ep49 別れ、そして呼び声
外へ出ると、カルタの街は相変わらず多くの人で賑わっていた。
通りには商人の呼び声が飛び交い、荷車が行き交っている。
さっきまで軍の詰め所で巨大な魔獣について話していたのが嘘のように、街には普段通りの時間が流れていた。
「いやあ……面白い隊長だったな」
ティオが笑う。
「本人には言わない方がいいぞ」
「言うわけないだろ。拘束されたらたまらん」
「本当に拘束する気だったのかしら」
「その場合罪状はなんになるんでしょうね」
「カエルを無断で隊長に近づけた罪……とか?」
「限定的すぎるだろ」
「それで投獄されたらすごく嫌ですね」
「ぐる」
ルシオの鞄の中からゲログが鳴いた。
「お前も大変だったな」
ダンテが鞄を見る。
「何もしてないけどね、この子」
「存在していただけであそこまで恐れられるのも才能だな」
「ぐるっ」
褒められたと思ったのか、ゲログが嬉しそうに鳴いた。
ティオが笑いながら頭を掻く。
「さて、とエメラ達はこれからどうするんだ?」
その一言で、少しだけ空気が変わった。
「少しカルタを見て回ってから、アストリアに向かおうかなと思います。そこにいるという賢者の方にも興味ありますし」
「直接会って話を聞いてみたいんですけど何か手はありますかね?」
「賢者?あ、賢者ジオンね。どうだろうな、賢者に会おうなんて考えてみたこともなかったからな」
「魔術披露しちゃえばいいんじゃない?」
「どこでだよ、アストリアの広場でいきなり魔術なんて使ってみろ、兵士に囲まれてそれこそ投獄されちまうぜ」
「ですよね、何とか会う方法があればいいんですけど」
「ギルドに聞いてみるのが一番だ」
ビヨルドが珍しく言葉を発する。
「アストリアの冒険者ギルドなら、きっと賢者ジオンとの伝手はあるはずだ、なおかつエメラが木属性の使い手となると案外簡単に面会できるんじゃないか?」
「確かに、そうね。冒険者として困ったことがあればギルドは親身になってくれるから、まずはギルドに頼ってみるのもいいかもね」
「ギルドといえば、俺たちも報酬を受け取りに向かおう」
こうしてみんなカルタのギルドで報酬を受け取った。皆それぞれ色を付けてもらっているようで、その中でもエメラは聞いていた倍の報酬が入っていた。
「さて、俺たちはここまでだな」
ティオたちもこのままカルタに残るが、エメラたちとは、一旦ここで別れることになる。
「この後はどうされるんですか?」
「アミールの護衛の依頼があと一往復分は残っているからな、それについていかないといけないが、少しは休ませてもらう予定だ」
「エメラが抜けた穴の追加の人員も募集しないと駄目だしね」
「ぐる」
ルシアの言葉に鞄の奥から呼応する声が聞こえる。
「魔獣と遭遇はしないに越したことがないっていってるぞ」
ダンテが呆れたように言った。
「魔獣のアンタが言うの、おかしいわね」
「早くゲログの言葉が分かるようになりたいわ」
「しかし不運だったよな。普段なら、あんな得体の知れな魔獣に会うことなんてないんだが」
「俺の弓もお前の剣も決定打に程遠かったからな、エメラがいなかったらきっと全滅してただろうな」
ビヨルドが魔獣との戦いを思い出しながら言う。
「それにしたって出来すぎてる。もしかすると――」
そこでティオは、にやりと笑ってエメラを見る。
「エメラ、お前を狙って来たんだったりしてな」
「……」
ほんの一瞬、エメラの表情が固まった。
脳裏をよぎったのは、得体がしれない二人組の存在だった。下手に旅の間に話をすれば余計な不安をあおりそうで結局話しそびれた二人組。
その事を思い出し。思わず顔に出てしまった、その僅かな変化をティオは見逃さなかった。
「お、おい冗談だぞ? 今のは完全に冗談だからな?」
ティオの笑みが引きつる。
「……ええ」
「その間はなんだよ」
「少し考えただけです」
「考えるなよ! 本気にされるとこっちが怖くなるだろ!」
ティオは慌てて両手を振った。
「たまたまだ、たまたま。俺たちが運悪く、とんでもない奴の縄張りに入った。それで終わり!」
「そうですね」
エメラは穏やかに頷く。
だが、その返事とは裏腹に、胸の奥には小さな引っ掛かりが残っていた。
「……本当にそうならいいんですが」
「だから怖いこと言うなって!」
ティオの声に、ルシアが呆れたように息を吐いた。
「自分で言い出したんでしょう」
「軽い冗談のつもりだったんだよ。まさかあんな顔するとは思わないだろ」
「一応、冗談だとは分かっていましたよ」
「だったらもっと冗談っぽく受け流してくれよ……」
ティオは疲れたように肩を落とした。そんなやり取りに、張りかけていた空気が再び緩む。
