ep54 次に消える者
翌朝。エメラとダンテが憲兵隊の詰め所を訪れると、セリアはすでに入口で待っていた。
「おはよう。昨日はちゃんと節度を守ってくれたのかしら?」
挨拶より先に、セリアの視線がダンテへ向く。
「当然だ、ちゃんと自制心をもって食事を楽しんだぞ」
「肉を5皿食べたのは節度の範囲なのか?」
「エメラ,余計なことを言うな」
「なんだよ、料金証見ればどうせ分かるだろ」
エメラが宿から受け取った証明書を渡す。
セリアは内容へ目を通し、少し考えこむ。
「……まあ、英気を養う範囲ということにしておくわ」
「ほらみろ」
「今日も同じだけ食べていいとは言ってないからな」
昨日と変わらない軽いやり取りをしながらも、3人が向かう先は既に決まっていた。
魔道具を扱う商店。
目的は、失踪者たちが受けていた検査に使われたという石について調べることだった。
しかし。
「手を置いたら光る石?」
1軒目の店主は首を傾げた。
「それだけじゃ分からんな」
「そんなに種類があるんですか?」
「魔道具なんて術式次第だ。本人確認でも光るし、属性を見る物でも光る、マナ量を測る物でも光る」
2軒目でも同じ。
3軒目でも大した情報は得られない。
「思ったより手掛かりが見つからないな」
店を出たダンテが欠伸をする。
「まだ3軒だぞ」
「俺はもう飽きたぞ」
「昨日も同じこと言ってたな」
そんな中。
4軒目に入った小さな魔道具店で、初めて店主の反応が変わった。
「強く光った?」
白髪交じりの店主が聞き返す。
「はい。何人かがそう言われていたようなんです」
「石の色は?」
「青だったという話があります。ただ、人によっては色の記憶が曖昧です」
「ふむ……」
店主は店の奥へ消え、掌ほどの透明な石を持って戻ってきた。
「同じ物とは限らんが、こういう物はある」
「何です?」
「感応石だ」
エメラが覗き込む。
「何を調べる魔道具なんです?」
「正確には、これは部品だ。どういう術式を組み込むかで用途が変わる」
「有名どころじゃあクラノス感応石だな、お主も冒険者なら持っとらんか?」
クラノス感応石、魔獣のマナに反応するタイプと人間のマナに反応するタイプがある。
多くの魔獣は、獲物や脅威へ意識を向けた際に微弱なマナの偏りを生む、これを察知する仕組み。人間用も仕組みは似ているが、術の行使などによる急激なマナの膨れを察知する。どちらも反応すると光る。一部の冒険者ではこの魔道具に頼るようでは半人前とも揶揄される。
「お前も冒険者ならクラノス感応石はもってるだろ?」
「いや、俺は必要ないので持ってないですね」
「おうかい、それじゃあすごい冒険者か、とんでもない命知らずなやつなんだな」
「エメラには俺がついてるからな、そんな魔道具よりも優秀なのは実証済みだ」
店主の手が止まった。
「……お前、喋れるのか」
「ああ」
ダンテが当然のように答える。
店主は少し目を見開き、眼鏡の奥からまじまじとダンテを見つめた。
「ほう……こりゃ珍しい、確かに感知に長けた魔獣が共にいるのであればクラノス感応石は不要だな」
「話が逸れたが、その石は感応石の仕組みと似た仕組みだろうとは思うが、実物を見ないと何ともな」
「どのみち石だけじゃ分からない?」
「そういうことだ」
店主が指で石を軽く叩く。
「だが、人間に触れさせて反応を見るなら、マナに関係した検査で使われることは多い」
「マナ量ですか?」
「それもある」
「他には?」
「外部からごく僅かなマナを流し、その人間の身体がどう反応するかを見る使い方もある」
エメラの目が僅かに細くなる。
「外部からマナとは?」
「ああ。魔道具との相性を見る時なんかにな、やり方は武器にマナを流すときと一緒さ」
「冒険者と違ってマナの扱いに長けてないものも使えるように、触れるだけで反応する仕組みが組み込まれてたりもするがな」
セリアが尋ねる。
「それは医療の現場でも使う?」
「術式次第ではな」
「仕事の適性検査にも?」
「んー、使えなくはない、かな」
「実物があれば、何を調べるように作られていたか分かりますか?」
「術式が残っていれば多少はな」
「分かりました」
エメラは礼を言い、店を出た。
「次はどうするんだ?」
ダンテが尋ねると、セリアが1枚の紙を取り出した。
「昨日、あれから詰め所に戻ってから調べてみたの、そしたら出てきたわ」
「何か分かったのか?」
「レダンが行ったっていう無料診療所」
紙にはカルタ西部の住所が記されていた。
「見つかったんですか?」
「確定はしてないけど、それらしい場所が1つだけ候補にあがったわ、ただし、正式な診療所としての届け出は出てない」
セリアの表情が少し曇る。
「次はここに向かいましょう」
◇
西側の旧商業区。
そこに、看板だけを残した古い建物があった。
『無料診療慈善の羽』
「ここね、軍でも少し聞き取りをしたけど、知っている人はいなかったわ」
セリアが扉を確認する。
「鍵が掛かってる」
「権限で中に入れないんですか?」
「軍でも勝手には無理よ。所有者を確認して許可を取る必要がある」
エメラが頷く横で、ダンテが建物の周囲を歩き始める。
「ダンテ?」
「少し待て」
鼻を動かす。
「人は?」
「今はいない」
「診療所だったなら匂いは残ってるだろ?」
