「お前なら、この人数でも一度に運べるだろ?」


 エメラにそう言われ、ジルは失踪者たちを見回した。


「……ああ、もう。分かったよ」


 ため息をつくと面倒そうに頭を掻き、ジルは手を掲げた。


「……仕方ないな」


 失踪者たちの身体がふわりと宙へ浮かび上がった。


「診療所まで運んですぐ戻ってくるからな?お前なら大丈夫だと思うが気をつけろよ?」


「ああ。頼んだ」


 ジルが手の動きに呼応するかのように、失踪者たちの身体がゆっくりと床から浮かび上がった。


「う、うわっ……」


「身体が……浮いてる……?」


「だ、大丈夫なのか……?」


 突然のことに、失踪者たちの間から不安げな声が上がる。中には慌てて近くの者へ手を伸ばそうとする者もいた。


「大丈夫です」


 エメラが落ち着いた声で呼びかける。


「この人の魔術なら安全に運んでもらえます。皆さんは無理に動かず、そのまま身体を楽にしていてください」


「本当に……大丈夫なんですか?」


「はい。診療所まできちんと送り届けてもらいますから、安心してください」


 エメラの言葉を聞き、失踪者たちはまだ戸惑いながらも、少しずつ身体から力を抜いていった。


「……ずいぶん信用されてるな、エメラ」


「余計なことを言うな。頼んだぞ」


「はいはい」


「ルドさん、治療が終わり次第、軍かギルドにこの事件の顛末を伝ええて頂いていいですか?」


「……分かった、治療が済んだら、その件は任せてくれ」


 ルドは弱々しくも、しっかりとうなずいた。


「お願いします。ただ、無理はしないでください。まずは身体を治すことを優先してください」


「ああ。任せてくれ」


 ジルは小さく息を吐くと、浮かせた失踪者たちを連れてゆっくりと上へ昇っていった。

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