ep56 黒い羽の先に
西の倉庫へと向かう途中にセリアが提案をしてきた。
「ねえ、一度軍の方に戻って応援を呼ばない?相手が大人数だと不利よ、それに人質を取られるかもしれないし」
「多少人数多くても俺とエメラなら何の問題もないさ、それにこっちにはダンテもいるからな、索敵でも優位になれるさ」
「それでも私は軍人よ、上司に報告して上の指示を仰ぐ義務があるわ」
「じゃああんただけ一度戻って報告でもしておいてくれ。俺は軍の礼儀に従う必要はないんでね」
「勝手なことをしないで!これでもし捕まっていた人になにかあったらどうするつもりなの?」
「声がでかい、そうならないためにも今急いでるんだろう?それにな、はっきり言っておく」
「軍の人間が来ても邪魔だ、半端な人間はお呼びじゃないんだよ」
「な、半端ですって?ランク7の冒険者かどうか知らないけど、侮辱するのは許さないわよ」
「侮辱じゃない、今ここで必要なものは実力なんだ」
「なんですって?」
エメラがヒートアップする2人に割って入る。
「まあまあ2人とも落ち着いて」
「セリアさん、応援も必要かとも思いますが、ここは目立たぬように少数精鋭で潜入したほうがいいかと俺も思います」
「なのでこうしませんか?俺たちが先行して倉庫を調べます。セリアさんは応援を呼んでいただき、怪しい人物が逃げたりしないように退路を断つ役割を引き受けて頂きたいです」
「挟み撃ちね……くやしいけどそれが一番合理的みたいね」
「でもあなたたち2人に任せて大丈夫かしら?いくら冒険者ランクが高いとは言っても私は実際の実力を見てないから安心できないわ」
「2人じゃない、俺がついてるから心配するな」
ダンテは自信満々だ。
「そりゃあ心強い。軍人さん、冒険者ギルドは伊達や酔狂でランク7をつけないよ」
「まあ、確かに……それもそうね」
「ちゃんと潜入後の状況は後でキチンと聞かせてもらうからね、エメラさんよろしくね」
セリアはジルがまったく報告しないため不信感があるのだろう、エメラの方に念を押す。
「分かりました、お任せください」
「くれぐれも気を付けてね、失踪者の命を優先で」
「待ってくれ。できれば、あれを扱える人も一緒に連れてきてほしい」
セリアが足を止め、眉を寄せる。
「……簡単に言わないで。勝手に現場へ連れ出せる人じゃないの。ちゃんと許可が必要よ」
「じゃあ、それが無理なら……例の道具だけでも持ってきてくれない?」
「それだって同じようなものよ」
セリアは呆れたように息を吐いた。
しかし、ジルの表情はいつになく真剣だった。
「それがあれば、この事件を起こした奴が誰なのか、分かるかもしれないぜ?」
「……そこまで言うなら、理由があるのね」
「ああ」
短く答えるジルをしばらく見つめたあと、セリアは諦めたように肩を落とした。
「……分かった。何とかしてみるわ」
「ただし、期待はしないで。許可が下りる保証はないから」
そういうとセリアは踵を返し軍へと戻っていった。
「よし、こっちはこっちの仕事をするぞ、行こう」
エメラ達は気配を断ち、倉庫の方へと向かう。
「でもジル、さっきの言い方はちょっと酷くないか?」
「俺軍の人間は信用してないからさ、それに……な」
「なんで信用してないのさ」
「お前がまだ起きてない間に色々あったんだよ。それに、この事件……軍の中に情報を流してる奴がいる可能性が高い」
「なんだって!?」
エメラが足を止める。
「何か証拠があるのか?」
「証拠ってほどじゃないが、最初は俺も軍に報告もしていた、それでその後調べると、何も出てこない」
「比喩ではなく人も物も消えてる。最初から何もなかったみたいにな」
ダンテが振り返る。
「誰かが先に知らせてるってことか?」
「そう考えるのが自然だろ」
「だからセリアさんにも話さなかったのか?」
「セリア個人を疑ってるわけじゃない。誰まで情報が回るのか分からないからな」
