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翠色のアルケミスト  作者: 蜂兎類
第1部 ヴェルディア編
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20/55

ep20 ジルヴェント商会2

「それよりもお聞きしたいことがあるのですが」


「ジルヴェント商会はご存じですか」


「知ってるも何も、世界最大の商会じゃないか」


 隊長が即座に答えた。驚いたような、少し呆れたような表情を浮かべている。


「小さなペンから魔道具、戦艦までありとあらゆる世界の売買に携わっているとも言われる。子供でも名前は知っているぞ」


「むしろ知らない君の方が驚きだよ」


 隊長は目を丸くし、エメラに説明する。それだけ有名で巨大な商会なのだろう。その表情をみて、エメラは苦笑した。


「すみません、世間知らずなもので」


「どういう成り立ちなんですか?」


「そこはワシが説明しよう」


 グレゴールが手を上げ、隊長に代わって説明を始めた。椅子に座り直し、腕を組む。


「少なからず取引もあるのでの」


「といってもワシも詳しくは知らぬがの。あくまで世間一般的な知識と大差ないくらいじゃと思っといてくれ」


 一度咳払いをする。


「そうじゃのお……現存する商会の公的記録は、およそ600年前まで遡る。それ以前にも同じ名の交易組織があったという説はあるが、確かな資料は残っておらん」


「600年以上!?」


 エメラが驚いて声を上げた。


「ああ。そのころはまだ小さな商会で、そこから徐々に大きくなっていき、今では世界の各地に支部を持つ最大級の商会となっておる」


「革新的な魔道具の開発、販売。貧しい地域には献身的なサポートなども行っていると聞く」


「それにより世界の争いが表向きは一気に減り、貧富の差が劇的に改善されたとも聞いたことがある」


 グレゴールの声には、敬意が込められている。国という垣根を超え、世界的に分け隔てなく支援をするというのはどれだけ難しく、また途方もない力が必要なことが分かっているからだ。


「世界最大になった大きな要因としては、船の開発じゃな。外洋の航海にも余裕のある耐久性。海の魔獣にも負けない戦闘力を持たせ、魔道具によって操船されているため、それ以前まで主に使用されていたガレー船や帆船よりも運搬可能な物量がけた違いにあがったことで一気に力をつけていったとされており、他の商会を取り込みつつ商業連合という協力関係をつくったことじゃな」


「商業連合……」


 エメラが呟く。


「そうじゃ。複数の商会が手を組み、互いに利益を分け合う。競争ではなく、協調の道を選んだんじゃ」


 グレゴールが頷く。


「ジルヴェント商会が無ければ世界はもっと混沌としておっただろうと言われておる。まあ、それでも全部の商会が組んでいるわけではない、反発して独立を保っている商会も数多くいるがの」


「それほどの影響力を……」


 エメラは考え込むように呟いた。


「なぜそんなことを聞くんじゃ?」


「もしかして、君の探している仲間がジルヴェント商会と関係があるのか?」


 隊長も興味深そうにエメラを見ている。その問いにエメラは曖昧に答えた。


「……そうかもしれません」


「トルクから聞いた話によると、ジルヴェント商会の会頭が俺の仲間の特徴によく似てまして……」


「トルク?」


「ああ、あの魔術師の男です。先ほど別れ際に名を聞きました」


「本人はトルク・エジンと名乗っていました。牢の登録にも、その名を記録しています」


「それは俺たちも事前の取り調べの際に聞いている、本名でまちがいないだろう。そういえばそう言う風に名乗ってたな」


「しかし会頭が仲間!?どういうことなんだ?」


「それは……」


 エメラはどう弁明するか困った顔をしているところに、グレゴールからの助け舟が飛ぶ。


「会頭は昔から冒険者も兼業でやっているという話も聞いたことがある」


「とても行動力に溢れた人物だと言われておるな。行動力がありすぎてまるで何人もおるんじゃないかとも噂されるレベルじゃて」


「有名人なんですね」


「世界でも十指に入る位は有名じゃな」


 グレゴールが頷いた。それから、少し遠くを見るような目をした。


「かく言うワシも一度会った事がある」


「そうなんですか?」


 エメラが思わず身を乗り出した。


「あぁ、十年ほど前になるかの。この鉱山始まって以来と言ってもいいほどの大きな取引があってな。そこに幾人かの商人とともに同席されておった」


 グレゴールは記憶を辿るように、目を細めた。


「どこか飄々として掴みどころがない方じゃった。偉ぶったりはせずに人当りもよく、まるで年来の友人のような距離感で接してこられるでの。初めて会ったはずなのに、不思議とずっと前から知っておるような気がしてのう」


「外見は若々しく、年齢は聞かなかったが、ずっと昔から活躍されておるからまあいい歳であろう。見た目だけで言えば20代半ばといったところかの。もしかしたらワシらが知らない不老不死に近い効果がある魔道具を持っている可能性もあるの、間違いなく世界一のお金持ちじゃろうからな」


