ep48 蛙騒動
カルタのアストリア軍詰め所は、街の中心部にあった。
石造りの建物は周囲の商店より一回り大きく、正面にはアストリア連合国の紋章が掲げられている。
中へ入ると、受付にいた兵士が顔を上げた。
「どうした?何か事件か?」
「街道で魔獣に遭遇してな。少し特殊な個体だったんで、こっちの方にも報告しといたがいいかと思ってな」
ティオが答える。
「特殊?めずらしい個体だったってだけじゃないのか?」
「まあ、これをみてくれ」
包みを机の上へ置く。
布を少し開いた瞬間、兵士の表情が変わった。
黒ずんだ外殻。
魔獣のものにしては異様なほど硬く、ところどころに人工物を思わせる滑らかな断面がある。
「……何だ、これは」
「分からないから持ってきたんだ」
ティオが答える。
「体長は10メトルを超えていた。まあ、そこまではそんなに珍しいもんじゃないが、脚が8本。全身を硬い外殻で覆われていて、身体の内側は異常な高温だった」
「足が8本……?」
「しかも、普通の魔獣とは少し違う」
兵士が視線を向ける。
「どう違う?」
「なんというか……生き物らしくないというか」
「生き物らしくない?」
「ああ、明らかに致命傷であろうと動きが鈍ることがなかった。どてっぱらに大穴が貫通しても元気に動いていたよ」
兵士の顔から、完全に軽さが消えた。
「……わかった。少し待っていろ」
そう言い残し、奥へ駆けていく。
数分もしないうちに、軍服を着た男が現れた。
年齢は40代半ばほど。
短く切った髪に、日に焼けた肌。
腰には剣を下げているが、見るからに前線の兵士というより、人をまとめる立場の者だと分かる。
「私がこの詰め所を預かっている、憲兵隊長のコスチだ。魔獣を持ち込んだのは君たちか」
「ああ」
「話を聞かせてもらおう」
そこから、ティオを中心に説明が始まった。
遭遇した場所、魔獣の大きさ、魔獣の異様さ。
致命傷を受けてもなお動き続けたこと。
隊長は途中で何度か質問を挟みながら、部下に記録を取らせていた。
「……分かった」
全てを聞き終え、隊長が採取された外殻を見下ろす。
「これは軍で預からせてもらう。本部にも送って調査させる」
「冒険者ギルドの方にも報告したいから、全部持ってかれると困るんだが」
「それなら心配ない、ギルドの方にはこちらから報告して情報を共有しておこう」
「……そうか、じゃあ頼む」
「よろしくお願いします」
エメラも横で会釈をする。
「遭遇地点には調査隊を出す。周辺の街道にも警戒を出しておこう」
そこでエメラが何かを思い出した。
「あ、そうだコスチさん、ヴェルディアのロッド隊長はご存じですか?」
「知っているも何も……腐れ縁だ、ロッドがどうかしたか?」
それを聞くとエメラはガナで渡した紹介状とは別のモノを渡す。
封を切り、中へ目を通す。
読み進めるにつれて、隊長の表情が少しずつ険しくなった。
「相変わらず余計なことまで書いているな、あいつは……」
「仲が良いんですね」
「どこをどう見ればそうなる」
即答だった。
肩の上でダンテが小さく笑う。
「ロッド隊長も似たようなことを言っていたぞ」
「お前、喋るのか?」
「今そこか?」
隊長が目を見開いた。
「まあ、それは置いといてください」
「置いていいのか、それは……」
エメラは少し考える。
「あ。それと、紹介状とは別に伝言も預かっています」
「伝言?」
「はい」
エメラはロッドの顔を思い出した。
あの時だけ見せた、いたずらを思いついた子供のような笑みまで。
何となく嫌な予感がしたが、頼まれた以上は伝えなければならない。
「『蛙は克服できたのか』と」
沈黙。
隊長の動きが止まった。
「……」
「……隊長?」
「……あの野郎」
低い声だった。
「はい?」
「まだ覚えてやがったのか……!」
紹介状を握る手に力が入る。
「何年前の話だと思ってる! しかも人に伝言まで頼みやがって!」
先ほどまで威厳のあった隊長の姿は、完全に消えていた。
エメラとダンテが顔を見合わせる。
「本当に何があったんだ?」
「俺に聞くな」
「蛙が苦手なんですか?」
ルシオが興味津々といった様子で尋ねた。
「苦手ではない!」
隊長が即座に否定した。
「へえ」
「何だ、その顔は」
「いえ、別に」
「言っておくがな、別に怖いわけじゃないぞ」
「まだ何も言ってませんけど」
「……」
「怪しいな」
ダンテが呟いた。
「そこの喋る魔獣、余計なことを言うな」
「やっぱり苦手なんじゃないか」
「違う!」
隊長の声が詰め所に響いた。
ルシアがにやりと笑う。
「それならちょうどいいわ」
「何がだ」
「克服できたか、確かめてみましょうよ」
「……何を言っている?」
エメラはその動きを見て、嫌な予感がした。
「あ」
「ぐる?」
ルシオは鞄からゲログを取り出した。
「この子、ゲログっていうの。すっごく大人しいから大丈夫ですよ」
ルシアが両手でゲログを持ち上げる。
「ぐるっ」
ゲログが元気よく鳴くと、隊長の顔から血の気が引いた。
「――――」
隊長は驚き後ろへ飛びのく、背後にあった椅子へ脚がぶつかった。
ガタンッ!