ジルはそのまま歩き続ける。
「ここ数年、各地で似た様な事件を追ってきてさ」
「それが全部繋がってるのか?」
「確証はない。けど、その先を追うと時々同じものが出てくるのさ」
「同じものって?」
ジルは少しだけ黙った。
「羽だ、黒い羽」
「羽?」
「ああ。黒い羽を模した印だったり、鳥に関係する名前だったりな。今回の慈善の羽も、それが気になって調べてた」
エメラの表情が変わる。
「じゃあ、あの診療所の名前もそれと繋がってるのか?」
「ああ、可能性はある」
ジルの声から、いつもの軽さが少し消えた。
「こいつらは証拠を残さない。かなり組織だった動きをしてんだ。半端な実力では太刀打ちできない」
「組織?その組織、名前とか分かるのか??」
エメラは食い気味に聞く、脳裏にはあのファスが関係している組織が浮かんだ。
「ん〜まだ教えられないな」
「何でだよ??」
「疑うわけじゃないが。あーなんていうかな、目覚めたばっかりのお前の力を俺はまだ見てないもんな」
「情報を共有できるだけの実力を見せてくれ」
ジルはジルなりに慎重に言葉を選びながらエメラに伝えてるのが分かる。
だが、まさかそんなことを言われると思ってなかったエメラ怒りでもなく、悲しみでもなくなんとも複雑な心境だった。
倉庫が見えてくると、ジルが足を止めた。
「この先だ」
水路沿いに建つ大きな倉庫は、外から見る限り人の気配はない。
「俺に任せてくれ」
エメラは杖の先を地面へ向けた。
「先に中を探る」
目を閉じ、静かに詠唱する。
「根を這い、幹を鎌首とせよ。 大地の息を吸い、我が声を聴け。 木の命、蛇の姿に転じて、地を裂け――地這い蛇」
足元の土が僅かに盛り上がり、細い根が数本這い出した。
蛇のように地面を進み、倉庫の壁際へ向かっていく。根は板壁の隙間や床下へ潜り込み、そのまま内部へ広がっていった。
「相変わらず便利だよなその術」
「ジルは索敵苦手だったもんな」
「俺は肉弾戦の術が好きなんだ、というか歴代の風のエレメンツはきっと戦うのが好きなんだろうな」
「戦闘向けの術が多すぎるからさ」
「索敵と言ったらやっぱりテラだよな、便利な術がいっぱいあったもんな」
エメラが昔を懐かしみながら話を進める。
「そういえば他のみんなには会ったのか?っていうかジルはいつ目覚めたんだ?」
エメラは話したいことがいっぱいあるのだろう、潜入前だというのに言葉が溢れてくるのが伝わる。
「ああ……イリスはまだ目覚めてないけど、テラとライオには会えたな」
「ホントか?2人は今何してるんだ?」
「話すと色々と長くなる、今は事件の解決が優先だろ?」
「まあそれもそうだな、分かったよ。地這い蛇よ、散って隅々まで探すんだ」
「その術理はどうなってるんだ?自動なのか?」
ジルが興味深々で聞いてくる。
「これは自動でも出来るし完全に操ることも出来る、けど全てを完全に操るのは意外と神経を使う」
「だから蛇から何か反応があれば操ることに切り替える、蛇を通しての視界を共有することも出来るよ、そしたら俺自身戦えなくなっちゃうけどな」
「へえ、そいつは便利だけど、戦えなくなるのは修業が足らないな」
「こっちに集中しちゃうんだよ、だからいつもそんな時は警戒はダンテに頼んでるのさ」
「頼んだぞ、ダンテ」
「頼まれた、任せろ」
そういうと、エメラは術に集中する。
意識が地這い蛇へ移る。
まずは入口付近。
荷車が2台。積み上げられた木箱。その間を3人の男が行き来し、何かを詰め替えている。
「作業してるのが5人」
「他は?」
「探してる」
別の地這い蛇を倉庫の外周へ回す。
水路側の出入口に1人のみ。
「見張りが1人。水路側からさっきの男たちがいた場所に行ける」
「合計6人か」
「いや、まだいる」
さらに奥へ。
木箱の陰にもう1人いた。椅子に座り、帳簿らしきものを眺めている。
「今のところ7人」
