ep44 ヴェルディア再調査 背後に潜む影
鉱山組合へ戻ると、グレゴールと憲兵隊長が奥の資料室で待っていた。
広い机の上には、何冊もの帳簿や書類の束が並べられている。木箱も2つ置かれ、蓋には憲兵隊の封印が施されていた。
「カールから話は聞けたかの?」
グレゴールが尋ねる。
「はい。本人が覚えている範囲で、詳しく証言していただきました」
マリアは手帳を取り出した。
「カールは家族の命を盾に脅迫され、日中は通常どおり鉱山で働きながら、夜間に鉱石や道具を運ばされていました」
グレゴールの顔に苦痛が浮かぶ。
「やはり、自分の意思で盗んでおったわけではなかったか」
「少なくとも、本人の証言はそうなっています。さらに、心身が限界に達した後、ファスから飲み物を継続的に与えられています」
「飲み物?」
「服用すると疲労が消え、劇的に身体が動くようになる一方、徐々に思考力と判断力を失ったそうです。最後には記憶も途絶え、ファスの命令へ逆らえない状態になっています」
憲兵隊長が机の上に置かれた小箱へ目を向けた。
「それに関係しているかは分かりませんが、ファスの部屋から似たものが見つかっています」
憲兵隊長が小箱の封印を確認してから蓋を開ける。
中には布で包まれた小さな瓶が3本収められていた。
2本は空で、残る1本には黒に近い紫色の液体が僅かに残っている。
「机の奥に隠されていました」
「カールが話していたものと、色は一致しますね」
マリアは瓶へ顔を近づけたが、直接触れようとはしなかった。
「匂いは確認しないのか?」
ガヴロックが横から覗き込む。
「吸い込んだだけで影響が出る可能性もあります」
「そんな危ない物を、よく平然と持って帰ろうと思えるな」
「だから封をして運ぶのです」
「これも俺が持つのか?」
「隊長には帳簿の入った箱をお願いします」
「どうして最初から俺が荷物持ちになることが決まっているんだ」
「私より力があるからです」
「もっと敬意の籠もった頼み方はできないのか?」
「頼りにしています、隊長」
マリアは微笑みながら言った。
ガヴロックが一瞬だけ満足そうな顔をする。
「仕方ないな。そこまで言われたら持ってやる」
「単純だな」
ガレスが呟いた。
「何か言ったか?」
「何も」
マリアは瓶の入った箱を閉じ、改めて封印の状態を確認した。
「これは軍の薬術研究部門へ提出します。成分が残っていれば、作用を調べられるでしょう」
「ほかの資料も説明しておこう」
グレゴールが机の前へ移動し、何かを渡してきた。
最初に差し出されたのは、鉱石の搬出量を記録した帳簿だった。
「こちらが組合へ提出されていた正式な帳簿。そして、こちらがファスの部屋から見つかったものじゃ」
2冊の帳簿を並べると、同じ日付でありながら鉱石の数量が異なっていた。
「表向きの帳簿では、すべて正規の取引先へ送られたことになっておる。しかし、実際の採掘量と照合すると、少しずつ不足しておった」
「長期間にわたり、少量ずつ抜き取っていたのですね」
マリアがページをめくる。
「一度の量を少なくし、誤差や紛失として処理できる範囲に抑えていた」
「そうじゃ。儂も最初は、集計の誤りだと思っておった」
次にグレゴールが出したのは、運送業者への支払い記録だった。
「ここに書かれている商会や運送業者を調べたが、半数以上は存在しなかった」
「架空の取引先ですか」
「おそらくの。支払われた金は、いくつもの名義を経由して外部へ流れておった」
マリアは支払日と金額を手帳へ控えていく。
「送金先は特定できましたか?」
「最後までは追えなかった。ただ、取引の記録には何度も西を示す記号が使われておる」
「西方司令部との関係を示すものかもしれませんね」
「断定はできんがの」
さらに、術式を刻むための金属棒、魔石の粉末、特殊な顔料を購入した記録も残されていた。
いずれも通常の鉱山作業では必要とされない品ばかりだった。
「購入時期は、坑道に5つの魔方陣が配置された時期と重なっている可能性があります」
マリアが書類を見比べる。
「カールが夜間に運んでいた箱の中身とも一致します」
「トルクに渡すために、ファスが用意したんだろうな」
ガレスの声に怒りが滲む。
「人の金と、人の鉱石を使って、街と鉱山を壊す準備をしていたってわけか」
ガヴロックは帳簿を覗き込みながら、大きく息を吐いた。
「数字ばかりで目が痛くなってきた」
「まだ半分も確認していません」
「今日は坑道を歩き回って、カールの話を聞いて、今度は帳簿だぞ。少しくらい頭を休ませてもいいだろう」
「隊長は先ほど、カールにまともなことを言った分の休息をすでに取っています」
「まともな発言をすると疲労扱いされるのか、俺は」
憲兵隊長が笑いを堪えるように口元へ手を添えた。
ガヴロックはその様子を見逃さなかった。
「笑っているだろ」
「いえ、そのようなことは」
「敬語で誤魔化すな」
マリアは2人を無視し、残る書類を確認していく。