 グレゴールは苦笑した。その笑いには、あの時の印象がまだ生々しく残っているようだった。


 エメラはグレゴールの話を聞きながら、黙っていた。飄々として掴みどころがない。年来の友人のような距離感。若々しい外見。


 そういう人物だったのか、とエメラは思った。


「エメラ殿も旅を続けて、いればどこかで会うこともあるかもしれぬな」


「そうですね……」


 エメラは小さく頷いた。


「そうだといいのですが」


 部屋に少し静かな間が流れた。


「旅と言えば、このあとエメラ殿はこれからはどうされるのかな?」


 グレゴールが話題を変えた。


「そうですね、まだ方向は決めていませんが……北か、東か」


 エメラは少し考えながら答えた。


「まだ決めかねてますね」


「北といったらアストリア連合国か」


 グレゴールが地理を語るように続ける。


「東なら大きな港街もあるな。商業の要所じゃ、情報も集まりやすい」


「北には、一度行ってみたいと思っていました」


 エメラが言った。


「そういえば」


 グレゴールがぽんと手を叩いた。


「今回の依頼の報酬もまだ渡しておらんかった。エメラ殿、後ほど組合に来てくれんか。そちらで報酬を渡す準備をしておこう」


「今回の依頼は大変だったからな、ちゃんと色を付けてくれよ」


 ダンテが軽口をたたいた。


 それまで少し重かった場の空気が、ぱっと和らいだ。グレゴールが声を立てて笑い、隊長も口元を緩める。セドリックまで、普段の薄い表情に小さな笑みを浮かべていた。


 ダンテなりの気遣いだろう、とエメラは思った。こういう時、ダンテは絶妙な加減で空気を読む。普段の皮肉や強がりとは違う、柔らかい笑わせ方をする。


「ちゃんと活躍してくれた分だけ色をつけてやるわい、猫ちゃんよ」


 グレゴールがダンテに向かって言った。


「猫では無い、魔獣だ」


 ダンテが即座に訂正する。しかし今回は、怒っているというより、ちょっとした決まり文句を言い返す調子だった。


「はいはい、魔獣ちゃんよ」


 グレゴールがからかうように言う。


「……まあ、今回は許してやろう」


 ダンテが小さく鼻を鳴らしながら言った。


 また笑いが起きた。今度は全員が、声を立てて笑っていた。


 詰め所を出る前に、エメラがふとした疑問を口にした。


「そういえば、今回の件でトルク・エジンの処遇はどうなるのですか?」


 隊長はセドリックと目を合わせた。どこまで話していいものか、ということを目で会話でもしているのだろうか。短い沈黙の後、隊長が口を開いた。


「そうだな……君も今回の件の当事者なので、話せる範囲では伝えよう」


 隊長は腕を組み、慎重に言葉を選びながら続けた。


「トルクも騙された側ではあるが、結果的に犯罪に加担してしまったことは事実だ。何らかの処罰は免れないところは出てくるだろう」


「だが今回、尋問での結果で嘘が無かったこと、実際に人死にが出ないよう働きかけていたこと。冒険者の規約などに縛られ自由がきかなかったところ——情状酌量の余地はありそうだ」


「この後アストリアに送致され、そこで処遇が決まる」


「アストリアへ?」


「ああ。こういった案件は地方の警備隊だけで処遇を決めるには規模が大きすぎる。国の機関がさらなる取り調べを行い、最終的な判断を下す仕組みだ」


「今回のケースのようなことは、決して珍しい事例ではありません」


 セドリックが静かに補足した。眼鏡の奥の目が、少し遠くを見ている。専門家として、長年この問題を見てきた者の目だった。


「冒険者の規約が古く、契約と法とのすり合わせが刷新されていないためです」


「珍しくない……ということは、他にも同様な問題が起きているということですか」


 エメラは少し眉をひそめた。


「残念ながら」


 セドリックが頷いた。


 エメラは考え込むように言った。


「改善はされないんですか?」


 セドリックは一度眼鏡を押し上げ、話す準備をするように姿勢を正した。


「改善の試みは、何度もなされてきました。ただ……根本的な問題が複数絡み合っていて、そう簡単には解決しないんです」


「根本的な問題とは?」


 セドリックは指を立て、順を追って説明を始めた。


「まず1つ目は、冒険者を統括する組織と、各国の法整備を担う機関との間に、深い溝があるということです」


「溝、というのは?」


「冒険者ギルドという組織はご存じですか?」


「名前は聞いたことがあります」


 エメラが答えた。


「冒険者の登録、依頼の斡旋、等級の認定を一括して管理している組織です。規模は大きく、大陸をまたいで存在しており、独自の規約と体制を持っています」


「しかしここが問題でして——ギルドは各国の法律の管轄外に置かれているんです」


「管轄外?」


「ギルドが設立されたのは、今から三百年以上前のことです」


 セドリックは続けた。


「当時はまだ国家の枠組みが今ほど整っておらず、国をまたぐ魔獣の討伐や、複数の地域にまたがる調査依頼を遂行するには、どの国の法律にも縛られない独立した組織が必要だという考え方がありました。それが冒険者ギルドの成り立ちです」