「ちょ、近づけるな!」
「え?」
「近づけるなと言っている!」
先ほどまで巨大魔獣の報告を冷静に聞いていた男が、今は必死の形相で後退している。
「でも苦手じゃないんですよね?」
「苦手ではない!」
「じゃあ触ってみます?」
「それ以上近づけたら貴様を拘束するぞ!」
「職権濫用じゃないですか!」
「ぐる?」
「鳴かせるなぁぁぁっ!」
詰め所中に、隊長の絶叫が響き渡ったその瞬間、エメラはようやく理解した。
ロッドがあの時、あんなにも楽しそうに笑っていた理由を。
「……で、結局克服はできていない、と」
エメラが呟く。
「違う! あれは突然出されたから驚いただけだ!」
机を挟んだ向こう側から、コスチが必死に反論する。
いつの間にか、ルシアはゲログを再び鞄の中へ戻していた。
それでもコスチはしばらく警戒するように鞄を睨んでいる。
「もうしまいましたよ」
「本当だろうな?」
「はい」
「急に飛び出したりしないだろうな?」
「そんなことしませんって」
「ぐる」
「うおっ!?」
鞄の中から聞こえた鳴き声に、コスチの肩が跳ねた。
ルシアが口元を押さえる。
「……笑うな」
「笑ってません」
「顔が笑ってるだろうが」
「気のせいです」
エメラは小さく息を吐いた。
「ロッドさんには、いつか会ったときに克服できてなかったと伝えておきます」
「待て、それだけはやめろ」
「はい?」
先ほどまでとは打って変わって、コスチが真剣な顔で言った。
「絶対にだ」
「でも伝言の返事を――」
「返事はいらん!」
「そうなんですか?」
「いらん。あいつに余計な情報を与えるな」
コスチはそう言うと、頭痛でもするかのように額を押さえた。
「まったく……何年経っても人の弱みを忘れない奴だ」
「やっぱり仲が良いんじゃないか?」
ダンテが言う。
「だから違うと言っているだろう、ただの腐れ縁だ」
「それを世間では仲が良いと言うんじゃないのか」
「言わん」
即答だった。
ダンテは、それ以上追及するのをやめた。
これ以上話を続ければ、またコスチの機嫌が悪くなりそうだった。
「それじゃあ、俺たちはもう行っていいですか?」
「ああ」
コスチは一度咳払いをすると、乱れていた軍服を整える。どうやら隊長としての威厳を取り戻そうとしているらしい。
「魔獣の件はこちらで引き継ぐ。採取した外殻と肉片も預からせてもらう」
「頼む」
ティオが答える。
「遭遇地点についても、今日中に調査隊を出す予定だ。街道を利用する商人や冒険者にも注意を呼びかけておく」
「それがいいと思います」
エメラが頷いた。
あの魔獣が偶然あそこにいただけなのか。それとも、同じような個体が他にも存在するのか。
またはあの怪しい二人が関係しているのか、今の段階では何も分からない。
ただ一つ確かなのは、普通の魔獣として扱うには異質すぎる存在だったということだ。
「もし同じような魔獣を見つけても、無理に討伐しようとはするなと伝えてください」
エメラが言った。
「分かっている。君たちの話が事実なら、一般の兵士数人でどうにかなる相手ではない」
コスチも真剣な表情で頷いた。
「少なくとも、油断していい相手じゃないです」
「覚えておこう」
そこで話は一区切りとなった。
ティオたちが持ち込んだ魔獣の素材を兵士たちへ引き渡し、一行は詰め所の出口へ向かう。
「じゃあな、隊長さん」
「ああ。情報提供に感謝する」
ティオが軽く手を上げる。
エメラたちもそれに続いて外へ出ようとした。
「……それと」
背後からコスチの声が飛んでくる。
エメラが振り返った。
「何ですか?」
「ロッドには何も言うなよ」
「蛙のことですか?」
「声が大きい!」
詰め所の兵士たちが一斉にこちらを見る。
何人かは先ほどの騒ぎを見ていたため、必死に笑いを堪えていた。
コスチの額に青筋が浮かぶ。
「……さっさと行け」
「ははは……」
エメラは苦笑しながら詰め所を出た。




