ep55 交わる足跡
もう辺りは薄暗くなっている、遅くに訪問するのは気が引けるが一刻を争う。
エメラたちは、まずオルド・ハマーの工房を訪ねた。
「無料の健康診断を受けたのは覚えてるよ。石もかなり光ったな」
「その後、誰か訪ねてきたりしませんでした?」
「いや、何もない」
「手紙とかは?」
「ないな」
「仕事を紹介されたりは?」
「それもないな」
話を聞いた限り、変わったことはなかった。
念のため、今日から数日は軍の兵士が交代で周囲を警戒することになった。
2人目のミレアも同じだった。
「慈善の羽には行きました。熱がなかなか下がらなくて」
「石が強く光ったんですよね?」
「はい。先生たちも少し驚いてました」
「その後、何か連絡は?」
「ありません」
「知らない人に声を掛けられたりは?」
「特には」
こちらも収穫はない。
店を出ると、ダンテがエメラの肩の上で首を傾げた。
「本当に狙われてるのか?」
「分からない」
「失踪した奴らは検査してから何日かで消えてるんだろ?」
「そうなんですよね」
セリアが手帳を見る。
「この2人はもう10日以上経ってるわね」
「なら外れか?」
「強く光っただけじゃ駄目なのかもしれないな」
「他にも条件があるってことなの?」
「その可能性もあります」
「条件ばっかり増えるな」
「犯人に文句言ってくれ」
「会ったら言う」
「その前に捕まえるからな」
3人目。
マルク・セイラの家は、染物工房が集まる職人街にあった。
扉を叩くと、腕まくりをした男が出てくる。
「憲兵隊がこんな時間に何の用だい?」
「少し話を聞きたいの。無料診療所の慈善の羽に行ったことがあるわよね?」
「ああ。仕事中に火傷してさ」
「そこで石を使った検査を受けました?」
「受けたよ。あの変なやつだろ?」
「どのくらい光りました?」
「かなりだったな。向こうも驚いてた」
エメラとセリアが目を合わせる。
「その時、何か言われませんでした?」
「珍しい結果だとか、詳しく調べてもいいとか」
「詳しく?」
「ああ。でも仕事が忙しかったから断った」
「その後は?」
「何も……」
マルクが言葉を止める。
「いや、待てよ」
「何かありました?」
「昨日、手紙が来たな」
セリアの表情が変わった。
「見せてもらえる?」
「ちょっと待ってろ、持ってくる」
マルクが家へ戻り、1枚の紙を持ってくる。
セリアが開いた。
『先日の検査結果について確認したいことがあります。追加の検査にご協力いただければ謝礼をお支払いします。明日の夜、鐘が8つ鳴った後、西水路の古橋までお越しください』
「行くつもりだったんですか?」
「金がもらえるなら行ってもいいかと思ってたんだが」
「行かないでください」
「……何か行かない方がいい理由はあるのか?」
「この手紙、失踪事件と繋がってる可能性があります」
マルクの顔から笑みが消えた。
「本気か?」
「はい」
「それは怖い、この手紙で俺をさらおうとしてるのか」
マルクの顔には怯えが見える。そしてセリアに手紙を手渡した。
「今日は家か工房から1人で出ないで。軍から人を付けるわ」
「分かった、早く解決してくれよ」
外へ出ると、ダンテが言った。
「当たりだな」
「かなり怪しいですね」
「明日の夜、古橋へ行くわよ」
「行きます。ただしマルクは連れていかない方がいいでしょう」
「本人がいなかったら相手が出てこないかもしれないぞ」
「それでもだ。囮にするには危険すぎる」
セリアも頷いた。
「私も同意するわ。手紙が来た時点で十分な手掛かりよ」
エメラはもう一度、手紙を見る。
「でも、明日の夜まで何もしないのはもったいないですね」
「他に何か調べる?」
「あります」
エメラが鞄へ手を入れた、使い込まれた革の手袋を取り出した。
「それは?」
「ダリオのです。最初に家へ行った時、母親から預かってました」
ダンテが鼻を近づける。
「追えるか?」
「やってみる」
3人はダリオの家へ戻った。
ダンテは玄関先でもう一度手袋の匂いを嗅ぐ。
「覚えた」
「まだ残ってる?」
「家の周りならな」
鼻を地面へ近づけ、そのまま歩き出す。
「こっちだ」
「分かるの?」
「何度も歩いた道なら匂いが重なって残る」
エメラとセリアが後を追う。
住宅区を抜け、大通りへ。
そこから市場の方へ向かう。
