ep33 いざ、カルタへ2
馬車の中で会話が弾む。
「ルーシーはどんな術を使うんですか?」
エメラが尋ねた。
「私は火と水の属性よ」
ルシアが胸を張った。
「火属性の中でも、範囲系の術が得意。複数の相手を同時に燃やしたり、視界を遮ったり。殲滅力は高いのよ」
「ビヨルドは弓使いということは、術は使わないんですか?」
エメラが向けた。
「矢に風を乗せる」
ビヨルドが短く答えた。相変わらず視線は外を向いていたが、きちんと聞いていた。
「ルーシーに術を教えてもらった」
「そうなの、意外と仲いいじゃないですか」
「仲はいい」
ビヨルドが言った。
「こいつは言葉が少ないだけで、聞けば答えるのよ」ルシアが笑った。
「慣れると付き合いやすいわよ」
「なるほど」
「ティオはどうなんですか」
エメラがティオに聞いた。
「俺?」
ティオが笑った。
「俺は火と土だ。あまり得意ではないがな。でも剣の腕には自信があるぞ。ランク5は剣だけで稼いだといっても過言じゃないぜ」
「剣だけでランク5は相当ですね」
「まあな」
ティオは照れくさそうに頭をかいた。
「でも、エメラは飛び級でランク4にあがったんだろ?しかも珍しい木属性の術師。そっちの方がよっぽどすごいと思うぞ」
「全くランクの事気にしてなかったんでですね。どっちみち、まだまだですよ」
「冒険者たるものランクは社会的地位、高いほど発言力、影響力も高くなるからな」
「低ランクのうちは信用を得にくい、という冒険者の冗談まであるくらいだからな」
「そうよ、最高ランクになれば貴族のバーティにも呼ばれることもあると言うわ」
「あぁ、貴族のパーティなんて、憧れるわぁ。どんなに華やかなんでしょうね」
目をキラキラさせながらルシアは物思いにふける。
「多分、内情はドロドロしてる」
ビヨルドはチクリと釘を刺す。
「俺もそう思うぜ、笑顔貼り付けていても内心刃を突きつけあってるだろうな」
「な、何よ。ちょっと位夢みてもいいじゃない」
「よし、じゃあ先に俺が外の見張りと操舵をしておく。予定は2時間交代な」
そう言うとティオは外へ出た。荷台に残ったのはエメラ、ダンテ、ビヨルド、ルシアの4人と1匹だ。
馬車の揺れが続く中、他愛もない会話をしていると——ルシアの胸元が、不自然に動いた。
モゾ、と。
「あ、起きたわね」
ルシアが言って、胸元に手を入れた。そこから何かを取り出す。
小さな袋だ。革製の、底が膨らんだ袋。片手に収まるほどの大きさで、ルシアがそれを大切そうに膝の上に置いた。エメラは最初、それが何なのか分からなかった。しかし袋の底が、また動いた。
「何ですか?」
エメラが聞いた。
「ゲログよ」
ルシアが言った。
「旅の間は袋の中で寝かせているの」
「ゲログ?」
「私の魔獣よ」
ルシアは袋の口を丁寧に開いた。そこから、緑と茶色の混じった生き物がゆっくりと顔を出した。
どうやらカエルのようだ。
ただし、普通のカエルではない。手のひらより少し小さいくらいの体だが、目が大きく、虹彩がエメラルド色に輝いていた。
背中に沿って金色の斑点が並んでおり、喉元が淡く光っている。皮膚は湿っていて、手のひらに収まりながらもずっしりとした重みがある。
ゲログは袋から出ると、ルシアの膝の上でゆっくりと体を伸ばし、あたりをじっとりとした目で見渡した。大きな目が、荷台の中を順番に確認していく。
エメラを見た。ダンテを見た。ビヨルドを見た。一通り確認が終わると、ルシアの膝に落ち着いた。
「おはよう、ゲログ」
ルシアが言った。
「ぐるる」
ゲログが低く鳴いた。カエルとは思えない、くぐもった音だ。鼻の奥で何かが振動するような、独特の響きがある。
「魔獣なんですか?」
エメラが聞いた。
「そうよ。沼地系の魔獣で、ツチウシガエルの一種ね。見た目はアレだけど、水属性の術との相性がとても良くて——私の術の精度を上げてくれるの」
「それに慣れてきたらとても可愛いわよ? エメラはカエル苦手?」
「俺は別に大丈夫ですね。両生類や、何なら虫も特に苦手なものはないですよ」
「そのカエル、触媒として機能してくれるということですか」
「そういうこと。私が水の術を使う時、ゲログと接触しているか視界に入れておくだけで、術の範囲と精度が上がるの」
「袋の中にいても?」
「接触していなくても、近くにいるだけで効果があるのよ」