「人間はな……それ以外もある」
ダンテが裏口の前で止まる。
「薬?」
「それもある」
さらに鼻先を地面へ近づける。
「……何だ?」
「分からないのか?」
「どこかで嗅いだことがある」
「いつ?」
「思い出せん」
エメラが眉を寄せる。
「珍しいな」
「匂いなんて何千と覚えてる。全部すぐ出てくると思うな」
「はいはい」
その日は中へ入れなかった。
だが、診療所が突然活動をやめたのが、僅か10日ほど前だったことだけは近隣住民から分かった。
失踪事件が増え始めた時期と重なっていた。
更に翌日、セリアが建物の所有者から許可を取ってきた。
「随分早かったですね」
「軍を甘く見ないで頂戴、捜査が必要なら許可はすぐに下りるわよ」
「昨日は勝手に入れないって言ってたのに」
「だから正式に取ってきたのよ」
鍵を開ける。
診療所の中には診察台や棚こそ残っていたが、薬品や魔道具の類はほとんどなかった。
「綺麗すぎないか?」
エメラが呟く。
「撤収したなら普通じゃない?」
「無料診療を急にやめた割には、です」
みんなで手分けして探す。机の引き出し、棚、裏口。
何もない。
「ダンテ?」
「人間の匂いは多すぎる」
「他は?」
昨日と同じ場所で鼻を動かす。
「やっぱり、この匂いがある、薬じゃない」
ダンテが床を引っ掻いた。
「じゃあ何なの?」
「まだ分からん」
結局、決定的な物は見つからなかった。
だが、近隣への聞き込みで別の情報が出た、診療所を利用した50代の男性。彼も石に手を置いている。
しかし。
「少し光っただけだよ」
「それで何か言われました?」
「いや。問題ないって」
「その後、誰かから連絡は?」
「いやー特に何も」
男は現在も普通に暮らしている。診療所を出たところで、セリアが口を開く。
「同じ検査を受けても、失踪してない」
「失踪した人たちとの違いは?」
「光り方だな」
ダンテが答える。
「失踪した奴らは強く光った」
「そう」
エメラはすぐには結論を出さなかった。
「もう少し調べましょう」
その日は診療所を利用した者を可能な限り探し、話を聞く。
それぞれが口々に石が弱く反応した、何事も起きていない、普通の診察だった、何も起きていない。
やはり強く反応したと言われた者の中から、すでに失踪者が出ている可能性が高い。
「これ……検査を受けた人間を狙ってるんじゃないわ」
夕方、詰め所の会議室で資料を並べたセリアが呟く。
エメラが頷く。
「検査した後に、狙う人間を決めてるようですね」
部屋が静かになった。
「じゃあ残ってる人間の中に、まだ狙われてる奴がいるかもしれないぞ」
ダンテの言葉に、エメラとセリアが同時に資料へ目を落とした。
「探しましょう。強く反応したと言われた人で、まだ失踪していない人を」
エメラが言う。次からは失踪者の手がかりではなく、次に失踪しそうな人を探すことになった。
3人ではどうにも手が足りない、コスチに無理を言って聞き込みの人員を割いてもらい、片っ端から聞き込みを行うことにした。
夕方、3人はそのまま軍の詰め所へ戻った。
会議室の机には、失踪者の記録と、この日新たに聞き取った診療所利用者の情報が広げられている。
「やっぱり、検査を受けた人間全員が消えてるわけじゃない」
セリアが椅子に座りながら言う。
詰め所に残されていた聞き取り記録。
今日集めた証言でそこから、条件に当てはまりそうな者だけを拾っていく。
しばらくして。
「該当者は3人ね」
セリアが紙を机に置く。
「オルド・ハマー、41歳。荷車の修理工よ。工房に来た無料の健康診断で石を触らされたと証言があるわ」
「ガルドと同じですね」
「ええ。石がかなり強く光ったって話してる」
「今は?」
「普通に働いてる」
エメラが紙を脇へ寄せる。
「他の2人は?」
「ちょっと待って」
さらに資料を確認する。
「ミレア・トース、24歳。仕立屋勤務、そう。熱を出した時に慈善の羽に診てもらってる」
「石の光はかなり強かったらしいわ」
「この人も失踪してない?」
「今のところはね」
「最後マルク・セイラ、29歳。染物工房の職人」
「仕事中の火傷で慈善の羽に行って治療を受けているわね」
セリアが記録を覗き込む。
「反応について書いてある?」
「本人の証言では、かなり強く光ったって」
「今は?」
「失踪届は出てない」
3人が顔を見合わせる。
「これで3人」
セリアが紙を並べる。
「今確認できるだけで、強い反応があったのにまだ失踪してない人が3人いる」
「なら、こいつらが次に狙われるかもしれない」
ダンテが言う。
「その可能性はあります」
「じゃあ見張ればいい」
「簡単に言うな」
セリアが苦笑する。
「大丈夫よ、コスチ隊長に依頼して警備の人員を割いてもらうわ」
「よし明日、この3人に直接会いましょう」
「最近、誰かに接触されてないか確認したい」
セリアは頷き、3人の住所を書き出した。
「じゃあこの3人から話を聞きましょう」
ダンテが大きく欠伸をする。
エメラは机の上に並んだ3枚の紙へもう一度目を落とした。
これまで追っていたのは、消えてしまった人間の痕跡だった。
だが今度はまだ間に合う、もしこの3人の誰かが本当に次の標的なら。
こちらから、その手を掴める可能性があった。