「つまり、最初から意図的に国の法の外に置いたわけですか」


「そうです。当時は合理的な判断だったのでしょう。国境を越えて動けることが、ギルドの最大の強みでしたから。しかし——」


 セドリックは眉をひそめた。


「三百年の間に、各国の法律は大きく発展しました。犯罪の定義、契約の効力、証拠能力……様々なものが整備された。しかしギルドの規約は、基本的な骨格が当時のまま残っている部分が多い。その結果、現行の法律とギルドの規約が食い違う場面が、あちこちで生じるようになったんです」


「たとえば今回のような場合、ということが」


 隊長が引き継いだ。


「ああ。今の法律では、依頼内容が犯罪に該当すると判明した時点で、冒険者は依頼を拒否できる。しかしギルドの規約では、一度契約した依頼を一方的に破棄することは、原則として禁止されている。この2つが衝突するんだ」


「また、冒険者ギルドが冒険者との契約に用いるセイラントの契約書も管理しておる。ある意味この魔道具で冒険者を縛っており、これを外部に流出させるようなことはしないだろう」


「つまりトルクは——」


「法律的には依頼を断れた立場にあった。しかし冒険者の規約上は、断れなかった。どちらが優先されるべきなのか、現行の制度では明確な答えが出ていない」


「そんな……」


 エメラは言葉を詰まらせた。


「それはトルクだけでなく、俺も同じ立場になり得るということじゃないですか」


「その通りです」


 セドリックが静かに言った。


「現時点では、冒険者が法的に保護されるかどうかは、ケースバイケースで判断されるしかない。それが現状です」


「改善しようという動きはないのですか?」


「あります。しかし——」


 セドリックは少し疲れたような表情を浮かべた。


「これが2つ目の問題なのですが、ギルド側と各国の統治者側で、お互いが相手に主導権を譲りたくないんです」


「どういうことですか?」


「ギルドとしては、独立性を保つことが存在意義の根本にあります。どこかの国の法律に従属してしまえば、その国の都合に合わせて動かざるを得なくなる。今まで国をまたいで公平に活動できていたのに、特定の国の影響を受けるようになれば、信頼性が損なわれる、という考え方です」


「一方、各国の政府は——」


 隊長が続きを引き取った。


「ギルドが大きな権力を持った独立組織である以上、自国の法律の外側にある存在を放置し続けるのは、統治上の問題があるという立場だ。しかし、かといってギルドを完全に国の管轄下に置こうとすれば、他の国との関係が複雑になる。ギルドはあくまで複数の国にまたがる組織だから、一国だけが管轄を主張することもできない」


「つまり……誰も決められない、ということか」


「法整備の会議は、何度も開かれています」


 セドリックが言った。


「しかし毎回、ギルド側の代表と各国の代表が持ち寄る案がぶつかり合い、まとまらない。協議が長引くうちに担当者が交代し、また最初から話し合いが始まる。その繰り返しです」


「気の遠くなる話ですね」


「ええ」


 セドリックは小さくため息をついた。


「ただ……今回のような事例が積み重なれば、いつかは動かざるを得なくなる、とは思っています。問題が可視化されなければ動かないのが組織というものですから」


「それまでの間は、被害が出続けるわけだ」


 エメラが静かに言った。怒りというより、やるせなさの滲んだ声だった。


「残念ながら、そういうことになります」


 セドリックは答えた。


 部屋に沈黙が落ちた。松明が揺れる音だけが、しばらく聞こえていた。


「俺にできることは……気をつけること、だけか」


「今のところは、そうなります」


 セドリックが頷いた。


「依頼を受ける際には、内容を細かく確認する。依頼主の身元を可能な範囲で調べる。怪しいと感じたら、深入りする前に立ち止まる」


「当たり前のことに聞こえますが」


「当たり前に見える判断が、実際の状況では難しい。今回のトルクのように、契約書にサインした後では引けない状況を作られてしまうこともある。だからこそ、署名の前が最も重要です」


「覚えておきます」


 エメラは真剣な顔で頷いた。


「それに」


 隊長が付け加えた。


「今回のトルクの事例は、アストリアの裁判所でも記録に残る。そういった判例が積み重なることで、将来の法整備の参考になる可能性はある。すぐには変わらなくても、無駄にはならない」


「……そうですね」


 エメラは少し考えてから言った。


「トルク自身は、そのことを知っているのでしょうか」


「さあ」


 隊長は答えた。


「しかし、送致の際に伝えることはできる。情状酌量の申請を行う際に、今回の証言が将来の法改正に繋がる可能性があることを含めて」


「できればそうしてあげてください」


 エメラは静かに言った。


「あの男は……複雑な状況の中で、できる範囲で誠実に動いていたと思います」


 隊長はエメラを見た。それから、小さく頷いた。


「分かった。善処する」


「では、俺はこれで。グレゴールさん、後ほど組合によりますね」


「承知した。いつでも大丈夫じゃからな、準備をして待っておるぞ」


 エメラとダンテは詰め所を後にする。

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