ファスが使っていた部屋の出入りの記録。
作業員の配置を変更した命令書。
使用されていない坑道を立入禁止にした書類。
いずれも、トルクが人目を避けて魔方陣を設置できるよう、意図的に作業の流れを変えた痕跡だった。
「こちらは、机の隠し板の中から見つかったものじゃ」
グレゴールが最後に、数枚の紙を取り出した。
紙には名前ではなく、数字と短い記号だけが並んでいる。
その端には、黒い鳥のような印が押されていた。
「この印に見覚えは?」
マリアが尋ねる。
グレゴールと憲兵隊長は、そろって首を横に振った。
「組合の印ではない」
「憲兵隊でも使っておりません」
「軍へ持ち帰り、情報部に照会します」
マリアは印の形を手帳へ写した。
続く紙には、短い文章が記されている。
『準備完了後、報告は西方へ』
その下には、別人が書き加えたと思われる文字があった。
『次の指示を待て』
署名はない。
だが、ファスが個人の思惑だけで動いていたわけではないことを示すには、十分な内容だった。
「やはり、背後にでかい組織がいる」
ガヴロックが低い声で言った。
「しかも、鉱山1つを潰すためだけに、これだけの準備をしている。目的はヴェルディアだけじゃなさそうだな」
「同感です」
マリアは紙を証拠用の袋へ収めた。
「西方司令部と、エリシアという人物。この印も含め、アストリアで調べる必要があります」
「持っていってくれ」
グレゴールが言った。
「必要であれば原本を渡す。組合には控えを残しておる」
「資料の一覧と、発見場所の記録はありますか?」
「憲兵隊の方で作成しております」
憲兵隊長が綴じられた書類を差し出した。
「発見した日時、場所、発見者、封印後に扱った者を記録しております」
「十分です。引き渡しの記録にも署名します」
マリアは1点ずつ資料を確認し、受領書へ署名した。
最後に白狼隊の印を押し、すべての箱へ新たな封印を施す。
「これで、軍へ到着するまで私どもの管理下に置かれます」
「これもしかしてアストリアまで持って帰るのか?なかなか大荷物になるな」
ガヴロックが積み上がった荷物を見ながら言った。
「雷狼に分けて載せます」
「俺が全部背負うわけじゃないんだな」
「隊長が望むなら、お任せしますが」
「雷狼に載せよう。あいつらは力持ちだからな」
「その分道中何かあったらお任せしますね」
「道中のやっかいごとは得意だからな。適材適所だ」
まるで子供をあやすようなマリアと、まるで子供のようなガヴロックをみながら、憲兵隊長は笑いを堪えるのに必死だった。
「ガヴロック隊長、これからどうされるのですか?」
「ひとまずこの大荷物をアストリアに運ぶかな。その後は少し休暇をもらってもいいくらいだよなマリア?」
「ですね、少し私も疲労が溜まっているのを感じます。任務とお守りで」
「お守りって誰のことだ?」
「自覚がないのであれば、説明しても無駄でしょう」
「俺の周りに、そんなに手のかかる奴がいたか?」
ガヴロックが本気で考え込む。
憲兵隊長はとうとう耐えきれず、口元を手で覆った。咳払いで誤魔化そうとしたものの、肩が小さく揺れている。
「何がおかしい?」
「いえ、失礼しました。お二人は随分と息が合っていらっしゃると思いまして」
「長い付き合いだからな」
「隊長、その言い方は余計な誤解を招きます」
「長い付き合いなのは事実だろ?」
「事実であっても、言い方というものがあります」
「なら、長年俺の面倒を見てくれている副官だ」
「それでは私が隊長の世話係のようではありませんか」
「違うのか?」
「違います」
マリアは即答したが、憲兵隊長は何も言わずに視線を逸らした。
「じゃあそろそろ出るぞ」
「今から出ますか?隊長そんなに仕事熱心でした?」
「いや……ガナの羊ステーキが食べたい」
「ああ、あそこですね渡り鳥亭の」
「そうだ、そこだ」
そう言うとグレゴールと向き合う。
「短い間だったが、世話になった。ガレスにもよろしく伝えておいてくれ」
「ああ、伝えておこう。お前たちも気をつけろよ」
「俺たちより、自分たちの心配をしとけ。ヴェルディアはまだ完全に安全になったわけじゃねえんだからな」
ガヴロックは軽く手を上げると、街の門へ歩き出した。
そこで見送りに来ていた憲兵隊長へ顔を向ける。
「ロッド」
「はい」
「ヴェルディアのことは任せたぞ。ファスってやつがいなくなったとはいえ、これですべて終わったとは限らねえ。鉱山だけじゃなく、街の外や街道にも目を配っておけ」
「承知してます。こちらで警戒を続けます」
「それと、妙な魔獣や見慣れない痕跡を見つけたら、すぐ伝令板で報告しろ。自分たちだけでどうにかしようとするなよ」
「肝に銘じます」
「頼んだぞ」
門の外では、2頭の雷狼が主人たちを待っていた。
ファングとディーオは出発の気配を察したのか、低く身を伏せる。ガヴロックとマリアがそれぞれの背へ乗ると、雷狼たちは力強く地面を蹴った。
夕闇に包まれた街道を、2頭の雷狼が駆け抜けていく。




