ep34 襲撃
夜になっても馬車は止まらなかった。
交代で眠る。荷台の端で横になり、揺れに慣れながら目を閉じる。エメラも何度か眠った。目が覚めると景色が変わっていて、また少し眠って、また目が覚める。その繰り返しだ。
途中何度か魔獣が襲撃してきたが、皆冒険ランクが4以上あるということもあり、特に苦戦することなく撃退することが出来た。
最初にエメラ達の胸に会ったワクワク感もいつしか薄れ、ただ事務的に後退して見張りを行うルーティン。体には少しずつ疲労が溜まっていく。
既に三日目の道中、皆もそこそこ疲れが見えており、自然と口数は少なくなっていた。ルシアはゲログを胸に乗せたまま寝ていた。ティオは外の見張りを終えて荷台の隅で横になっていた。
ダンテは移動中の半分以上を眠っていた。
「お前は本当によく眠るな」エメラが言った。
「魔獣は休息が大事だ」ダンテが答えた。目は閉じている。
「俺が起きている時は起きていてくれないか」
「お前が眠っている時に俺は起きている。交代制だ」
「そういう取り決めをした覚えはないけど?」
「俺が今決めた。それに寝ていても周りは警戒できてるからな。怪しい気配があったらすぐに分かる」
「お前のそういうところは頼りにしているさ。道中は特に問題なかったか?」
ダンテは少し言い淀んだ。
「……」
「どうした?」
それを見たエメラが不思議そうに尋ねた。
「イヤ、ずっとイヤな気配がうっすらと消えないんだ。感知できる距離ではない。でもそれがずっと付きまとっている」
「まるで監視されているみたいに」
ダンテは続けた。
エメラは真剣な顔になった。
「いつから?」
「ガナを出てすぐだ。最初は気のせいかとも思っていたが、このイヤな気配がずっとまとわりついてきている」
「えっ、もっと早く教えてくれればよかったのに」
「最初から言ったら常に警戒して神経をやられるだろ?」
ダンテが言った。
「これは俺の気遣いだ」
「……気遣いは嬉しいが、こういうことは早めに教えてくれ」
「分かった」
ダンテは短く答えた。
「それと——夕方から気配が少し濃くなった。何か仕掛けてくるかもしれない」
エメラは荷台の中を見渡した。
ルシアは眠っている。ティオも横になっている。ビヨルドは外を向いて座っているが、目が閉じかかっていた。
「ビヨルド」
エメラが静かに言った。
「……聞いている」
ビヨルドが答えた。目が開いた。やはり寝ていなかった。
「ダンテが監視の気配を感じている。夕方から濃くなったと言っている」
「どの方角だ」ビヨルドが即座に聞いた。
「ダンテ、方角は分かるか?」
「おおまかに後方。しかし一点ではない。複数の位置から来ている」
「複数か」ビヨルドが短く言った。弓を手に取り、外を確認し始めた。
「ティオを起こす」エメラが言った。
「起きてる」ティオが荷台の隅から言った。「最初から聞いていた。眠れなくてな。やはり馬車で缶詰状態だと思ったよりも休息が取れん」
「ルーシーは?」
「こいつを起こすのは厄介だぞ。どこでも寝られるし、いつまでも寝る」ティオが言った。
「ルーシー起きて、会敵するかもしれない」
エメラはルシアを揺すって起こそうとする。が、起きる気配は全くない。
「ルーシー、ルーシー?死んでない?息は、ある」
こんなに深く眠るのをダンテ以外に見たことがない、むしろダンテ以上に起きないのでエメラは心配になってきていた。
「全く、こいつは。これでよく冒険者やってられるよな」
ティオが呆れ顔でため息をつく。
「どけ、エメラ。こいつはこうやって起こすんだ。ゲログ、やってくれ」
「ぐ」
ゲログが短く鳴いた。ルシアの膝の上で、体の向きを少し変えていた。ルシアの方を向いている。
「ぐるるるる」
その瞬間マナの動きが確認できた。ゲログが水の魔術を唱えたのだ。こぶし大程の大きさの水の塊がルシアに向かって放たれ、炸裂する。
バシャんと音がしてルシアに命中した。
「んごおっほごっほ。え、何?水中?」
さすがに一発で起きたのか、ものすごくむせたような声を出しルシアが飛び起きる。
「起きろルーシー、敵襲だ」
ティオはそっぽを向き呆れたように伝える。
「ちょっと、その起こし方はやめてっていつも言っているじゃない」
「今までいろいろ試したが全く起きない方が悪い」