エメラは地這い蛇をさらに散らした。
倉庫の最奥。
棚の裏に隠された扉を見つける。
隙間から根を潜らせると、その先には地下へ続く階段があった。
「地下がある」
「人は?」
「ちょっと待ってて」
階段を下りる。
その先には鉄格子で仕切られた部屋があり、中には数人の男女が横たわっていた。
「いた……失踪者だ」
「見張りは?」
「いない。地下には誰もいないみたいだ」
「なめられたもんだな」
「逃げられないと思ってるんだろうな」
エメラはさらに奥へ地這い蛇を進ませる。
そこで蛇を止めた。
「……何だ、これ」
「どうした?」
「もう1つ部屋がある。でも鍵が掛かってるみたいだ」
「中は?」
「入れない。隙間も塞がれていてはわせる隙間もない」
それだけではない。扉の周囲だけ、空気が妙に重く感じる。
地這い蛇を通していても分かるほど、異様な気配が漂っていた。
「何か変だ。あそこだけ雰囲気が違う」
ダンテが鼻を動かす。
「俺にも分かる。あっちから変な匂いがする」
「人間なのか?」
ジルがダンテに問いかける。
「分からん。人間とも魔獣とも言い切れない」
エメラはそこで目を開き、杖の先で地面へ線を引く。どうやら見たものを地図にしてるようだ。
「入口がここ。中に入ると荷物を運んでる5人。水路側に見張りが1人、こっちに帳簿を見てる奴が1人」
簡単な倉庫の形を描き、その奥に階段を書き足す。
「地下に失踪者がいる。見張りはいない。それから、そのさらに奥に鍵の掛かった部屋」
ジルが地図を覗き込む。
「入口は?」
「正面と水路側。あと地下へ行く扉は倉庫の奥」
「なら水路側から入る」
「見張りがいるぞ?」
「だからいい」
ジルが地図の水路側を指す。
「見張りを落として、ここから入る。正面より中の奴らに気づかれにくい」
「先に地下へ行くか?」
「いや。中の6人を押さえてからだ。失踪者の所に見張りがいないなら、慌てて突っ込む必要はない」
「そうだな、その案で行こう。ダンテ、中に入るとお前は地下室の方へ行き、失踪者の保護に向かってくれ」
その時だった。
地這い蛇の1体が、まだ男たちの近くに残っていた。
床を伝ってくる声が、エメラの意識へ入り込む。
「待って」
「何だ?」
「中の奴らが話してる」
エメラは再び目を閉じた。
「……『今夜中に残りを運べ』」
ジルの表情が引き締まる。
「何を?」
「まだ分からない……」
エメラは聞こえてくる言葉をそのまま小声で復唱する。
「『慈善の羽はもう撤退だ。ここも軍に嗅ぎつかれる前に片付けるぞ』」
「やっぱり繋がってたか」
「まだ続いてる」
少し間を置く。
「『捕まえてる奴らは?』……『動かせる奴だけ先に運ぶ』」
ダンテが低く唸った。
「失踪者のことだな」
「ああ」
さらに声が届く。
「『上から急げと催促が来てる』……」
「上?」
エメラはさらに耳を澄ませる。
「……『オルド・コルヴィも随分慎重になったもんだ』」
聞き慣れない名前だった。
「オルド……コルヴィ?」
エメラが復唱した瞬間、ジルの表情が変わった。
「……今、何て言った?」
「オルド・コルヴィ。中の奴がそう言った」
「間違いないか?」
「ああ。はっきり聞こえた」
ジルは倉庫を見たまま黙り込む。
「……」
「何か知ってるのか?」
「……ああ」
ジルは今度は誤魔化さなかった。
「俺がここ数年ずっと追ってる組織だ。オルド・コルヴィっていう」
「それが、さっき言ってた黒い羽の連中?」
「そうだ」
「じゃあ、この失踪事件にもそいつらが関わってるってことか」
ジルの目つきが鋭くなる。
「ああ、間違いなくな。中の奴らは全員生け捕りにするぞ」
「俺は最初から命まで取るつもりは無かったけど」
「その甘い考えは時と場所は考えないと後悔するぞ」
エメラは頷き、杖を握り直した。
「はいはい。とりあえず全員拘束する考えは一致だな」
3人は水路側に回り、突入する。




