ep47 交易都市の夕暮れ
エメラ達はカルタの街に到着した頃は、日が沈む前、どの家庭も夕餉の支度にいそしみ。働きに出る者たちは帰り支度をするような時間帯だった。
街道の先に高い外壁が現れ、その向こうにはいくつもの尖塔と、立ち並ぶ建物の屋根が見える。
街へ近づくにつれ、行き交う馬車の数も一気に増えていった。
鉱石を積んだ荷車。果物を山のように積み上げた馬車。見たこともない色の布を載せた商隊。
交易都市と呼ばれるだけあって、人も物もこれまで通ってきた街とは比べものにならないほど多い。
「やっと着いた……」
ルシオが荷台の壁にもたれ、大きく息を吐いた。
「長かったな」
ティオも疲れたように首を回す。
ビヨルドは何も言わなかったが、その表情にはわずかに安堵が見えた。
「ぐる」
ルシオの鞄の中からビョルグが顔を出す。
「お前はほとんど寝てただろ」
ダンテが呆れたように言った。
「ぐるる」
「まあ、確かにな」
「何だって?」
ルシオが興味津々に尋ねる。
「寝るのも仕事だ、と」
「そんなこと言ってるの?ゲログ」
「俺にはそう言った」
「便利ね、その通訳」
「お前も魔獣語を覚えたらいい」
「いつかは覚えるつもりよ、そのために今は冒険者でお金を貯めてるんだから」
「お金を貯めるのと魔獣語と何か関係あるんですか?」
「関係大ありよ、私はお金を貯めていつかエルドランに行くの」
「そこは学術都市があって魔術の研究が盛んなのよ。そこ魔獣語の魔術所を買うのが目標なのよ」
「わざわざそこまでいかなくてもジルヴェント商会に頼めば取り寄せてもらえるって何度も言ってるんだがな」
ティオが呆れた様子で口を挟む。
「それじゃ面白くないじゃない、何かこう……達成感に欠けるのよ」
「わからんなー、エルドランまで行くなんて渡航費も時間も馬鹿にならないんだぞ?」
「知ってるわよそのくらい」
「ちゃんと一人で行ってくるんだぞ、めんどくさいから」
「えーっ、可愛い妹に遠い大陸まで一人旅させる気?」
「妹!?」
エメラは思わず声を上げた。
「何をいまさら言ってるのエメラ?あれ?言ってなかったっけ?」
「いや、全くそういうことは聞いてないです……もしかして3人とも兄弟なんですか?」
「いや、ビヨルドは俺の幼馴染でな、俺たちが冒険者になるって言ったら心配だからってついてきてくれたんだ」
「ビヨルドは無口だけどすごく優しいんだよ、どっかの兄よりもね」
「馬鹿か、冒険者稼業でそんな甘やかしていて生きていけるか」
ティオが呆れたように肩をすくめる。
「甘やかせなんて言ってないわよ。もう少しくらい妹に優しくしてもいいでしょ?」
「十分優しくしてるだろ」
「どこが?」
「この前だって装備の手入れしてやったじゃないか」
「あれは助かったけど……そのあとずっと恩着せがましかったじゃない」
「礼の1つくらい欲しかっただけだ」
「ちゃんと言ったでしょ。ありがとうって」
「声が小さかった」
「そこまで求める?」
ルシオが呆れたように笑う。
「だいたいティオって、昔からそういうところあるのよ」
「また昔の話か?」
「私のお菓子を勝手に食べたこととか」
「まだ覚えてるのかよ」
「覚えてるわよ。最後の1個だったんだから」
「何年前だ、それ」
「8年前」
「よく覚えてるな……」
ティオが感心半分、呆れ半分といった顔をする。
「大事なことは忘れないの」
「お菓子がそんなに大事だったのか」
「当時の私には大事だったの!」
「はいはい、悪かったよ」
「その言い方がちょっと適当なのよ」
「ちゃんと謝っただろ」
「今のは半分くらいしか気持ち入ってなかった」
「厳しいな、お前」
エメラはそんな2人のやり取りを眺めながら、ふと向かいへ目をやった。
ちょうどビヨルドもこちらを見ていた。
一瞬、目が合う。
ビヨルドの表情は相変わらず静かだったが、その口元がほんの少しだけ緩んでいる。
エメラもつられるように苦笑した。
「……いつもこんな感じなんですか?」
小声で尋ねる。
「ああ」
ビヨルドは短く答えたあと、まだ言い合っている兄妹へ視線を向けた。
「今回はエメラがいたから、これでも鳴りを潜めていた方だ」
「これでですか?」
「ああ。こんな兄妹喧嘩はしょっちゅうだ」
「兄妹喧嘩ってほどじゃないでしょ!」
ルシオがすぐに反応する。
「そうだぞ。ただの会話だ」
ティオも続いた。
ビヨルドは2人を見て、それからエメラを見る。
「……だそうだ」
「なるほど」
エメラが笑う。
「何よ、その納得した顔」
「いや、仲がいいんだなと思って」
そんな会話を交わしている間にも馬車は進み、やがてカルタの門をくぐった。
