ep38 邂逅2
戦闘を終えて冒険者たちはみな一息つき、各々体を休めている。
「やっぱり、普通の魔獣じゃなさそうね」
ルシアが杖を下ろし、倒れた巨体を見上げる。
「はい。自然に生まれたものとは考えにくい」
「この化け物の死体はどうします?」
「カルタについてからギルドへ報告する。この馬車でこの巨体を運ぶのは無理だ」
巨体すべてを運べないが、調査に必要な部位だけでも切り取っておく必要がある。ティオの提案でみなで手分けして魔獣の解体を始めた。
ティオが硬い外殻の一部を剥がし、エメラは不自然に繋ぎ合わされた肉片を採取している。
「結構匂うわねーこれと一緒に馬車に乗るの嫌だなあ」
ルシアは鼻をつまみながら作業をしている。
エメラはそれをみながら、ふと妙案を思いついた。
「みなさん解体した部分をこちらにまとめてください」
「?どうするんだ?」
ティオが不思議そうに聞いてきた。
「術で閉じ込めますので、それなら匂いも気にならないと思います」
そういうとおもむろに詠唱を始める。
「森羅よ、集え、枝を交え、根を絡め、命を一つに結ばん。風よ止まり、土よ眠れ。この地、我が身を護る鎧と化せ――《樹装結界》!」
詠唱が終わると同時に、エメラの足元から緑の光が静かに広がった。
淡い燐光を帯びた細い根が、夜露に濡れた地面を這うように伸びていく。まるで生き物のようにうねりながら、皆が一か所へまとめた魔獣の肉片や外殻の周囲を取り囲んだ。
「おお……」
誰かが小さく声を漏らす。
根は円を描くように巡ると、次々と枝を分かち始めた。細枝は互いに絡み合い、隙間を埋めるように編み込まれていく。やがてそれは籠のような形を成し、解体された魔獣の部位を下から支えながら包み込んでいった。
さらにその上から、若葉色の蔓が何重にも巻きつく。
蔓の表面には薄い膜のような光が走り、内側にこもる腐臭を押し留めるようにぴたりと空気を閉ざした。
肉片から立ち上っていた嫌な臭いが、そこでふっと途切れる。
「……おお、ほんとに匂いが消えた」
ルシアがつまんでいた鼻から手を離し、恐る恐る空気を吸い込んだ。
「すごいわね。さっきまであんなに臭かったのに」
ティオも目を丸くして、緑の塊を覗き込む。
エメラは結界の様子を確かめながら、小さく息を吐いた。
根と枝はなおも形を整え、最後には人の背丈ほどもある木の繭のようなものへと変わった。表面は滑らかな木皮に覆われ、ところどころに葉脈のような光の筋が走っている。外から見れば、とても魔獣の死骸を詰めた入れ物には見えない。
「樹装結界を小さく応用しただけです。中のものを保護しつつ、匂いや気配もある程度は遮断できます」
「“だけ”って言うにはずいぶん便利な術だな」
ティオが苦笑交じりに言う。
エメラは繭の表面にそっと手を当てた。
内側で枝と根がさらに締まり、解体した部位を動かないよう固定していく。揺らしても中身が崩れないようにしつつ、必要以上に潰さない絶妙な加減だった。
「これなら馬車に積んでも問題ないはずです。必要になれば、俺がすぐに開けられます」
「助かるわー。さすがにあの匂いと一緒に何時間も揺られるのは勘弁だったもの」
ルシアは心底ほっとしたように肩を回した。
その横で、ダンテが緑の繭へ鼻先を寄せる。だが臭いはほとんど漏れていないのか、すぐに興味を失ったように顔を背けた。
「ダンテまで無反応か。完璧じゃないか」
ティオが感心した声を漏らす。
エメラは軽く頷いたが、その視線は繭ではなく、先ほど巨大な魔獣が倒れていた場所へ向いていた。
不自然に繋ぎ合わされた肉。異様な生命力。どこか人の意図を感じさせるこの存在。
せめて持ち帰れるものだけでも、きちんと調べる必要がある。
「では、これを運びましょう。夜のうちに少しでも距離を取っておきたいです」
そう言うと、エメラは木の繭の一部から太い蔓を2本伸ばした。蔓は持ち手のような形を作り、運搬しやすいよう整えられる。
「……そこまでできるのかよ」
「便利すぎるでしょ、その木属性」
「慣れれば応用は利きます」
エメラが短く答えると、一行は改めて繭を囲んだ。
こうして、解体した魔獣の部位は樹装結界に包まれ、夜の草原を行く荷のひとつとなった。
馬車の後方へ積み込む。
巨体から切り取った一部とはいえ、その重さはかなりのものだった。荷台が沈み、車輪の軸が軋んだ音を立てる。
「壊れたりしないでしょうね?」
ルシアが不安そうに荷台を覗き込む。