ルシアはゲログを優しく撫でた。ゲログは撫でられながら目を細め、喉元の光が少し強くなった。
「戦闘中は袋の中の方が安全だから、いつもそこにいてもらってる」
ゲログはルシアの手に顎を乗せた。大きな目がエメラを見ている。じっと、動かずに。
「こっちを見てますね」
エメラが言った。
「人見知りしないのよね、この子。むしろ新しい人間には積極的に興味を持つの」
それまで黙ってエメラの肩の上にいたダンテが、するりと荷台に降りた。興味津々で、ゲログの方へとゆっくり歩いていく。
ゲログとダンテが、互いに向き合った。
カエルと、猫ほどの大きさの黒い魔獣が、荷台の上で向き合っている。
大きさはゲログの方がずっと小さい。しかしゲログは怯えなかった。むしろ首を少し傾けて、興味深そうにダンテを見た。
「グルル」
ゲログが短く鳴いた。
ダンテが答えた。
「ぐるる」
「ダンテだっけ? ゲログに応えてくれているみたいね」
ルシアは少し嬉しそうに言った。
「ダンテちゃん、ゲログは私のことを何て言ってる?」
少し間があって、それからルシアが自分で笑った。
「なんてね、言葉が通じればいいんだけどね」
「聞いてみましょうか?」
「え? どうやって?」
ルシアは不思議な顔でエメラを見た。
「ダンテ、ゲログがルーシーのことをどう思っているか聞いてみて」
「分かった」
荷台の中が、一瞬静止した。ルシアが驚いて声を上げる。
「え?」
「喋った!?」
「喋る」
ダンテはあっけらかんとしている。
「え!? え!?」
ルシアはとても動揺していた。
「ちょ、ちょっと待って、いつから!?」
「最初から喋れる」
「最初から——!?」
ルシアはエメラを見た。
「なんで言わなかったの!?」
「え、特に聞かれなかったので」
エメラが答えた。
「聞く前に言うことでしょう!? 喋る魔獣なんて相当珍しいのよ!?」
ルシアが興奮して声を上げる。荷台の中が急に賑やかになった。ゲログはその騒ぎの中でも動じることなく、ルシアの膝の上でじっとしていた。
「そんなに珍しいか?」
ダンテが尋ねる。
「珍しいどころじゃないわよ!」
ルシアが言った。
「人語を操る魔獣なんて、聞いたことは何度かあるけど、実際に会ったのは初めてよ!」
「そうなのか?ヴェルディアの若い門番でさえ知ってたぞ?」
ダンテは少し考えてから言った。
「話せるって知っていてゲログの事聞いたんじゃなかったのか」
「知らなかったわよ!」
ルシアはビヨルドに顔を向けた。
「ねえビヨルド、ダンテが話せるって知っていた?」
「荷台に乗る前からエメラと喋っているのを見た」
ビヨルドが答えた。相変わらず外を向いたままだ。
「なんで言わないのよ!」
「聞かれなかった」
「あなたもエメラと同じことを言うの!? それに話せる魔獣がいたらもっとこう……リアクションがあってもいいんじゃない!?」
「ちゃんと驚きはした」
ビヨルドが短く言った。相変わらず口数が少ない。
「あなたらしいわね……」ルシアは少し呆れている。
その間も、ダンテとゲログは互いを見つめあっている。
ゲログが再び鳴いた。今度は少し長い。
「ぐるぐる、ぐ」
ダンテもそれに答えた。
「グルル」
「何を話しているの?」
ルシアがダンテに聞いた。
「挨拶を交わした」
ダンテが答えた。
「自分はルーシーの魔獣だ、お前は何者だ、と言っている」
「ゲログが!?」
ルシアが驚いた顔をした。
「そんなに複雑なことを言えるの?」
「余裕だ、魔獣同士は種族が違えど会話することは可能だし、俺なら相手の言語で会話も出来るぞ」
ダンテが言った。
「私にはただの鳴き声にしか聞こえないんだけど」
「お前が魔獣語を解しないからだ」
ダンテは少し呆れたように言った。
「あいつはちゃんと意思疎通ができる。ただ、人間の言葉は使わない」
「じゃあゲログは人語が喋れないってこと?」
「喋らない、だ。喋れないのかどうかは知らん」
ダンテは視線をゲログに向けた。
「あいつはそういう性質なんだろう。俺は人語を使う方を選んだが、あいつは自分の言葉を使うことを選んでいる」
「ダンテはいつから人語を話せるようになったの?」ルシアが聞いた。
「最初から理解はできた。使おうとした時から使えた」
「最初って?」
「物心ついた時からもう話せるな」
「それもすごいわね」