「ダリオのお母さん、仕事を紹介されたのは市場の近くだって言ってましたね」
「ええ」
ダンテは足を止めず進んでいく。
しかし、市場へ入ったところで速度が落ちた。
「……面倒だな、人が多すぎる」
ダンテは何度か同じ場所を行き来した。
「こっちだ」
市場の脇道へ入り奥へ進んでいくと、古い倉庫が並ぶ一角にたどり着く。
そこで突然止まった。
「ダンテどうした?」
「匂いが途切れた」
「こんな中途半端なところでか?」
「ああ」
セリアが周囲を見て、匂いが途切れた理由を探る。
「馬車に乗ったとか?」
「それならあり得るな」
「つまり誰かに連れていかれた?」
エメラは周囲を見回した。
周りにあるのは古い倉庫、そこで出入りしたであろう荷車の後、そして少し離れた場所には水路がある。
「ダンテ、他に何かきになる匂いはないか?」
「ちょっと待て」
ダンテが地面へ鼻を近づける。
数歩進んだところで動きが止まった。
「……これ、あそこで嗅いだ、分からない匂いだ」
「慈善の羽?」
エメラの表情が変わる。
「間違いないか?」
「薄いけどな」
セリアも周囲を見る。
「ダリオは慈善の羽には行ってないはずよね」
「少なくとも家族は知らなかった、なのに同じ匂いがある」
ダンテが頷いた。
「ようやく少し繋がったな」
「ああ」
解決への入口は別々だった。だが、その奥では同じ何かが動いている。
「この辺りも調べましょう」
エメラが言う。
「倉庫の所有者と、最近使われた記録を確認するわ」
「お願いします」
「俺は?」
「他の匂いを探してくれ」
「わかった」
ダンテが鼻を動かしながら歩き出す、その背中を追おうとした時。
「待って」
セリアが足を止めた。
「どうしたんです?」
視線の先の倉庫の角に人影が一瞬だけ見えた。
「誰かいた」
ダンテが即座に振り返る。
「どこだ?」
「あそこ」
3人が走って角を曲がる。しかし、そこには誰もいなかった。
「上にいる!」
ダンテの声でエメラとセリアが同時に顔を上げた。
倉庫の屋根の上、薄暗くなった空を背に1人の男が立っている。
こちらを見下ろしているが、逆光もあって顔まではよく見えない。
「誰だ?」
エメラが声を上げるが、男は答えなかった。
ただ、その場から逃げる様子もなく3人を見下ろしている。
「降りてきなさい!」
セリアが呼びかけると、男は僅かに肩を竦めた。
そして屋根の縁から飛び降りる。
それなりの高さがあったにもかかわらず、ほとんど音も立てずに地面へ降り立った。
男がこちらへ警戒心もなく歩いてくる。敵ではないのだろうか。
薄暗い中、その顔が少しずつ見えてきた。
「……」
エメラが男をよく見る、と体中に衝撃が走る。
どこかで見た顔だった、いや、見たことがあるなどという程度ではない。
忘れるはずがない。だが、まさかこんなところで出会うなど、思いもしてなかった。
「……まさか」
その男の立ち姿は、記憶の中の姿と重なっていく。
「……ジル?」
男の表情が僅かに動いた。
それを見て、エメラの確信が強くなる。
「ジル……ジルなのか?」
今度は男の方がエメラをじっと見た。
「……?」
「俺だ! エメラだよ!」
エメラが一歩前へ出る。
「……エメラだって?」
「ああ!」
ジルは動かなかった。ただ、信じられないものを見るようにエメラを見つめている。
「……本当に?」
「何だよ、その反応。俺だって!」
エメラは笑った。けれど、その声は僅かに震えていた。
目の前にいる人物は間違いなくジルだ。
千年前にアル・ノアで共に過ごした仲間、共にエレメンツに選ばれた仲間。
エレメンツの継承の儀式の時に離れ離れになってしまい、行方を追っていた。
その男が、今、自分の目の前に立っている。
「……ジル」
もう一度名前を呼ぶ。
今度は先ほどよりも、ずっと小さな声だった。
「本当に……ジルなんだな」
「……ああ、俺だよ、久しぶりだな、エメラ」
ジルもようやく答えた。その言葉を聞いた瞬間、エメラは堪えきれず駆け寄った。
「ジル!」
「お、おい――」
確かめるようにその肩を掴む。
その姿が幻ではないことを証明したいかのように。
「生きてた……」
「……」
「お前、生きてたんだな」
エメラの手に力が入る。
「千年だぞ……千年も経ったのに……こんなところで会えるなんて思うかよ」
「ああ、俺だって思わないさ」
ジルも、ようやく笑った。
