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翠色のアルケミスト  作者: 蜂兎類
第4部 カルタ編
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48/63

ep48 蛙騒動

 カルタのアストリア軍詰め所は、街の中心部にあった。


 石造りの建物は周囲の商店より一回り大きく、正面にはアストリア連合国の紋章が掲げられている。


 中へ入ると、受付にいた兵士が顔を上げた。


「どうした?何か事件か?」


「街道で魔獣に遭遇してな。少し特殊な個体だったんで、こっちの方にも報告しといたがいいかと思ってな」


 ティオが答える。


「特殊?めずらしい個体だったってだけじゃないのか?」


「まあ、これをみてくれ」


 包みを机の上へ置く。


 布を少し開いた瞬間、兵士の表情が変わった。


 黒ずんだ外殻。

 魔獣のものにしては異様なほど硬く、ところどころに人工物を思わせる滑らかな断面がある。


「……何だ、これは」


「分からないから持ってきたんだ」


 ティオが答える。


「体長は10メトルを超えていた。まあ、そこまではそんなに珍しいもんじゃないが、脚が8本。全身を硬い外殻で覆われていて、身体の内側は異常な高温だった」


「足が8本……?」


「しかも、普通の魔獣とは少し違う」


 兵士が視線を向ける。


「どう違う?」


「なんというか……生き物らしくないというか」


「生き物らしくない?」


「ああ、明らかに致命傷であろうと動きが鈍ることがなかった。どてっぱらに大穴が貫通しても元気に動いていたよ」


 兵士の顔から、完全に軽さが消えた。


「……わかった。少し待っていろ」


 そう言い残し、奥へ駆けていく。


 数分もしないうちに、軍服を着た男が現れた。


 年齢は40代半ばほど。


 短く切った髪に、日に焼けた肌。


 腰には剣を下げているが、見るからに前線の兵士というより、人をまとめる立場の者だと分かる。


「私がこの詰め所を預かっている、憲兵隊長のコスチだ。魔獣を持ち込んだのは君たちか」


「ああ」


「話を聞かせてもらおう」


 そこから、ティオを中心に説明が始まった。


 遭遇した場所、魔獣の大きさ、魔獣の異様さ。


 致命傷を受けてもなお動き続けたこと。


 隊長は途中で何度か質問を挟みながら、部下に記録を取らせていた。


「……分かった」


 全てを聞き終え、隊長が採取された外殻を見下ろす。


「これは軍で預からせてもらう。本部にも送って調査させる」


「冒険者ギルドの方にも報告したいから、全部持ってかれると困るんだが」


「それなら心配ない、ギルドの方にはこちらから報告して情報を共有しておこう」


「……そうか、じゃあ頼む」


「よろしくお願いします」


 エメラも横で会釈をする。


「遭遇地点には調査隊を出す。周辺の街道にも警戒を出しておこう」


 そこでエメラが何かを思い出した。


「あ、そうだコスチさん、ヴェルディアのロッド隊長はご存じですか?」


「知っているも何も……腐れ縁だ、ロッドがどうかしたか?」


 それを聞くとエメラはガナで渡した紹介状とは別のモノを渡す。


 封を切り、中へ目を通す。


 読み進めるにつれて、隊長の表情が少しずつ険しくなった。


「相変わらず余計なことまで書いているな、あいつは……」


「仲が良いんですね」


「どこをどう見ればそうなる」


 即答だった。


 肩の上でダンテが小さく笑う。


「ロッド隊長も似たようなことを言っていたぞ」


「お前、喋るのか?」


「今そこか?」


 隊長が目を見開いた。


「まあ、それは置いといてください」


「置いていいのか、それは……」


 エメラは少し考える。


「あ。それと、紹介状とは別に伝言も預かっています」


「伝言?」


「はい」


 エメラはロッドの顔を思い出した。


 あの時だけ見せた、いたずらを思いついた子供のような笑みまで。


 何となく嫌な予感がしたが、頼まれた以上は伝えなければならない。


「『蛙は克服できたのか』と」


 沈黙。


 隊長の動きが止まった。


「……」


「……隊長?」


「……あの野郎」


 低い声だった。


「はい?」


「まだ覚えてやがったのか……!」


 紹介状を握る手に力が入る。


「何年前の話だと思ってる! しかも人に伝言まで頼みやがって!」


 先ほどまで威厳のあった隊長の姿は、完全に消えていた。


 エメラとダンテが顔を見合わせる。


「本当に何があったんだ?」


「俺に聞くな」


「蛙が苦手なんですか?」


 ルシオが興味津々といった様子で尋ねた。


「苦手ではない!」


 隊長が即座に否定した。


「へえ」


「何だ、その顔は」


「いえ、別に」


「言っておくがな、別に怖いわけじゃないぞ」


「まだ何も言ってませんけど」


「……」


「怪しいな」


 ダンテが呟いた。


「そこの喋る魔獣、余計なことを言うな」


「やっぱり苦手なんじゃないか」


「違う!」


 隊長の声が詰め所に響いた。


 ルシアがにやりと笑う。


「それならちょうどいいわ」


「何がだ」


「克服できたか、確かめてみましょうよ」


「……何を言っている?」


 エメラはその動きを見て、嫌な予感がした。


「あ」


「ぐる?」


 ルシオは鞄からゲログを取り出した。


「この子、ゲログっていうの。すっごく大人しいから大丈夫ですよ」


 ルシアが両手でゲログを持ち上げる。


「ぐるっ」


 ゲログが元気よく鳴くと、隊長の顔から血の気が引いた。


「――――」


 隊長は驚き後ろへ飛びのく、背後にあった椅子へ脚がぶつかった。


 ガタンッ!