ルシアは感心したように言った。
「やっぱりダンテは高位の魔獣なんでしょうね」
「そうだ、俺は強くて賢い魔獣なんだぞ」
ダンテはどこか満足げな声だった。それ以上は説明しなかった。
ゲログがダンテの方に体を向けた。両の目がじっとダンテを見ている。エメラルド色の虹彩が、ぼんやりと光っていた。
「ぐ」
ゲログが短く鳴いた。
「何と?」
エメラが聞いた。
「ルーシーはしっかり者に見えておっちょこちょいだから、多めに見てやってくれ」
ダンテが答えた。
瞬間、ビヨルドが「ぶっ」と噴き出した。荷台に乗ってからほとんど無表情だったのに、口元から笑いを漏らした。それ自体が珍しいことで、エメラはそちらに少し驚いた。
「何それー」
ルシアが眉をひそめた。
「そんなことないし!」
ルシアはビヨルドに視線を投げかけた。
「ねえビヨルド、ゲログの言っていること、そんなことないわよね?」
彼方の方向を向いて、こちらに視線を合わせない。
「ビヨルド?」
「……聞こえない」
「嘘つかないでよ!」
「まあまあ」
エメラが苦笑しながら言った。
「ゲログはルーシーのことをよく見ているということですよ」
「……そう?」
ルシアが少し表情を和らげた。
「ゲログ、他にはなんて言っている?」
ダンテがゲログに向かって低く短く鳴いた。
「グル」
ゲログが答えた。
「ぐる」
「ご飯まだ? だって」
ダンテが答えた。
「あ、そうだった」
ルシアが急に立ち上がりそうな気配を見せながら言った。
「起きたらすぐご飯食べるのよね、この子。ちょっと待ってて、ゲログ」
ルシアが荷物を漁り始める。小さな袋から乾燥した何かを取り出した。虫の形をした乾物だ。ゲログがそれを見た瞬間、大きな目が一段輝いた。
「はい、どうぞ」
「ぐる!」
ゲログが素早く乾物を飲み込んだ。その速さは体格から想像できないほどで、エメラは思わず瞬きをした。
「この子食い意地がはっててね。それも可愛いからいいんだけど」
「ダンテも似たようなもんですよ」エメラが言った。「食べ物の前では別人になる」
「失礼な、起きたらまず俺は毛づくろいから始める」ダンテが言った。
「そういやそうだったな」
エメラが頷いた。
「食べ物の話になると目の色が変わるかは知らないが、まず毛づくろいだ」
「そこには誇りがあるのか」
「ある」
ダンテは短く言い切った。
「ゲログって、どんな出会いなんですか?」
エメラがルシアに聞いた。
「沼地での調査の仕事でね」
ルシアが答えた。
「当時まだ駆け出しの頃よ。ぬかるんだ足元で転んだ時に、下から顔を出したの、この子が」
「それが出会い?」
「そう。転んで泥だらけになって、情けない気分でいたら——じっとこっちを見てるのよ、この子が。なんか、笑われてるみたいで悔しくて」
ルシアが笑った。
「で、つい声をかけたのよ。そしたらついてきた」
「それでギルドで従魔契約が出来たから、そこからの付き合いね」
「ぐる」
相槌を打つかのようにが鳴いた。
「今のは?」
エメラがダンテに聞いた。
「面白そうだったから、と言っている」
ダンテが答えた。
「ゲログらしいわ」
ルシアが笑った。
「でも、この子がいてくれてよかった。水の術の精度が上がっただけじゃなくて——なんか、落ち着くのよね。変な話だけど」
「変じゃないですよ」
エメラは自分と似た様な環境のルーシーに共感しているのだろう。
「ダンテは戦えるの?」
ルシアがダンテに向いた。
「もちろん戦える」
ダンテが答えた。
「どんな戦い方をするの? その体格だと——」
「俺の体格を見て判断するな」
ダンテが言った。
「ごめんごめん、失礼だったわ」
ルシアが素直に謝った。
「どんな戦い方をするの?」
「牙と爪と鼻だ」
ダンテが答えた。
「匂いで危険を察知する。昨日の道中でも魔獣を事前に察知してエメラに伝えた」
「それは心強いわ」
ルシアが頷いた。
「斥候より優秀じゃない」
「俺は魔獣だから当然だ」
「可愛い」
ルシアが言った。
「……」
ダンテが一瞬固まった。
「気にするな」
エメラが小声で聞いた。
「……まあ、初対面だから一回は許す」
ダンテが小声で答えた。
「また言われたら?」
「その時はその時だ」
ティオが笑った。ビヨルドの口元が、また微かに動いた。
カルタへの道が、穏やかな草原の中を続いていた。
