ep29 山麓の街ガナ2
「珍しい魔獣を連れているじゃないか兄さん、そいつの名前はなんて言うんだ?」
「こんにちは、この子はダンテといいます」
「……」
いつものダンテなら一言なにかしら言うのに何もしゃべらない。緊張しているのか、それとも別の何かか。じっと雷狼を見ている。
グルルル、と雷狼が低く唸る。それは決して威嚇では無く、まるでダンテに向かって語り掛けているように。
ダンテもクルルルと喉を鳴らす、体格の差か、雷狼の唸り声に比べると幾分高い音だ。お互いしばらく更新しあうかのように目を合わせ唸り声を交わしている。
「大きな魔獣ですね、それによく訓練されている」
エメラが雷狼を見ながら言った。
「ああ、こいつらは軍の魔獣だからな、それに付き合いも長い。俺たちが出動するときはいつも一緒なんだ」
「軍、ということはアストリアの軍所属ですか?」
「そうだ、俺はアストリア連合国軍、元白狼隊隊長、ガヴロックという。後ろのポニテ娘がマリアだ。なぁ、マリア」
「人前で呼び捨てはやめてください」
マリアが淡々と言った。それからエメラに向き直り、小さく頭を下げた。
「初めまして。同じく元白狼隊副隊長のマリアといいます。以後お見知りおきを」
ポニテ娘という紹介に対して突っ込みもせず、淡々と自己紹介をする。慣れているのか、いちいち突っ込むのも面倒なのか。あるいは両方か。
「元白狼隊?」
エメラが怪訝そうな顔で聞いた。
「それはですね」
マリアが口を開いた。
「この男が大臣に狼藉を働き、私ともども左遷され、ただいま方々大変な任務の処理を昼夜問わず行わされている最中です」
言葉には、チクリと棘がある。
「やっぱり怒ってるじゃないか、マリア」
「人前で呼び捨てはやめてください」
「そんなに任務が多かったら大変そうですね」
「そうなんだよ」ガヴロックが頷いた。
「どこもかしこも事件だらけでさ、今からまた山登りしなきゃいけねえし」
「その後はとんぼ返りで失踪者探しもあるし」
「失踪者? どこでですか?」
「隊長、任務に関わることは一般人には極秘だといつも言われているじゃないですか」
「かったいこというなよ、マリア」
「人前では副長とお呼びください。むやみやたらと任務の内容を漏らしていると報告書に記載しますよ? また元帥閣下に怒られたいですか?」
「……嫌だ、あのじいさんマジで説教長いから嫌だ」
「お兄さん、そういうことです」マリアがエメラに向き直った。「任務内容は軍の機密になりますのでおいそれとお伝えすることができません」
「にしても兄さんもそこそこ強そうだ。持っているマナからも伝わるな」ガヴロックが言った。
「どうだい? 一緒に軍に入って俺と一緒に暴れないか?」
「楽しそうな提案ですが、俺もまだ旅の途中ですので。すみません」
断りを入れながら、エメラはダメもとで聞いてみることにした。
「俺は旅をしながら、各地にある無言の碑を見て回っているのですが、お2人は無言の碑がどこにあるかご存じですか?」
「無言の碑? なんだそれ、マリア」
「無言の碑とは各地に点在している、何百年も前からあると伝えられている巨大な石碑のことです」マリアが説明した。
「誰にも解読不可能な文字が掘ってあり、不思議な力に守られて破壊することができない謎の遺物です。士官学校の座学で習ったはずですよ?」
「座学は睡眠の時間だ、あんなんやっても強くならんからな」
「だからちっとも魔獣の種類も覚えないし、報告書も書けないんですよね」
「こらマリア、上官に対して失礼だぞ」
「今私たちは階級的には一般兵と同じで、しかも平隊員とほぼ同じ権限しかありません」マリアは静かに続けた。
「なんなら事務作業ができる分、私の方が上かと」
その言葉を聞きガヴロックは苦い顔になり、エメラの方を向いた。
「と、いうわけだ。無言の碑はわからねえ、すまないな」
