ep31 護衛契約2
しばらくして、奥から担当者が戻ってきた。隣に、上席と思われる年配の職員を連れている。その職員は封書の中身を手に持っており、内容を確認しながら歩いてきた。
「君が、エメラ・ヴァイパグリンかね?」
「はい」
「グレゴール・ヴァーレン組合長、ロッド・ブレア隊長からの連名の書状を確認した」
上席職員が言った。その口調が、先ほどまでの受付担当者とは明らかに違う。緊張感と、それから敬意のようなものが混じっていた。
「書状で内容は把握したのでランクアップの手続きをしたいと思うんだが……」
「ありがとうございます」
「ただ、一点確認させてくれ」
上席職員がエメラをまっすぐ見た。
「書状にある実績——ヴェルディアでの件は、全て事実なのかな?」
「それは、俺は書状を見てないので何とも言えないのですが」
「鉱山内で発見した魔法陣の解除、重傷者の治療、爆破の阻止——これら全てを?」
「それなら、はい。鉱山の方に協力者はいましたが、俺がやりました」
「……」
上席職員はしばらくエメラを見ていた。値踏みするような目ではなく、確かめるような目だ。
「失礼だが、いくつになる?」
「え〜と」一瞬エメラは返答に詰まった。
「23です」
上席職員がかすかに眉を動かした。それから封書に目を落とし、また顔を上げた。
「ヴェルディア鉱山組合は、当ギルドのカルタ支部にとっても重要な取引先だ。その組合長が直々に、これほど詳細な書状を書いてきたのは——私がこの職に就いてから、初めてのことでな」
エメラは何も言わなかった。グレゴールの顔が浮かんだ。
「アミール!」
上席職員が振り返り、押し問答を続けていたアミールとポルタに声をかけた。
アミールが振り向いた。
「コルダン支部長」
アミールの顔が少し驚いた色になった。
「なぜあなたが——」
「ちょうどいい、アミール」
コルダンと呼ばれた上席職員が言った。
「この件は私が直接確認した。彼のランクの問題で手続きが出来なくなっているんだろ?その件、書類上の問題は解消される予定だ」
「解消? どういうことですか」
アミールが不思議そうに尋ねる。
「重大事件の公的な実績証明が2名以上から提出された場合に認められる特例審査を行う。支部長である私が責任を持って、エメラのランク昇格を即日処理する。これで護衛の条件は満たされる」
「支部長権限で?」
アミールが眉をひそめた。
「そこまですることですか」
「グレゴール組合長の書状だ」
コルダンが静かに言った。
「後で見せてやるから読んでみろ」
アミールは少し黙った。
コルダン支部長という立場と、グレゴールという名前の重さを、天秤にかけているようだった。商人として損得を計算しているのかもしれない。しかしそれよりも、自分がこれ以上この話題に口を挟むべきではない、という判断が勝ったのだろう。
「……分かりました」アミールが言った。「支部長がそうおっしゃるなら」
「ありがとう、アミール」コルダンが頷いた。それからエメラに向き直った。「エメラ、手続きに少し時間がかかる。その間、もう少し待っておいてくれ」
「わかりました」
しばらくして、コルダン支部長が戻ってきた。
「お待たせした、手続きが完了したぞ」
新しい冒険者証がお付きの女性から差し出された。エメラは受け取り、確認した。
ランク4の刻印がある。
「ランクの審査にあたり、グレゴール組合長からの書状の内容を参考にさせていただきました。記載の実績から判断し、ランク4が適切と判断しております」
「2つもランクアップ?いいんですかそれ?」
「特例中の特例ですがね。今回の件は初動が早く、大規模な事件に発展する恐れもありました。また、冒険者として登録されている年数から、ランク3は格好つきませんからね」
女性はニコリと笑う。
「組合長からの手紙で君の実力、人柄をとても評価されていて本当はランク5も検討に上がったんだが、もう少し目に見える実績を積んでもらえるとこちらとしても助かる」
コルダンがニヤリと笑った。
「目に見える実績、か。確かにあまり気にしてはなかったですね」
「ただの身分証としか思ってなかったもんな」ダンテが突っ込む。
「それと——」
コルダンが少し声を落とした。
「書状の最後に、一言添えてありました。個人的なものですが、お伝えしてよいとのことでしたので」
「なんですか?」
「——無理はするなよ、と」
エメラは少し黙った。
「……あの人らしいですね」
「ああ」
コルダンは笑った。
「あの方らしい気遣いだ」
コルダンから渡された契約書にサインを書き始める。
セイラントの契約書を使った契約は初めてのため、エメラはやり方を教わった。
「まずこちらの契約の内容に目を通していただき、よろしければサインを。その後、手をどちらでもいいので契約書の上に置いてください」