「まあ、何にせよ」
ティオは気を取り直すように両手を腰へ当てた。
「俺たちはしばらくカルタで休む。次に出る時は人員も増えてるだろうし、今度こそ何事もなく往復したいもんだ」
「その方がいいですね。アミールさんにも人数を増やすよう伝えていますし」
「エメラが基準になったら困るけどな」
「どういう意味です?」
「お前一人分を補充しようと思ったら何人雇えばいいんだって話だよ」
「それは確かに、あんなん出来る冒険者がホイホイいたら自信なくしちゃうわ」
ルシアが真顔で頷いた。
「ぐるっ」
鞄の中からゲログまで鳴く。
「その通りだって言ってる」
「お前まで同意するな」
エメラが言うと、ゲログはもう一度「ぐる」と鳴いた。
「同意してるぞ」
ダンテが淡々と訳す。
「でもよかったじゃないか、ゲログにも認められて」
「別に悪い気はしないけど……」
最後まで変わらないやり取りに、ティオたちが笑った。
やがて笑いが収まると、ティオがエメラへ手を差し出した。
「まあ、色々あったけど楽しかったよ」
エメラもその手を握る。
「こちらこそ。皆さんがいなければ、もっと大変だったと思います」
「それはこっちの台詞だっての」
ティオは強く握り返してから手を離した。
「アストリアまで気をつけろよ。また変なのに襲われても、今度は俺たちいないからな」
「その言い方だと本当に私が呼び寄せているみたいじゃないですか」
「あっ」
「もうやめなさいよ」
ルシアがティオの腕を叩く。
「悪い悪い」
ティオが笑いながら一歩下がった。
続いてルシアがエメラを見る。
「アストリアで賢者に会えるといいわね」
「はい。何とか方法を探してみます」
「困ったらギルドへ行け」
ビヨルドが短く言った。
「大きな街のギルドほど、人との繋がりも広い」
「覚えておきます」
「次に会う時までに私たちももっと強くなっておくからね」
ルシアが言うと、鞄の中のゲログが顔だけを覗かせた。
「ぐる」
「お前は何を鍛えるんだ?」
ダンテが問いかける。
「ぐるる」
「そうか、鳴き声鍛えるのか」
「鳴き声鍛えてどうするのよゲログ」
最後まで締まらない、だが、それくらいがちょうどよかった。
「それじゃあな、エメラ。ダンテも」
「ああ」
「はい。またどこかで」
「今度会う時まで死ぬなよ」
ティオが軽く手を上げる。
「ティオさん達も」
「俺はそう簡単には死なねえよ」
「この前死にかけてたけどね」
「ルシア、それ今言う必要ある?」
その後また兄妹喧嘩の小競り合いが始まり、そんな声を残しながら、ティオたちは人混みの中へ歩いていった。
エメラはその背中が見えなくなるまで見送った。ダンテが肩に飛び乗ってくる。
「行ったな」
ダンテが言った。
「ああ」
「これからどうする?」
エメラは少し考える。
「まず宿だな、少し体の疲れがたまってる。固い馬車の中で寝てたからあちこちがバキバキだ」
「ご飯は?」
「宿を取ってからだ」
「先にご飯でもいいだろ」
「荷物を持ったまま店を探すの面倒だろ?泊まれなくなっても困るからな」
「俺は荷物を持ってない」
「俺が持ってるんだよ」
「なら俺には関係ないな」
「お前な……」
エメラは呆れながら歩き出した。
その時だった。
「おーい!さっきの君!!」
背後から、おそらく自分を呼んでいるであろう声が聞こえた。
足を止めて振り返る。
軍の詰め所の入口に立っていたのは――コスチだった。
初対面の冒険者を呼び止めるなんてあんまりいい予感はしないな、と思いながらもエメラはコスチに応じる。
「君だけか、さっきの仲間たちは一緒じゃないのか?」
「たった今別れました、もともと俺たちは別に旅をしていて、カルタまでの護衛の任務の間だけ一緒になったんです」
「そうか、よかったら君たちに頼みたい依頼があったんだがな」
「どのみちあの三人はこのあとまたガナまで一往復護衛する依頼が残っているから無理ですよ、俺達だけでいいならよければ話だけでもお伺いしますよ?」
「そうか、人数が多い方が危険が少ないんだが、話を聞いてくれるだけでも助かる。よければ一度軍の指令室へ来てくれ、こんな往来で話すような内容じゃないのでね。時間は大丈夫か?」
「いいですよ、行きましょうか」
「エメラ、お腹すいたぞ」
「仕方ないだろ?早めに切り上げるから待って」
「お、そこの猫の魔獣腹減ってるのか、じゃあ軍の食堂で飯の手配をさせよう」
「本当か?あと俺は猫じゃないぞ」
「お、そうかすまんすまん。まあまずはついてきてくれ」
こうしてコスチに促され、再度軍の詰め所へとエメラは戻ることになる。




