ep40 ヴェルディア再調査 ガヴロックとマリア1
ヴェルディアに着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
雷狼二頭が街の入り口に差し掛かると、門番が一瞬身構えたが、ガヴロックが身分証を見せると通してくれた。雷狼は大人しく、しかし周囲をよく見ながら街の中へと入っていく。
「こじんまりとした街だな」ガヴロックが言った。
「アストリアと比べたらいけません、ここは山間の鉱山の街ですから」
マリアが答えた。
「人口は多くないですが、組合の規模は大きいと報告書にありました」
「報告書をちゃんと読んできたのか、お前は」
「当然です」
「俺は半分しか読んでない」
「知っています」
街の石畳を進みながら、マリアが続けた。
「ガヴロック隊長、街の人に鉱山組合の場所を聞いてください」
「なぜ俺が聞く」
「私が聞くより、隊長が聞いた方が印象がいい場合があります」
「……どういう意味だ?」
「隊長の方が話しかけやすい顔をしています」
「……そうかあ?」
「はい。私は近寄りにくいと言われることがあります」
「それはまあ分かる気がする」
「どういう意味ですか」
「良い意味だ」
「良い意味の近寄りにくさ、というのが理解できませんが——とにかく、隊長が聞いてください」
鉱山組合の場所を聞き、二人と二頭は広場を抜けた。石造りの建物が見えてくる。
中に入ると、受付の女性が顔を上げた。ガヴロックの体格と、その後ろで整然と立つマリアを見て、少し緊張した顔をした。
「アストリア連合国から参りました。白狼隊のマリアと申します。グレゴール組合長と、警備隊の隊長にお取り次ぎをお願いします。ヴェルディアの件の調査のために伺いました」
マリアが丁寧に言うと、受付嬢の緊張もほぐれる。
「かしこまりました。少々お待ちください」
案内された部屋に、グレゴールと隊長の両方がいた。
グレゴールは椅子に座っており、隊長は壁際に立っていた。二人ともガヴロックとマリアが入ってくると顔を上げた。
隊長が先に口を開いた。
「アストリアからお越しとのこと、お疲れ様でございます、この街で憲兵隊長を務めるロックと申します」
隊長の声は、普段エメラに向けていたものとは明らかに違った。敬語だ。きっちりとした、軍人が上官に向けるような口調だった。
「ロッド隊長」
マリアが優しく諭すように言った。
「今の私どもは地方配属の平隊員と変わらない身分です。敬語は不要です」
「それは——」
隊長が少し困った顔をした。
「失礼ですが、元々のお役職を存じております。今の状況がどうであれ、私の中での序列は変わりません」
「頑固ですね」
マリアは少し呆れたような、困ったような声を出す。
「信条の問題ですので」
隊長が答えた。
「なぁ、マリア」
「なんですか元隊長」
「お前に頑固と言われた人間が、頑固に言い返してきてるぞ」
「……そうですね」
マリアは一瞬考えてから、引くことにした。
「では、ご随意に」
「ありがとうございます」
隊長が頷いた。
グレゴールが笑いをかみ殺しながら言った。
「まあ、座ってくれ。お茶でも飲みながら話そう」
グレゴールと隊長が順番に話し、ガヴロックとマリアが聞いた。
崩落事故の報告から始まり、エメラという冒険者が現れたこと、坑道の調査、相克魔法陣の発見、爆破の阻止、カールの救出、ファスの逃亡——一通りを話し終えると、ガヴロックは少し黙った。
「その冒険者、エメラというのはどんな人物だ」
ガヴロックが言った。
「若い男だな」
グレゴールが答えた。
「年は二十そこそこといったところかの。外見は若いが、目に何か深いものがある」
「特徴は?」
「緑のコートを着ておった。外套のフードを被っていることがあったがの。杖を持っていて——木属性の術を使う」
「ほう、木属性」
