ep52 失踪者の足跡
ダリオの家は、カルタ東部の住宅区にあった。
交易都市というだけあって中心部は人で溢れているが、少し離れると街の雰囲気も変わる。
通りは狭くなり、軒先には洗濯物が並び、家の前では子供たちが木の棒を振り回して遊んでいる。
「随分静かだな」
ダンテがエメラの肩から周囲を見る。
「中心部が騒がしすぎるのよ、ここは昔から住んでる人間が多い区域だから」
セリアが答えた。
「ダリオも生まれた時からここに住んでたみたい」
やがて1軒の小さな家の前で足を止める。
セリアが扉を叩いた。
「カルタ憲兵隊です」
しばらくして扉が開く、姿を見せたのは、50代ほどの女性だった。
「あ……セリアさん」
「何度もすみません」
「いえ……」
女性はエメラを見る。
「こちらは?」
「今回、軍の捜査に協力してくれることになった冒険者です」
「エメラといいます。こちらはダンテです」
「ダンテだ」
「まあ……」
女性は少し驚いたものの、それどころではないのだろう。
すぐに表情を曇らせた。
「息子のことで?」
「はい。以前にも何度かお話を伺ったと聞いていますが、もう一度だけ聞かせてもらえませんか?」
「もちろんです。息子が見つかるなら……何度でも」
家へ通される、中は決して広くない。
生活に必要なものだけが整然と置かれており、壁際には男物の上着が掛けられたままになっている。
女性がそれに目を向けた。
「それも……息子のものです」
「失踪した時に着ていたものじゃないんですね」
「ええ。仕事用の上着は別にあります」
「部屋も見せてもらっていいですか?」
「どうぞ」
ダリオの部屋は、そのまま残されていた。
簡素なベット、着替え、手袋、仕事道具、棚の上には小さな革袋。どうやら中にはお金が詰まっているようだ。
「これ、お金ですか?」
「はい、息子が貯めていたものです」
母親が頷く。
エメラは袋には触れず、中を覗く。
少なくとも、突然別の街へ移住する人間が残していくような額には見えない。
仕事道具はきっちり手入れされている。
「この手袋、お預かりしても?」
「あ……はい、持ってっていただいて構いません」
そのやり取りの後、ひと呼吸おいてエメラが質問をする。
「失踪する少し前、何か変わった様子はありませんでしたか?」
「前にも聞かれましたけど……特には」
「喧嘩をしたとか、誰かを怖がっていたとかじゃなくてもいいです」
「え?」
「嬉しそうだったとか悩んでいたとか。何かを買おうとしていた、今まで行かなかった場所へ行った。何でもいいんです」
女性は黙り込み、しばらく考える。
「……そういえば……仕事の話をしていました」
セリアが手帳を開く。
「仕事?もしかして、今の荷運びとは別の」
エメラが聞き返す。
「はい」
「仕事を変えるつもりだったんですか?」
「本人も迷っていました」
「どんな仕事でした?」
「詳しくは聞いてないんです。ただ……かなりお給金が良かったみたいで」
女性が少し眉を寄せる。
エメラとセリアが顔を見合わせた。
「誰かに紹介されたんですか?」
「そう言ってました」
「名前は?」
「聞いてません」
「どこで声を掛けられたかは?」
「確か……市場の近くだったと思います」
セリアが素早く書き留めていく。
「詳しく教えてください。その仕事について、他に何か言ってませんでした?」
「……」
女性は再び考え込む。
「条件が良すぎるから、少し怪しいって」
「それでも話を聞きに行ったんですか?」
「はい。一度だけ」
「その場所は?」
「そこまでは」
エメラは少し間を置いた。
「その後の、何か話を聞きませんでしたか?」
「何か?」
「例えば、採用の試験を受けたり」
「あっ……試験というほどではないと思うんですが……」
女性の表情が変わった。
「検査を受けたって」
エメラの視線が鋭くなる。
「検査?どんな検査ですか?」
「はい。仕事をする前に、身体を調べる必要があるとか」
「どんな検査か聞きました?」
「石に手を置いただけだって」
「石?」
「青い色をした石だったそうです。手を置いたら光ったって」
セリアが首を傾げる。
「魔道具かしら?」
「可能性はありますね」
エメラは答えながら考える。
手を置かせると光る。仕事前の検査、何かの適性なのか?マナの有無?