だが、その笑みはいつもの飄々としたものとは違った。
「……久しぶりだな、エメラ、おkるのが少し遅いんじゃないのか?」
「お前が早すぎるんだよ、なあ、ジル。話したいことがいっぱいあるんだよ」
エメラも笑う。
「久しぶりだな、ジル」
一瞬の沈黙。
そしてジルがエメラの肩へ手を置いた。
「本当に……目の前にいるんだな」
「それ、こっちの台詞だよ」
「いや」
ジルは言葉を止め、エメラの顔を見つめる。千年前と変わらない顔。
声も、笑い方も変わってない、目の前にいるのは間違いなくエメラだ。
それでも――。
「……」
「何だよ?」
「いや、何でもない」
ジルは小さく首を振った。
今はいい。今この瞬間だけは抱いた違和感よりも、再び会えたことの方が大きかった。
「まったく……ずいぶん待たせたな」
ジルが息を吐く。
「好きで寝てたわけじゃない」
「千年寝坊した奴が言うなよな、目覚ましでも置いとけばいいんだよ」
「そんなんで起きれるならここまで寝坊してないだろ」
「それもそうだな」
2人が笑う。
その笑い声を聞きながら、セリアとダンテだけが完全に置いていかれていた。
「……なあ」
ダンテが口を挟む。
「俺たちにも分かるように話してくれないか?」
「あ」
エメラが振り返る、完全に忘れていた。
「ごめんごめん」
「俺の存在忘れてただろ」
「ちょっとだけな」
「正直に言うな」
ジルの視線が、そこで初めてダンテへ向いた。少しだけ目を見開き、上から下まで値踏みするように眺める
「……思ってたより、随分こじんまりしてるな」
「感動の再会の直後に俺を馬鹿にするな」
「いや、馬鹿にはしてないぞ?」
「その顔で言っても説得力がないぞ」
エメラが笑う。
「こいつはダンテ。今、一緒に旅してる」
「ダンテだ」
「ジルだ。よろしく」
「それにこじんまりってなんだ、俺のホントの姿はもっと大きいんだぞ」
「ふーん、そうか。ホントの姿ってのも見せてくれよ」
「……今は無理だ。また今度な」
ダンテは少し言いよどんだ。
「ふーん、なるほど、ね」
ジルはそれ以上追及せず、ダンテの首元をちらりとみた気がした。
「それよりあなたたち、知り合いなの?」
横で話を聞いていたセリアが口を挟む。
「ああ。昔の仲間だ」
「昔って……さっき千年って言ってなかった?」
エメラとジルが一瞬顔を見合わせる。
「久しぶりだったから、千年くらい会ってない感覚だったんです」
「そういうこと、千年は言葉のアヤ、ってやつだな」
「……なんか口裏合わせてないかしら」
「気のせいです」
セリアは納得していない顔をしたが、今度はジルを見る。
「それと、あなた。ジルって名前よね?」
「ああ」
「ギルドから聞いてたランク7の冒険者?あなたが?」
「そうだが、何だよ、その反応。なんか疑ってんのか?」
「だって報告もしないで勝手に動いてるって聞いてたから」
「あ、ああ、それな、わざわざ報告するのが煩わしくてな。それにこっちはギルドからの依頼で来てるんだ、軍に報告義務はないはずだぜ?」
「それはそうだけど……」
エメラが驚いてジルを見る。
「お前、冒険者になってたのか?」
「まあな」
「しかもランク7?ってかなんだ、聞いたぞ?商会の方はほっといていいのか?」
「色々あるんだよ。この事件が解決したら話すさ」
セリアがため息をつく。
「再会を喜ぶのはいいけど、そろそろ本題に戻っていい?」
「あ」
「忘れてたでしょ」
「少しだけ」
セリアはジルへ向き直った。
「それで、あなたは何でここにいたの?」
「俺なりのルートで失踪事件を調べてたのさ。エメラ達と大体目的の物は一緒だと思うぞ?」
「この辺りを?」
「ああ。夜になると、奥の倉庫に怪しい荷車が出入りしてる」
「何を運んでるか分かってるのか?」
「まだそこまでは。ただ、どこの商会の印もないし、使われてないはずの倉庫だ」
「中には入ったの?」
「一度だけ。木箱と薬品、それに魔道具があった」
「慈善の羽との繋がりは?」
「俺も疑ってるがまだ確たる証拠は出てきてないんだよな」
ダンテが地面を嗅ぐ。
「こっちにもさっきと同じ匂いがあるぞ」
ジルが僅かに目を細めた。
「なら、かなり近いところまで来てるかもなまあいい、エメラがいるなら心強いな、先へ進もう」
ジルをを筆頭にエメラ達は匂いをたどり進みだした。