2日目、馬車は昼夜を問わず進んでいく。
灰銀馬の休憩のため小刻みに止まることはある。しかし乗っている人間の休憩と馬車の操舵を交代しながら、日中はほぼ休みなく走り続けた。
夜も遅くまで止まることなく巡行し、深夜に近づけば少しの休息を挟む。そして朝日の出とともに、エメラを除く全員が代わる代わる手綱を引いている。
これがアミールのやり方だった。ガナを出発してすぐに、アミールは護衛たちに説明した。
「4日で着けるのは、休まず走るからだ。寝るのは交代制、御者も交代制。その分給金は高く渡してやる。文句がある者は今すぐ降りろ」
文句を言った者はいなかった。むしろ契約書を交わしているのだから馬車を降りるものがいるはずがない。契約破棄となれば冒険者としての経歴に傷がつく。それはセイラントの契約書という制度の重さを理解している者なら誰でも知っていることだ。
御者は主にカルルとアミールが担当したが、長時間の運転は体に堪える。そのためティオ、ルシア、ビヨルドが交代で御者台に上がった。3人とも慣れた様子で、手綱の扱いも手慣れていた。
「エメラはしなくていいのか?」
ダンテが聞いた。
「御者の経験がない」
エメラが答えた。
「ないのか」
「馬車を動かしたことは一度もない」
その会話をアミールが聞いていた。
「エメラとやら」
アミールが前を向いたまま言った。
「はい」
「御者ができない分、お前の御者の追加手当は付かない。それは了承しておけ」
エメラは少し黙った。
「……分かりました」
「文句はないな?」
「ありません」
「よろしい」
それだけ言って、アミールはまた馬車の操舵に戻った。
ルシアが御者台から荷台に戻ってきた交代の時間に、エメラの隣に座って小声で言った。
「ごめんね、アミールのこと。あの言い方はちょっとひどいと思うわよ」
「仕方ないですよ、事実ですから」
「でも、御者ができないから給金を減らすって言い方はないじゃない」
ルシアは少し怒った顔をした。
「護衛の仕事は御者じゃないんだから」
「まあ、後で見返してやればいいだろう」
ティオが言った。
「アミールは結果を見る男だ。旅の終わりには印象が変わっているはずだ。俺たちはこの3人でアミールの護衛はすでに4回目、2往復分契約している」
「かくいうビヨルドも最初は給金を減らされた」
ルシアが続けた。
「弓使いは荷台から狙う方が精度が上がるから、御者をしない方がいいってことで揉めてね。でも実際に一度仕事を終えたら、アミールが自分から『お前は御者をしなくていい、その分弓に集中しろ』って言ってきたのよ」
「と、いうことはつまり」
「そうだ、このカルタとガナの区間で魔獣が何度か出てな」ビヨルドが言った。
「昼間はな、魔獣も大人しい。好き好んでこのスピードで移動している馬車を襲うものは滅多にいない」
ティオが続けた。
「問題は夜だ。昼夜問わず走る、といえどもさすがに夜の巡航速度は昼に比べて落ちる」
「あれは2回目、カルタの方から向かって進んでいたときだ、夜中に魔獣に襲われてな。元々この辺りはそこまで強い魔獣は出ない、平地で開けた場所だから魔獣も身を隠して近づけれないから襲うのもためらうからな。あの時襲ってきたのははぐれの個体でそいつが襲ってきて返り討ちにしたのさ。その時にビヨルドが活躍してな」
「『思ったよりやるじゃないか』とアミールが」
「え? でも今まさにはビヨルドは御者をしていますよね?」
「ビヨルドがその時交渉したのさ」
ティオが言った。
「『俺だけ御者をせず皆と同じ給料は貰えない。俺も御者をやるからその分給料を上げろ。それだと不公平だから皆の給料も上げろ』と」
「アミールもビヨルドの活躍を目の当たりにしたからだろう。結構あっさりと交渉は成立したよ」
「強行軍プラス最低人員での休み無しだもんね~」
ルシアが横から入る。
「日数で言えば高給だけど、割りに合うか、と言われたら微妙よ」
「自分も御者手伝いますね」
エメラが言った。何か思うところがあったのだろう。
「そうね、じゃあ次の私の時に一緒に出ましょう」
ルシアが頷いた。
「あ、でも今覚えて出来るようになっても給金は上がらないと思うわよ?」
「それは分かってます。どのみち出来ることは増やしておきたいので」
「偉いわね、冒険者としてそれ大事よ」
ルシアがにこりと笑った。