「手を? こうですか?」
エメラは言われるまま左手を契約書の上に置いた。
すると、たちまち契約書が光り始めた。光がエメラの手のひらを包み込み、じわりと広がっていく。温かくも冷たくもない、不思議な感触だ。
時間にして僅かな間。光は勢いを弱め、やがて消えていった。
光を失った契約書を見ると、そこにはエメラの手形がくっきりと残っている。指の形まで正確に刻まれていた。
「へえ、こうやって契約するんだな」
ダンテがまじまじと見ている。
「これで双方の同意が記録され、契約は完了です。正当な解除理由や契約違反が生じた場合は、ギルドの管理台帳へ記録されます」担当者が説明した。「こちらは写しとなっておりますので、一つはギルド、一つは雇用主、一つは契約者がそれぞれ契約が終わるまで保管しておくことになります」
「了解しました」
エメラは自分の写しを受け取り、新しい鞄にしまった。
「契約は終わったな、外に出るぞ」
アミールがさっさと歩き出した。まだ文句はないみたいで、一安心だ。
「それではエメラ殿、ダンテ殿。私も自分の仕事に戻るとします」
後ろで控えていたポルタが声をかけてきた。
「ポルタさん、いろいろと面倒を見ていただいてありがとうございました」
エメラが頭を下げた。
「お前はいい商人だ、お菓子も美味しかったぞ」
ダンテが言った、満足そうな声で。
「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ。またどこかでお会いしましょう」
お互い挨拶を終え、握手を交わした。ポルタの手は大きく、温かかった。ガナまでの馬車の中での会話が、頭の中に蘇った。——短い時間だったが、確かに旅を共にした人間だ。
「お世話になりました」
エメラがもう一度言った。
「お元気で」
ポルタが帽子を取って笑った。
外に出ると、護衛の3人と御者は一足先に明日の準備へ向かっていた。
特にその件には触れず、アミールが明日からの予定を伝え始めた。
「明日の朝8時にここへもう一度来い。カルタへの行程はおよそ4日ほどだ。最低限の食事は契約上こちらで用意もするが、何があっても対応できるように備えだけはしておけ。以上だ、何か質問はあるか?」
「そうですね」
エメラはふと思案したあと尋ねる。
「旅の支度をするにあたって、物資を購入するおすすめの店などはご存知ですか?」
アミールは少し考え、目の前の建物を指差した。
「おすすめの店? それならこの真正面の店がいい。ギルドの近くにあることもあって、冒険者御用達の物がまとめて手に入るだろう」
「あの店ですね」
「武具屋などは別におすすめの場所もあるが、必要か?」
「いえ、武具の装備は整えてますので大丈夫です」
「そうか、なら好きにしたらいい」
アミールは短く言った。
「明日は時間厳守だからな。遅刻する奴は好かん、信用にかかわることだ。貴様も肝に銘じておけよ」
「分かりました、明日は必ず遅刻しないようにします」
「よろしい」
アミールは少し間を置いた。
「俺はまだお前を認めてはいないが、ポルタやグレゴールさんの推薦だ。あの2人に恥じない仕事ぶりを期待しておくぞ」
「お任せください」
そう言うとアミールは街の中に消えていった。まだ明日の準備をするのか、宿に向かうのか——それは分からないが、エメラはその背中を見送りながら、ひとつ大きく息をついた。
「なんか、偉そうなやつだったな」
肩でダンテが印象を伝えた。
「そうか? 遅刻していった俺も悪いから、多分第一印象が良くなかったせいもあるんだろう」
「冒険者ランクも低いしな」
「それも……俺が悪いな」エメラは苦笑した。「ランクが低いとこんなことになるなんて全く考えてもなかった。冒険者の身分証明書位にしか思ってなかった」
「でもよかったな、一番低いランクじゃなくて」ダンテが言った。「いつの間にランク2になったんだ? 俺知らないぞ」
「ああ、それは……」
エメラは鞄を漁り、契約書と一緒に渡された小冊子を取り出した。
「契約書とともに貰ったこの冒険者の心得みたいなのに書いてあるかもしれない」
パラパラとページをめくる。
「ん、あったあった、ランクに関して書いてある」
「ふーん」ダンテも身を乗り出し冊子を覗いた。
冊子は小さな手帳のような大きさで、数枚にわたって冒険者の注意事項、ギルドの仕組みなどが書かれている。おそらく一番最初に冒険者登録したときに渡されるはずのもので、初心者に向けての記載事項が羅列されていた。セイラントの契約書の仕組みについても記載があったが、エメラが冒険者登録した際は何かの手違いで受け取らなかったのか、2人とも見覚えがないようだ。
ランクの事項にはこう書いてある。