「ちょ、近づけるな!」


「え?」


「近づけるなと言っている!」


 先ほどまで巨大魔獣の報告を冷静に聞いていた男が、今は必死の形相で後退している。


「でも苦手じゃないんですよね?」


「苦手ではない!」


「じゃあ触ってみます?」


「それ以上近づけたら貴様を拘束するぞ!」


「職権濫用じゃないですか!」


「ぐる?」


「鳴かせるなぁぁぁっ!」


 詰め所中に、隊長の絶叫が響き渡ったその瞬間、エメラはようやく理解した。


 ロッドがあの時、あんなにも楽しそうに笑っていた理由を。


「……で、結局克服はできていない、と」


 エメラが呟く。


「違う! あれは突然出されたから驚いただけだ!」


 机を挟んだ向こう側から、コスチが必死に反論する。


 いつの間にか、ルシアはゲログを再び鞄の中へ戻していた。


 それでもコスチはしばらく警戒するように鞄を睨んでいる。


「もうしまいましたよ」


「本当だろうな?」


「はい」


「急に飛び出したりしないだろうな?」


「そんなことしませんって」


「ぐる」


「うおっ!?」


 鞄の中から聞こえた鳴き声に、コスチの肩が跳ねた。


 ルシアが口元を押さえる。


「……笑うな」


「笑ってません」


「顔が笑ってるだろうが」


「気のせいです」


 エメラは小さく息を吐いた。


「ロッドさんには、いつか会ったときに克服できてなかったと伝えておきます」


「待て、それだけはやめろ」


「はい?」


 先ほどまでとは打って変わって、コスチが真剣な顔で言った。


「絶対にだ」


「でも伝言の返事を――」


「返事はいらん!」


「そうなんですか?」


「いらん。あいつに余計な情報を与えるな」


 コスチはそう言うと、頭痛でもするかのように額を押さえた。


「まったく……何年経っても人の弱みを忘れない奴だ」


「やっぱり仲が良いんじゃないか?」


 ダンテが言う。


「だから違うと言っているだろう、ただの腐れ縁だ」


「それを世間では仲が良いと言うんじゃないのか」


「言わん」


 即答だった。


 ダンテは、それ以上追及するのをやめた。


 これ以上話を続ければ、またコスチの機嫌が悪くなりそうだった。


「それじゃあ、俺たちはもう行っていいですか?」


「ああ」


 コスチは一度咳払いをすると、乱れていた軍服を整える。どうやら隊長としての威厳を取り戻そうとしているらしい。


「魔獣の件はこちらで引き継ぐ。採取した外殻と肉片も預からせてもらう」


「頼む」


 ティオが答える。


「遭遇地点についても、今日中に調査隊を出す予定だ。街道を利用する商人や冒険者にも注意を呼びかけておく」


「それがいいと思います」


 エメラが頷いた。


 あの魔獣が偶然あそこにいただけなのか。それとも、同じような個体が他にも存在するのか。


 またはあの怪しい二人が関係しているのか、今の段階では何も分からない。


 ただ一つ確かなのは、普通の魔獣として扱うには異質すぎる存在だったということだ。


「もし同じような魔獣を見つけても、無理に討伐しようとはするなと伝えてください」


 エメラが言った。


「分かっている。君たちの話が事実なら、一般の兵士数人でどうにかなる相手ではない」


 コスチも真剣な表情で頷いた。


「少なくとも、油断していい相手じゃないです」


「覚えておこう」


 そこで話は一区切りとなった。


 ティオたちが持ち込んだ魔獣の素材を兵士たちへ引き渡し、一行は詰め所の出口へ向かう。


「じゃあな、隊長さん」


「ああ。情報提供に感謝する」


 ティオが軽く手を上げる。


 エメラたちもそれに続いて外へ出ようとした。


「……それと」


 背後からコスチの声が飛んでくる。


 エメラが振り返った。


「何ですか?」


「ロッドには何も言うなよ」


「蛙のことですか?」


「声が大きい!」


 詰め所の兵士たちが一斉にこちらを見る。


 何人かは先ほどの騒ぎを見ていたため、必死に笑いを堪えていた。


 コスチの額に青筋が浮かぶ。


「……さっさと行け」


「ははは……」


 エメラは苦笑しながら詰め所を出た。

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