ep42 五つの痕跡を追って
ガヴロックを適当に相手しながら、作業は進んでいく。
色々な角度から魔法陣を写す、周りの空間を写す時に途中ガヴロックが笑顔で映り込んで来るのを無視しつつ淡々と仕事をこなした。
術式全体が入るように少し離れ、次に外周、中心部、削り取られた箇所と、位置を変えながら記録していく。
周囲の壁や天井も写していると、途中でガヴロックが満面の笑みを浮かべながら単眼鏡の前へ顔を出した。
「隊長、退いてください」
「俺も記録しておいた方がいいんじゃないか?」
「必要ありません」
「後で見返した時に、誰が調査したか分かりやすいだろう」
「隊長の顔が写っているせいで、肝心の壁面が見えなくなります」
マリアは淡々と言い放ち、何事もなかったように角度を変えて撮り直した。
「少しくらい愛想よくしてもいいだろうに」
「調査記録に愛想は必要ありません」
ガヴロックを無視しながら一通りの記録を終えると、マリアは再び魔法陣の外周へしゃがみ込んだ。
削られた線の跡を目で追い、途中で手帳を開く。先ほど写し取った簡単な図へ、中心から外側へ向かって伸びる線を書き加えていった。
「どうした?」
ガヴロックが隣から手帳を覗き込む。
「近いです」
「見えないんだから仕方ないだろ」
「反対側から見てください」
マリアはガヴロックの顔を手で押し退けると、魔法陣の縁に残っている5本の細い溝へ視線を戻した。
「相克魔法陣、そういうことね」
「この魔法陣、ここだけでは完結していないため、他の部分も調査が必要です」
「何?」
ガレスも近くまで歩み寄った。
「中心部へ向かう術式とは別に、外側から何かを引き込む線が5本あります。削られている箇所が多いので断定はできませんが、おそらく別の場所からマナを供給していたのでしょう」
「別の場所ってのは、この部屋の外か?」
「その可能性が高いです」
マリアは床に刻まれた細い溝へ指を近づけた。
溝は外周から壁際へ向かい、途中で岩盤の下へ潜り込むように消えている。
「中心の魔法陣だけで、この規模の術式を維持するのは難しい。複数の属性を衝突させるのであれば、なおさら安定した供給源が必要になります」
「つまり、この鉱山のどこかに同じような魔法陣があるってことか?」
「同じものではないでしょう。中心へマナを送り込むための核、あるいは起点となる術式です」
「いくつある?」
「5つです」
マリアは手帳へ書き込んだ5本の線を示した。
「中心から伸びている術式の数と一致します」
ガレスが険しい表情で周囲を見回した。
「そんなものが鉱山の中にあるなんて話は聞いてないぞ。事故の後も坑道は一通り調べたが、妙な魔法陣が見つかったという報告はない」
「見つからないように隠しているのでしょう」
「場所は分かるのか?」
ガヴロックに尋ねられ、マリアは即答せずに中心の魔法陣へ視線を落とした。
「正確には分かりません」
「また分からないのか」
「ですが、探す方法はあります」
マリアは立ち上がり、壁際まで歩いた。
魔法陣から伸びる溝が消えている場所へ手を当て、しばらく目を閉じる。
「術式そのものは停止していますが、長期間マナが流れていたのであれば、地中や岩盤に僅かな痕跡が残っているはずです。中心からおおよその方向を割り出し、地脈、坑道の位置、空気や地下水の流れと照らし合わせます」
「お前、古い魔法陣は専門外なんじゃなかったのか?」
「術式の内容を解析するのは専門外です。ただし、残留マナを追跡し、隠された術者や魔道具を探すのは索敵術の範囲です」
「なるほど。いつもの勘ってやつか」
「知識と経験に基づいた推測です。隊長の勘と一緒にしないでください」
「俺の勘もよく当たるぞ」
「危険な場所と面倒事に関しては認めます」
ガヴロックは何か言い返そうとしたが、思い当たることが多かったのか、黙って頭を掻いた。
「どれくらいかかる?」
ガレスが尋ねる。
マリアは手帳に鉱山の簡単な見取り図を書きながら答えた。
「鉱山全体の地図を確認しなければ分かりません。ただ、中心から伸びる方向だけを頼りに探すことになります。少なくとも、今日中に終わる作業ではありません」
「崩落で通れなくなっている坑道もある。迂回路を使わなければならない場所も多いぞ」
「では、さらに時間が必要ですね」
「マリア、俺は腹が減ったぞ」
「携帯食がまだ残っています」
「あれは美味しくないから嫌だ」
「美味しかったら、隊長が初日に全部食べてしまうので駄目です」
「食事くらい楽しませてくれよ」