「光り方について何か言ってませんでした?」
「すごく明るく光ったって……それで向こうの人が驚いてたって言ってました」
「……」
「エメラ?」
ダンテが横から顔を見る。
「いや」
エメラは首を振る。
「その検査を受けてから、失踪するまで何日くらいでした?」
「4日……いえ、5日だったと思います」
「ありがとうございます」
その後もいくつか質問をしたが、それ以上大きな情報は出なかった。
「情報ありがとうございました……息子さん、必ず何か手がかりを見つけてみます」
家を出たところで、セリアが立ち止まった。
「初めて聞いたわ」
「何がです?」
「仕事と検査の話」
「前は出なかった?」
「ええ。私も何度か話を聞いてるけど、一度も」
セリアは手帳を見る。
「失踪当日の行動ばかり聞いてたからね」
「きっと母親からすれば、息子が仕事の話をしてたくらいじゃ事件と関係あるとは思わなかったんでしょう」
「かもしれないわね」
「石に手を置く検査って何なんだ?」
ダンテが尋ねる。
「似たようなもので、簡単なマナ測定なら似た魔道具があると聞いたことがあるわね」
「術を使えるかだけじゃなく、体内にどのくらいマナを保持できるかを測るものよ」
セリアがエメラを見る。
「でもダリオは魔術師じゃないわよ?」
「魔術が使えなくてもマナはあります」
エメラは歩きながら説明する。
「術として外に出せるかどうかは別です。体内にマナを持っていても、扱えない人の方が多い」
「じゃあ、その検査がマナを調べるものだったとしても不思議じゃない?」
「仕事の内容次第では」
「例えば?」
「魔道具を大量に扱う仕事とか。作業する人間の適性を見るために検査することは考えられます」
「つまり、まだ怪しいとは言い切れないけど、覚えておく価値はあります」
「そうね。よし、次に行くわよ」
セリアが資料を捲る。
「ミナ・ローデ。19歳。給仕をしていた女性」
「どこに向かうんですか?」
「彼女の職場よ、ここから歩いて40分くらい」
「分かりました。行きましょう」
ミナが働いていた食堂は昼時を少し過ぎていたものの、まだ何人か客が残っていた。
店主に事情を説明すると、奥の席へ案内された。
「ミナのことなら、もう何度も話したぞ」
店主は少し疲れた様子で言った。
「申し訳ありません」
「いや……別にあんたたちに怒ってるわけじゃない」
男は息を吐く。
「早く見つけてやってくれ」
「そのために、少し違う質問をさせてください」
「違う質問?」
「ミナさんがいなくなる1週間から2週間くらい前、何か普段と違うことはありませんでした?」
「普段と違う……」
「仕事以外の話でも構いません」
店主は腕を組む。
「俺は何も聞いてないな」
その時。
近くで食器を片付けていた若い女性が、こちらを見た。
「……ミナのこと?」
「何か知ってますか?」
「知ってるってほどじゃないけど」
女性が近づいてくる。
「いなくなるちょっと前に、変な話してた」
「どんな話を?」
「別の仕事をやらないかって声掛けられたって」
セリアの手が止まった。
エメラも黙る。
「その話、詳しく聞いてもいいですか?」
「うん」
「誰に声を掛けられたか聞いてますか?」
「口ぶり的には男の人だったと思う」
「年齢は?」
「そこまでは聞いてない」
「仕事の内容は?」
「簡単な仕事だって。荷物の整理とか、道具の手入れとか」
「給料は?」
「かなり良かったみたい」
ダリオと同じ。
「ミナさんは受けるつもりだった?」
「最初は断ったって言ってた」
「どうして?」
「この店気に入ってたし、怪しいからって」
「それなのに何度か話をしてました?」
「うん。何回か声掛けられたみたい」
エメラは少し身を乗り出した。
「検査は?」
「え?」
「仕事を紹介された後に、何か検査を受けませんでした?」
女性の目が大きくなる。何か思い出したようだ。