ガヴロックが言った。
「そうです。儂は魔術には詳しくないが、重篤な患者の命を救い、鉱山に仕掛けられた魔方陣も一人で解除したという。彼がいなかったらこの街はどうなっていたか分からんわな」
「儂が生きてきた中でもあそこまでの魔術師はお目にかかったことはない」
「そんなにすごい魔術師なら一度是非戦ってみたいな、なあ」
マリア、とまで言いかけて言葉を飲み込む、マリアの方に視線を向ける、マリアから刺すような視線が飛んできたため視線を逸らす。
「その方の特徴はほかにありますか?」
「黒い魔獣とともに旅をしているといっておった。猫くらいのサイズで、名前はダンテと名乗っておったかの」
「!?」
ガヴロックとマリアに共通の人物像が浮かび上がる。そう、ガナの街で出会った冒険者の青年だ。
「名乗った、とはしゃべるタイプの魔獣ですか?」
「そうじゃ、儂も人生で滅多に出会ったことがないがの、しかもかなりの知能が高い魔獣だったぞ」
「なあマ……それってあいつだよな」
「おそらくそうかと、無言の石碑を探していたあの冒険者の青年ですね」
「もしかしてガナで会われたのですか?」
隊長が少し驚いた顔をした。
「ああ、道中で偶然になこいつらに食事をさせていたらふと話す機会があってな」
「ヴェルディアから来た、と言っていたが——そういう事情があったのか」
「一つ、確認させてください」
マリアが手帳から目を上げて言った。
「今回の件の背後関係について、何か把握されていることはありますか?」
グレゴールが少し間を置いた。それから、重々しく口を開いた。
「ファスが数年にわたって相当な金額が外部に流しておった、それに鉱石の横流しも。送金先を追ったところ、どうやら何らかの組織に流れているところまでは確認できた」
「組織?」
マリアが繰り返した。
「詳細は不明じゃ。儂の方からはそこまでしか追えなかった」
グレゴールは顔を曇らせた。
「ファスが逃亡の際に口にした言葉によると、西方司令部とやらに属していたようで。エリシアという名前も出したという」
「西方司令部ね、中々の巨大な組織の匂いがするな」
ガヴロックが眉をひそめた。
「聞いたことがない名前だな」
「私も知りません」
マリアが言った。
「後ほどアストリアの情報機関にも照会しましょう、何か該当するものがあるかもしれません」
「それと、ファスが使っていた部屋や、残された書類も確認させてください」
マリアが続けると、グレゴールは頷いた。
「必要なものはすべて用意させよう。ただ、坑道に残っている魔法陣を先に見てもらった方がよかろう。書類だけでは、あれがどれほど大掛かりなものだったのか伝わらん」
「現場はまだ保存されていますか?」
「発見された魔法陣には、できる限り誰も触れんよう指示しておる。落盤箇所の補強に必要な場所だけは作業を進めたがの」
「十分です」
マリアは手帳を閉じた。
「では、これから現場を確認させてください」
「今から行くのか?」
ガヴロックが窓の外へ目を向ける。
ヴェルディアに着いてから、まだそれほど時間は経っていない。日が暮れるまでには余裕があるが、鉱山の奥まで調べるとなれば戻る頃には夕方になっているだろう。
「日程には余裕がありません。それに、現場の状態は時間が経つほど変化します」
「少しは休んでもいいと思うがな」
「隊長は雷狼の背中で何度も眠っていたでしょう」
「あれは眠っていたんじゃない。目を閉じて考え事をしていたんだ」
「いびきをかきながらですか?」
「器用だろう?」
「褒めていません」
ガヴロックは肩をすくめた。
「分かった、分かった。現場へ行こう」
グレゴールは2人のやり取りを眺めながら、堪えきれずに笑った。
「案内にはガレスを付けよう。北坑道の責任者じゃ。事故が起きた時の状況も、一番よく分かっておる」