「そうですか……」
少ししょんぼりとするエメラに、マリアが声をかけた。
「大丈夫です、無言の碑は軍事機密でもなんでもありません。私が知っている情報でよろしければお伝えいたします」
「本当ですか?」
その言葉を聞き、エメラはぱっと笑顔になった。
「はい、私が知る限りではこの大陸に4つあります。1つは我が国アストリア連合国、城下にある国民が交流できる自然公園に、巨大なオブジェクトとして鎮座しています」
「巨大なオブジェクト……?」
「あぁ、試し切りしても傷一つつかなかったあのでっかい石か!」
ガヴロックが割り込んだ。
「え?」
思わずエメラがびっくりして声を上げる。しかし眼前のやり取りは構わず進んでいく。
「そうです、隊長が馬鹿なことをやって敗北した石です」
「あれはまだ若かったし、武器も違ったからだ、今ならぶった切れる」
「愛用の剣は取り上げられているのに、ですか?」
「あ……でも負けてはいない、いつかはぶった切る」
「やめてください、いよいよ捕まりますし、話が進まないので割って入ってこないでください」マリアがガヴロックを制し、エメラに向き直った。
「失礼しました。2つ目が山間の町ヴェルディア、交易の街カルタ、農村のアルダス。そこに点在していると聞いています。私が実際に見たことがあるのは本国の物と、カルタの物ですね」
「なるほど、貴重な情報ありがとうございます」
「なあ、カルタとアルダスってこの後の任m痛ってえ」
全てを言い終わる前に、脇腹に串が刺さった。
「た、い、ちょ、う?」
人前なのでマリアはにこやかだが、内心かなり怒っているようだ。目が笑っていない。
「御見苦しいところをお見せいたしました」マリアが静かに言った。
「そろそろ私どもは出発いたします」
刺された脇腹をさすりながら、ガヴロックも別れの挨拶を伝える。
「おう、そろそろ俺たちは任務に向かうことにするぜ。このままだと脇腹が傷だらけになってしまう」
「それは自業自得です」マリアが言った。
「そういや兄さんの名前を聞いてなかった、名は何というんだ?」
「エメラ、エメラ・ヴァイパグリンといいます。今日はお話しできてよかったです。またどこかで会いましょう」
「はっはっは、そうだな、エメラ」
ガヴロックが笑った。
「俺たちもしょっちゅういろんなところに行ってるからな、また意外とすぐ会える気がするぜ」
「エメラさん、良い旅を」
マリアはぺこりとお辞儀をした。
挨拶が済むと、2人と2匹は街の出口の方へ向かっていった。
ガヴロックの大きな背中と、マリアの整った後ろ姿。その脇を雷狼が2頭、揃って歩いている。人混みの中でも、その一団は妙に目立った。
エメラはその背中を目で追いながら、ダンテを撫でた。
「何もしゃべらないなんて珍しいじゃないか。なんだダンテ、もしかして雷狼たちに怯えてたのか?」
「そんなんじゃない、ちゃんと会話していた」
ダンテは素っ気なく言った。
「へえ、何話してたんだ?」
「すっごく頑固なやつで、色々聞いたけどあんまり教えてくれなかった」
「それは軍用というだけあるな」
エメラが言った。
「まさか狼も守秘義務を守るのか」
「それもあるけど……」
ダンテは少し間を置いた。
「完全に弱い魔獣だと思われていた。最初から最後まで」
「そうか」
「まあいいさ、気にしない」
ダンテは言い切った。
「ほんとに強い魔獣は強さをひけらかさない。そんな奴は二流の魔獣だ」
「お、語るねえ」
エメラが笑った。
「まあ、ダンテの真の強さは俺が一番分かってるからな」
「そうだ、俺はほんとは強いんだ」
ダンテが頷いた。
「それよりもあの2人、特に男の方——すごく強いな。エメラと旅を始めてから、あんなに強い人間は初めて出会ったな」
「俺もそう思う」