ティオは全く悪びれた様子はない。
「そんなことよりも戦闘準備だ、ダンテが怪しい気配を察知した」
「え?私がもっている感応石は何も反応していないわよ」
感応石、正式名称はクラノス感応石といい、タイプが魔獣のマナに反応するタイプと人間のマナに反応するタイプがある。
多くの魔獣は、獲物や脅威へ意識を向けた際に微弱なマナの偏りを生む、これを察知する仕組み。人間用も仕組みは似ているが、術の行使などによる急激なマナの膨れを察知する。どちらも反応すると光る。一部の冒険者ではこの魔道具に頼るようでは半人前とも揶揄される。
「まだ範囲にいないか、ダンテの思い過ごしの可能性もある。戦闘準備だけは整えておけ、俺はアミール達に伝えてくる」
そう言って荷台からティオは飛び出した。
「この辺りは……中間地点ね」
ルシアが言った。
「ここから森を抜ければ、カルタまでの残りは半分ほどよ」
「魔獣が出やすい場所というのは?」
エメラが尋ねる。
「この森の手前から森の中にかけてかな。以前はここで群れに遭遇した。まあ、今回は戦力が多いから——」
その時だった。
ダンテの体が、ぴんと固まった。
「エメラ」
ダンテの声が、いつもと違った。低く、切迫している。
「何だ」
「気配が濃くなった。明らかにこちらを認識している。これは、変だ。匂いが変だ。この辺にいるはずのない魔獣の匂いがする」
ダンテは鼻をひくつかせながら続けた。
「それも一頭だけ——いや、待て」
ダンテの耳が前に向いた。体が低くなる。
「一頭だけじゃない。でも数が分からない。匂いが一点に集中しすぎている。不自然だ」
「不自然というのは?」
「野生の魔獣が自然に集まるような匂いじゃない。意図的に——誰かが放った匂いのようだ」
「ゲログも感じているのか」
エメラが言った。
「ぐるる」
「何と?」
「複数だ、と言っている」
ダンテが答えた。
「俺と同じ判断だ。あいつの水属性の感知と、俺の嗅覚が一致している」
馬車の動きが止まり、荷台の幌が開いた。
「それは信頼できる情報だ」
戻ってきたティオが言った。
「今外の状況は?」
エメラが尋ねる。
「アミールとカルルはあっちの荷台の中に入ってもらった、今ビヨルドが警戒してくれている」
「あの2人は非戦闘員だから馬車を動かしながらだと守りがきつくなる。ここで迎え撃つぞ」
「ダンテ、方向は?」
エメラも戦闘態勢に入る。
「この馬車の前方の方、まだ距離があるが、だんだん近づいてきている」
「先手を取りましょう、みんな外に出て」
ルシアがそう促し、護衛は全員馬車から降りる。それを確認し終わると術の展開を始めた。
「エイル・ダーン・ヴァル・アクア(中級水障壁)」
ルシアが術を唱えると大きな水球が馬車を覆う。大きな水の奔流だ。これなら半端な遠隔攻撃は流れに絡み取られ、守護対象まで届かないだろう。さながらトルクが使った火炎の障壁の水属性版といったところか。
「根を這い、幹を鎌首とせよ。 大地の息を吸い、我が声を聴け。 木の命、蛇の姿に転じて、地を裂け――地這い蛇」
エメラも地這い蛇を出した。
「へえ、それが噂の木属性ね、その術式は一般化されてるの?」
ルシアが疑問を投げかけてきた。
「いや」
一瞬エメラは何と答えようか迷い。
「少なくとも、同じ術を使える者には会ったことがありません」と短く答える。
「こんど術式教えてね、使えないと思うけど」
「イチャイチャやってる場合じゃないぞ。気配がまた変わった。こちらを視認できているようだ。くるぞ」
ダンテは気配の先をじっと見ている。
「まだ見えないな」
ビヨルドがつぶやく。射手を選択するくらいだ、視力はこの中でもいい方だろう。そのビヨルドがまだ視認できていない。
「段々近づいてくる、けどなんだ?魔獣の俺でも視認できない」
最初は微かな揺れだった。だが、それが近づいてきていることを、この場にいた全員が理解していた。地の底から響くような音が、悪意を纏いながらこちらへ這い寄ってくる。逃げ場などないと告げるように。
「これは……」エメラとダンテがこの場にいた者たちの中でいち早く気づく。
「「下だ!!」」1人と1匹は声を同時に張り上げた。その瞬間、草原の地面が、爆発したように盛り上がった。