検問を済ませると、アミールはそのまま商業区へ馬車を進めていく。
そして大きな倉庫が並ぶ一角で、ようやく馬車が止まった。
「到着だ……疲れた」
カルルが手綱を緩める。
その声を聞いた瞬間、全員がそれぞれに息を吐いた。
長い強行軍が、ようやく終わったのだ。
エメラも荷台から降り、大きく背筋を伸ばした。
「んん……っ」
「爺臭いぞ」
「ずっと馬車に揺られてみろ。こうもなる」
「俺もずっと揺られていたが」
「ほとんど寝てただろ、お前も」
ダンテは聞こえなかったふりをして毛繕いを始めた。
その横でカルルは馬車から降りると、真っ先に灰銀馬たちの様子を確かめていた。
脚を撫で、蹄を確認し、鼻先に手を当てる。
もう一台の馬車からアミールが降りてきて、エメラの元へと近づいてくる。
「エメラ」
「はい?」
呼び止められ、エメラが振り返る。
アミールは少し言いにくそうに頭を掻いた。
「……世話になった」
「こちらこそ」
「いや、そういう意味じゃねえ」
アミールは首を振った。
それから、一度馬車を見た。
「正直に言うとな。最初はお前が増えたところで、大して変わらんと思ってた」
「そうなんですか?」
「ああ。若いし、御者もできねえ。見た目だって、そこまで腕の立つ冒険者には見えなかったからな」
「結構言いますね」
「だから正直に言ってるんだ」
アミールは苦笑する。
だが、その表情はすぐに真剣なものへ変わった。
「あの化け物が出た時……俺は終わったと思った」
エメラの顔からも笑みが消えた。
「あれまで何度もこの道を走ってきた。魔獣に襲われたことだってある。だが、あんな奴は見たことがねえ」
「腕利きの護衛が3人いたところで、どうにもならなかった。お前がいなかったら……俺たちはここには着いてねえ」
ティオたちも、その言葉には何も挟まなかった。
事実、あの魔獣は異常だった。あの3人だけではとても太刀打ち出来なかっただろう。
まあ、核心をいうのならば、エメラがいなければ出会わなかったであろう魔獣ではあったのだが……
「見直したよ、強いんだな、てっきりグレゴールさんにうまいこと取り入っただけの奴だと思っていた」
アミールが言った。
「……ありがとうございます」
「冒険者ランクも2だったしな、そんな冒険者を護衛として信用しない方が一般的だ」
「それはホントにすみません」
「でも、結果的には命を救われた形になったな、助かったよ」
エメラは少し照れくさそうに頭を掻いた。
そして一拍置いてから、アミールを見た。
「じゃあ、俺からも1ついいですか」
「何だ?」
「次から、護衛を増やしてください」
アミールが目を瞬いた。
「今回の人数じゃ足りません」
エメラははっきりと言った。
「今まで大丈夫だったから、次も大丈夫だとは限らない。あんな魔獣がもういないとも言い切れません」
「……そうだな」
「俺がいたから助かった、で終わらせたら駄目です」
少し厳しい言い方だったが、アミールは反論しなかった。
「今回は全員生きてカルタに着けた。でも、あの魔獣がもう1体いたら分からなかった。それにもし、もっと狡猾に攻撃されていたら被害はさらに甚大だったかもしれない」
「護衛代を惜しんで死んだら、それまでです。もう少し余裕を持った人数にした方がいいと思います」
「……分かった」
返ってきた言葉は短かった。そこに反発はない、今回の件は特に何か思うことがあったのだろう。
「今までなら、余計な出費だって俺も反対してただろうけどな」
「目の前であんなもん見せられちゃ、もうケチなことは言えねえ。命あってのなんちゃらだ」
アミールは苦笑しそして右手を差し出した。
「またどこかで会おう」
エメラもその手を握る。
「はい。次に会った時は、もう少しのんびりした道中だといいですね」
「俺もそう願うよ」
2人は笑って手を離す。アミールは振り向かずに馬車に乗り、おそらく荷物を納品するであろう場所へと馬車を走らせた。
馬車からエメラ達から離れると、その肩へダンテが飛び乗った。
「随分と偉そうな忠告をしたな」
「だって必要だろ?人は死んだらそこまでだ」
「まあな」
ダンテは一度振り返り、アミールの馬車を見た。
「だが、聞く耳を持つ人でよかった」
「そうだな」
エメラはもう一度振り返り、ティオたちの方へ向き直る。
「それじゃ、行きましょうか」
「ああ。まずは報告だな」
あの魔獣から採取した外角と肉片、本来なら冒険者ギルドへ持ち込むところだが、今回の魔獣は明らかに普通ではない。
街道の安全にも関わる。
まずアストリア軍へ報告するべきだということで、全員の意見は一致していた。