エメラも頷いた。ガヴロックの立ち姿、動き方、何より体から滲み出るものが、並の兵士とは根本から違った。武器を取り上げられているというのに、その存在感は少しも薄れていなかった。
「エメラ、実際戦ったらどっちが勝つ?」
「どうだろう……武器が剣だったから接近戦が得意だとしたら、俺の方が不利なんじゃないかな」
「そこは嘘でも勝つって言ってくれなきゃダメだぞ」
ダンテが言った。
「曲がりなりにも一度は俺に勝ったんだ。だから他の人間に負けてもらっちゃあ困るからな」
「ははっ、そうだな、あの時のダンテは強かったからな」
「エメラもな」ダンテが言った。「しかしその代償が今の現状だ」
エメラは少し黙った。
「今の現状というのは」
「この体だ」
ダンテは自分の前足を見た。
「本来の力を封じられた状態で旅をしている。それがお前と出会った時のあの戦いのせいだとしたら——まあ、お前には感謝してもいいかもしれないな」
「感謝?」
「本来の姿でいたら、お前とこうして旅をしていなかったかもしれない」
ダンテは静かに言った。
「この体だから、肩に乗れる。この体だから、お前の隣にいられる」
エメラはしばらく黙っていた。
「……そういう考え方もあるのか」
「俺は前向きなんだ」ダンテが言った。
「初めて聞いた」
「言わなかっただけだ」
遠ざかっていくガヴロックたちの背中が、人混みの向こうに消えていった。
「マリアさん、カルタにも無言の碑があると言っていたな」エメラが言った。
「ああ。まだ見ていなかったのか」
「場所を聞きそびれた」
「まあ、調べれば分かる」ダンテが言った。「カルタは大きな街だ、有名な場所なら地元の人間に聞けば教えてもらえる」
「そうだな」エメラは頷いた。
「アルダスにも」
「場所が分からないから持っている地図を確認しよう。この大陸の地図と、グレゴールさんから貰った地図も照らし合わせてみたほうがいいかもな」
大陸の地図自体は一般的に販売されている。それでも高価なものだが、旅をするには必須のアイテムだ。エメラ達はこの大陸に渡った際に港町で購入している。
「この大陸のは後3つ、か」
ダンテが続けた。
「テラは、随分と広い範囲に石碑を残しているんだな」
「それだけ長い時間をかけて世界を回ったということだろう」
「俺が眠っている間に」
「……寂しいのか?」
ダンテが言った。
「分からない」
エメラは正直に答えた。
「眠っていたから、時間が経った感覚がない。でも——目覚めてみたら、こんなにいろんなところにメッセージが残っていた」
「それを見つけて回っている」
「ああ」
エメラは空を見上げた。ガナの青い空だ。
「1つ1つがテラを追いかけるヒントとなる」
ダンテは何も言わなかった。
ただ、エメラの肩の上で、尻尾を一度だけゆっくりと揺らした。
「行くか」
エメラが言った。
「カルタの碑を探そう」
「ああ」
ダンテが頷いた。
「まずは明日のカルタ行きの馬車だ」
「忙しいな」
「旅とはそういうものだ」
2人は市場の賑わいの中を、歩き出した。
市場を一通り見て回ってから、2人は街道に戻った。道を歩きながら、ダンテが言った。
「ポルタが言っていた羊肉の店を探さないのか」
「探すつもりだったんだが、市場に熱中してしまった」
「お前が熱中していたんだ、俺ではない」
「何言ってんだ、お前も果物を食べていたじゃないか」
「あれは間食だ」
ダンテが言い切った。
「羊肉は別腹だ」
「魔獣に別腹の概念があるのか」
「俺にはある」
エメラは笑いながら、街道沿いの食堂の看板を見て歩いた。いくつか目に入ったが、ポルタが言っていた羊の肉らしき記述はない。
路地に入ったところで、小さな食堂を見つけた。外に黒板があり、今日のおすすめ料理が書かれている。
「——羊肉のステーキセット」
「あった」
ダンテが言った。
「あったな」
エメラが頷いた。
「入るぞ」
「入るか」
2人は迷わず扉を開けた。