「ああ!たぶん、それのことだと思う。変な石に手を置いたって言ってた」
「……」
「それでミナ、笑ってたの。『すごく光って向こうの人が驚いてた』って」
全く同じだった。
エメラの表情から僅かに柔らかさが消える。
「何色でした?」
「色?」
「光った色です」
「そこまでは聞いてないなあ」
「検査を受けてから、いなくなるまでどのくらい?」
「確か……1週間もなかったと思う」
セリアが手帳へ書き込む。
「ダリオと同じね」
「ええ」
「何か見つかったの?」
給仕の女性が不安そうに尋ねる。
エメラは少し迷った後、首を振った。
「まだです。ただ、重要な話かもしれません」
食堂を出る。3人とも、しばらく口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのはダンテだった。
「2人とも共通していたな」
「ああ」
「偶然かしら?」
「いや、2人ともだけど、まだ2人です。決めつけるのはまだ早い」
「随分慎重だな」
「決めつけたら、そこに引っ張られるからな、確証には程遠い」
「じゃあ何人なら決めるんだ?」
「3人」
「早いな」
「冗談だよ」
セリアが吹き出した。
「あなた、思ったより冗談言うのね」
「ダンテと一緒にいると言ってしまいますね」
「俺のせいにするな」
エメラが立ち止まる。
「それより次は仕事を紹介された人を探すんじゃなくて、検査を受けた人を探した方がいいかもしれません」
「どうやって?」
「家族に聞くしかないです。ただ、仕事に限定しない」
「?」
エメラは資料を見る。
「ダリオとミナは仕事でした。でも、もし目的が仕事じゃなくて検査そのものだったなら――」
「別の理由で検査を受けさせられた人がいるかもしれない」
セリアの視線が一瞬だけ鋭くなる。
「例えば?」
「治療とか……何かの商品を試すためとか、魔道具の実演でもいい」
ダンテが言う。
「要するに、石に触らせられれば理由は何でもいいってことか」
「そう」
「だとしたら厄介ね」
セリアは困ったように眉を寄せた。
「聞き込みの範囲が一気に広がる」
「でも、今まで共通点が見つからなかった理由にはなる」
「……」
エメラは11人分の資料を見下ろした。
「もしこれが偶然じゃないなら、犯人は最初から見た目や職業で選んでなかったのかもしれない」
これまで目に見える条件ばかりを探していた。
だが――。
「じゃあ声かける基準は?」
セリアが尋ねる。
「まだ分かりません、でも話を聞く限り、ある程度声をかける相手を見極めているように感じる」
エメラは答えた。
その言葉を聞いた瞬間、セリアの指が手帳の端を僅かに強く握った。
ほんの一瞬のことだった。
「……そうね、残りも調べてみましょう」
そしてすぐ、いつもの表情へ戻る。
「はい」
「何日かかかりそうね。今日は長くなるわよ」
「覚悟してます」
「俺はしてないぞ」
ダンテが即答する。
「さっきまで肩に乗ってるだけだっただろ」
「それでも疲れるものは疲れる」
「何に?」
「お前の推理を聞くのに」
「降ろすぞ」
「冗談だ」
3人は次の聞き込み先へと向かう。
まだ、この時点ではエメラ自身も気づいてなかった。
失踪者に共通していたのは、魔術を使えることではないことを。
「とりあえず、残りの人たちにも同じように聞いてみましょう」
エメラが言う。
「仕事の話や、石を使った検査を受けていなかったか」
「そうね」
セリアが頷く。
「まずは普段と違うことがなかったかを聞いて、それでも何も出なかったら検査について聞きましょう」
「決まりね」
「地道な作業だな」
「捜査なんてそんなもんだろ」
「俺はもっとこう、犯人の匂いを追って一気に捕まえるものだと思ってた」
「それができるなら頼むよ」
「まだ匂いがないからわからない」
「じゃあ地道に行こう」
ダンテは不満そうに鼻を鳴らした。