「携帯食とはそういうものですよ、今日はここまでにしましょう」
マリアが手帳を閉じた。
「ようやくか」
ガヴロックが腕を下ろし、肩を回した。
「明日から、残りの5つの核を探します」
「明日だけで終わるのか?」
「終わらないでしょうね」
「嫌なことを迷いなく言うな」
「根拠もなく期待を持たせるよりは親切でしょう?」
坑道を出た頃には、山の向こうへ日が沈みかけていた。
その日の調査はそこで終了となり、ガヴロックとマリアはグレゴールが手配した宿へ入った。
食事を終えて部屋へ戻ると、マリアはすぐに机へ手帳を広げた。
ガヴロックは隣の寝台へ腰を下ろし、靴を脱ぐ。
「風呂に入りたい」
「先ほど入りましたよね」
「あれは身体を洗っただけだ。俺が求めているのは、熱い湯に肩まで浸かって、鉱山で削られた心と身体を癒やす時間だ」
「この任務が終われば少し休暇をもらいましょう。その際に温泉でもいかれてはどうでしょうか?」
「ひとまず明日も早いので、先に休んでいてください」
「お前は寝ないのか?」
「今日の記録を整理します。それから、ガレスさんに借りた鉱山の見取り図と、魔法陣から伸びていた術式の方向を照合します」
「そんなの明日でいいだろう。早く寝ようぜ」
「この後、本日の報告書の作成も残っています。その分は隊長にお任せしても?」
「駄目だ。それを俺が書いたら、いつまでも駄目出しを食らって睡眠時間がなくなっちまう」
「分かっています。ですので報告書は私が作成しますが、部隊に戻った後は書き方を学んでもらいますからね」
「書き物は苦手なんだけどな」
「今日起こったことを整理し、文章にするのも必要な訓練です」
「分かった、分かった。先に寝ておくぞ」
ガヴロックは毛布を頭まで被った。
しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえ始める。
相変わらず寝つきがいい。
マリアは小さく息を吐くと、中心の魔法陣から伸びていた5本の線を、鉱山の見取り図へ書き込んでいった。
翌日から、マリアは中心の魔法陣に残された5本の術式を手掛かりに、鉱山内へ隠された核の捜索を始めた。
捕らえたトルクから設置場所は口頭で聞き出していた。だが、その説明は「古い運搬路の奥」や「東側の通風路付近」といった曖昧なものばかりだった。
広大な鉱山の中から、それだけを頼りに一点を探し当てるのは容易ではない。
さらに事件の際に起きた崩落によって、一部の坑道は塞がれ、支柱や設備の位置まで変わっている。トルクが設置した当時と同じ道をたどることもできなかった。
見取り図を広げていたガヴロックが、不満そうに顔をしかめる。
「そいつを連れてくればよかったじゃねえか。自分で置いた場所なら、案内くらいできるだろ」
「トルクはすでにアストリアへ送致されている途中です。今から引き返させれば、到着を待つだけで数日はかかります」
「いいじゃないか。その分、ゆっくりしようぜ」
「その間に、きっと別の指令を入れられますよ」
「馬車馬のように働かせられるな」
「隊長が大臣を殴っていなければ、こんなことにはなっていませんでしたよね」
「よし、マリア。やるぞ」
ガヴロックは後ろめたさを感じ、急に姿勢を正すと、見取り図を覗き込んだ。
「次はどこを探せばいい?」
「都合が悪くなった途端に働く気を出さないでください」
「過ぎたことを悔やんでも仕方ないだろ。前向きにいこうぜ」
「隊長の場合は、反省から逃げているだけです」
マリアはため息をつきながら、見取り図の一角を指した。
「まずは古い運搬路です。トルクの証言と、中心から伸びていた残留マナの方向が一致しています」
「そこにあるんだな?」
「可能性が高いというだけです」
「外れたら?」
「次を探します」
「気の遠くなる仕事だな」
マリアはトルクの証言を鉱山の見取り図へ書き込み、中心から伸びる残留マナの方向や、地脈、地下水の流れと照らし合わせながら候補地を絞っていった。
核地なる魔法陣はどれも巧妙に隠されていた。
1つ目は、使われなくなった運搬路の木箱の下。
2つ目は、東側の通風路に貼られた石板の裏。
3つ目は、採掘を終えた横穴の最奥。
4つ目は、地下水が流れる排水路の床下。
最後の1つは、古い坑道を支える支柱の裏側に刻まれていた。
場所を聞いていることと、実際に見つけ出すことはまるで違った。
崩落した坑道を迂回し、危険な場所では作業員に足場を補強してもらいながら進んだため、5つすべてを探し当てるまでに4日を要した。