一・新人、二・駆け出し、三・初級、四・中級、五・上級、六・超級、七・達人、八・英雄。
そしてその下に、小さな字で一文が書かれていた。
——なお、何もせずとも一年生き延びた冒険者は、自動的にランク2に昇格する。
「……」
2人とも、その一文を読んだ。
無言で目を合わせた。
「ランク上げも頑張ろうな」
ダンテが慰めるように言った。
「……そうだな、信用も大事だからな」エメラも返した。
お互いの言葉で、2人は笑った。声を出して笑った。通りを歩く人間が何事かと振り返るほど、2人して笑った。
「よし、まずはやることやろう」エメラが気を取り直して言った。
「明日からの旅に向けて食料を買い込むぞ」
「肉、肉は絶対に必要だからな」
ダンテが即座に反応する。
「ちゃんと買うから心配するな。でもバランスよくちゃんと食べるんだぞ」
まるで保護者のようにダンテへ伝える。
「バランスとは何だ」
「肉だけじゃなくて、野菜も乾燥した果物も必要だということだ」
「野菜は肉に邪魔にならない程度に入っていればいい」
「邪魔にならない程度、というのが気になるが——まあ、野菜も入れるということだな」
「そういうことだ」
ダンテは満足そうに頷いた。
アミールが指差した店は、ギルドの真正面にあった。
店の看板には「冒険者用品・旅具全般」と書かれており、入り口には干し肉、保存食、水袋、ロープ、薬草——様々なものが所狭しと並んでいた。
エメラは中に入り、棚を眺めながら必要なものを選んでいく。
保存の利く干し肉を数袋。乾燥した豆と麦。行動食になる固い菓子。薬草は旅の途中で使ってしまったものを補充する。
「あと、これも」
エメラは水袋を1つ取った。今の水袋は古くなっていた。替えどきだ。
「肉はどれだ」
ダンテが棚を覗いて言った。
「干し肉がここにある」
エメラが示した。
「どれが美味い」
「食べてみないと分からない」
「試食できないのか」
「できない」
「不便だな」
「旅の食料だから仕方ない」
店主がエメラに声をかけてきた。
「お客さん、いい干し肉が入ったばかりですよ。羊と、猪と、魔獣の肉もある」
「魔獣の肉?」エメラが聞いた。
「岩食い蜥蜴の干し肉です。最近討伐した個体から取れたもので、食感がいいんですよ」
「岩食い蜥蜴、美味しそうな響きだな」
ダンテが言った。
「……そうかな?」
エメラは全くそう思わなかったが、そこは人と魔獣の感性の違いなのかもしれない。
「……そうですね、1つもらいます」
「お目が高い。こいつは噛めば噛むほど味が出ますよ」
店主が干し肉を袋に入れて渡してくれた。エメラはそれを鞄にしまう。
あらかた買い物が終わり、渡り鳥亭に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。
部屋のベッドに腰を下ろし、エメラは新しい鞄を膝の上に置き、蓋を開け、二重底の空間に手を入れる。地図のケースがちょうど収まった。蓋を閉めると、外からは全く分からない。
「うまく収まったな」
窓枠で香箱座りをしているダンテが嬉しそうなエメラを眺めている。
「ああ。老人の言う通りだ、ここに入れておく方がいい」
「ポルタの紹介は当たりだったな」
「行商人の知り合いは広い」
「色々なところに行くだろうからな、自ずと顔が広くなる」
「そうだろうな」
エメラは鞄を傍らに置く。
「ジルヴェント商会も。世界中に網を張っているから、繋がりが無数にある」
「テラも同じだろうか」ダンテが言った。
「どういう意味だ?」
「各地に石碑を残している。ということは色んな繋がりもあるはずだ。もっと旅を続けているとテラを知っている人もいるかもしれない」
「そんな人が見つかれば今テラがどこにいるか、きっと足取りが掴める」
エメラはしばらく黙っていた。
「そうだな、まだ出会ってないけど、きっと今テラが何しているか知っている人がいるはずだ」
「でも、謎めいた奴だな。テラってやつは」
「仕方ない、目覚めた時間が違いすぎるんだ。俺にできることは、早く追いつくこと、ひとまずはそれだけさ」
「明日からカルタか」
「憲兵隊長に会ったらきちんと伝言は伝えないとな」
「蛙の話を伝えるのか」
「一応、頼まれているし」
「どんな反応をするんだろうな」
ダンテが少し楽しそうに言った。
「悪戯する子供みたいな顔するなよダンテ、明日は早い、朝7時にはここを出るからな」
「わかってる。ちゃんと起こしてくれよ」
そういうやいなやダンテは丸まってすやすやと寝息を立て始めた。
窓の外で、ガナの夜が静かに深まっていった。遠くから馬車の音が聞こえ、それが消えると、虫の声だけが残った。
明日からカルタへ向かうワクワク感を胸に、エメラは目を閉じた。