「外側はかなり硬くしています。馬車が横転でもしない限りは大丈夫です」
「横転しないように気をつけてくれよ、カルル」
ティオが御者台へ声をかけると、カルルは渋い顔で振り返った。
「そんな縁起でもないことを言わないでください。こっちは夜道を走るだけでも嫌なんですから」
「今夜はここで野営するんじゃないのですか?」
「少し移動してからにしましょう」
エメラは巨大な魔獣が倒れている場所へ目を向けた。
「血の匂いが強すぎます。このまま近くにいれば、他の魔獣が集まってくる可能性があります」
皆の視線が、地面に横たわる巨体へ向けられる。
焼け焦げた肉と流れ出した体液の匂いは、夜風に乗って周囲へ広がっていた。
「賛成だな、どのみちこの悪臭の中で寝たら悪夢にうなされそうだ」
「ルーシーは熟睡出来そうだけどな」
ぼそりとビヨルドがつぶやいた。
「ちょっとそれどういう意味よビヨルド」
そのやりとりでみんなが笑う。戦闘後の緊張感が少し弛緩して、皆肩の力が抜けた。
「カルルは今回が初めてだしな、もう少し進んだ場所に野営に適した場所がある、そこまでは進もう」
ティオの号令で馬車はゆっくりと夜の草原を進んだ。
巨大な魔獣との戦いで荒れた地面を避けながら、なるべく見晴らしのいい道を進む。
車輪が小石を踏むたびに荷台が揺れたが、樹装結界に包まれた肉片は崩れることなく、その場に固定されていた。
エメラは荷台の後方に座り、遠ざかっていく戦場を見つめていた。
馬車は1時間ほど進み、街道から少し離れた小高い場所で止まった。
周囲に背の高い草は少なく、遠くまで見渡すことができる。野営地としては悪くない場所だった。
「今度こそ休めそうだな」
カルルは御者台から降りると、疲れた様子で腰を伸ばした。
一行は馬車を中心に簡単な野営の準備を始めた。
皆で簡単な食事を取り、交代で見張りをすることになった。
夜がさらに深まった頃。
地数いてくる気配を、ダンテが察知する。
「エメラ、何かが近づいてくる」
眠りかけていたエメラは目を開き、身体を起こした。
「気配は3つ、そんなに大きくはないな」
エメラは馬車から気配がするという方向へ降り立つ。
遠くの暗闇の中で、その瞳が淡く光る。
茂みの向こうから、犬に似た魔獣が姿を現した。
痩せた身体に長い牙を持ち、背中には短い棘が並んでいる。血の匂いを辿ってきたのか、鼻を地面へ近づけながら野営地へ迫っていた。
「敵か?よく気づいたな」
見張りをしていたティオの声がする。
その時ティオが持っている魔獣の気配を探知するクラノス感応石が光った。
「索敵はやはりダンテの方が数段上手の様だな」
そういうとティオが剣へ手をかけた。
「野良の魔獣です。先ほどの個体とは関係ないでしょう」
3匹の魔獣は、ダンテの姿を見ると足を止めた。あちらもまさか魔獣がいるとは思っていなかったのかもしれない。
それでも空腹が勝ったのか、唸り声を上げながら少しずつ距離を詰めてくる。
ダンテが低く吠えた。
空気が震えるほどの威圧に、魔獣たちの身体が硬直する。
先頭の1匹は一歩だけ踏み出したものの、すぐに踵を返した。
残りの2匹もそれに続き、夜の草むらへ逃げていった。
「戦わずに済んだな」
ティオが剣から手を離す。
「大した強さの魔獣ではありません。ダンテに勝てないことくらいは分かったのでしょう」
逃げる魔獣を追いかける必要もない、みなまた持ち場に着く。
その後も、夜中に何度か魔獣が姿を現した。地面を這う小型種、甲殻を持つ四足の魔獣、翼はあるが飛ぶことのできない鳥型の魔獣。
いずれも野生の個体で、特段強い魔獣ではなかった。
ダンテの威嚇だけで逃げるものもいれば、襲いかかってきた個体もいたが、エメラたちが苦戦するほどではない。
それでも、満足に眠ることはできなかった。
「異常過ぎる!今夜だけで何匹目だ?」
倒した小型の魔獣を道の外へ移動させながら、ティオがうんざりした声を出す。
「6匹目じゃない?」
ルシアが眠そうに答える。交代で休む時間のはずだがどうやら眠れない様子だ。
「さっきの群れを1匹ずつ数えるなら、もっといるわよ」
「血の匂いに敏感な個体がいるのかもしれませんね」
エメラは馬車の後ろにある木の繭を見た。
「朝になったら、さっさと出発しましょう」
ルシアが毛布を身体へ巻きつけながら言った。
「これじゃ、いつまで経っても眠れないわ」
襲撃の疲れが取れないな、そう思いながら見張りの交代のじかんまでエメラは周囲を警戒する。




