ep19 ジルヴェント商会1
牢獄から出て、詰め所に戻った2人を、待っていたのは、隊長、グレゴール、警備隊の魔術官セドリックだった。ガレスはカールの付き添いで治療所に残っている。
詰め所の中は薄暗く、壁に掛けられた松明が揺らめいている。木製のテーブルと椅子が並び、3人はそれぞれ椅子に座っていた。エメラとダンテが入ってくると、3人は一斉に顔を上げた。
「どうやら無事何事もなく終わったようだな」
隊長がエメラの雰囲気を伺いながら声を掛けてくる。その目は鋭く、エメラの表情を注意深く観察している。
「ええ、問題ありませんでした」
エメラは短く答えた。
「セドリック」
おもむろに隊長が魔術官に視線を向ける。
「はい」
セドリックが立ち上がり、エメラに近づいた。
「お役に立てて何よりです」
セドリックは丁寧に受け取り、自分の席に戻った。
「長い時間お疲れじゃったな、エメラ殿」
グレゴールがねぎらいの声を掛けてくる。
「何か収穫はあったのかの? 奴は他に鉱山の事などは話は無かったかな?」
グレゴールの声には期待と心配が混じっている。
「鉱山の事は新たな情報は特にありませんでした」
エメラは答えた。
「そうか……」
グレゴールが少し残念そうな表情を浮かべる。
「話を聞いたのは……俺の仲間の話をしてもらったんです」
エメラが続ける。
「仲間?」
隊長が眉をひそめた。
「ほう……以前言っていた旅の目的の仲間探しのかね」
グレゴールが思い出したように言った。
「いい話は聞けたかな?」
「はい、思った以上に有益な情報を教えてもらいました」
エメラは頷いた。その表情には、僅かな安堵が浮かんでいる。
「それは良かった」
グレゴールが微笑む。
しかし、隊長の表情は険しいままだった。
「分からんな、人払いをしてまで何を話したんだ?」
隊長が腕を組んで言った。
「仲間の話だと言ったはずです」
エメラが答える。
「それだけか?」
隊長の目が鋭くなる。
「もしかしてだが、何か他にこの鉱山についての計画や、この街を害する打ち合わせなどは行ってはいないだろうな?」
「は?」
「そんなことはあり得ない!」
エメラが驚いて声を上げた。突然の問いに声はかすかに怒りで震え、不快感をあらわにしている。
「隊長!」
グレゴールが立ち上がり、怒気をはらんだ口調で隊長に食って掛かる。その顔は真っ赤に染まり、拳が震えている。
「街を救ってくれた英雄になんてことを言うんじゃ!」
「グレゴールさん、落ち着いてください」
隊長は冷静に答えた。
「確かに今回は結果的にみれば彼が鉱山の問題を解決してくれた。しかも英雄的な働きでね」
「しかし、全体の流れを考えたらおかしいところも出てくる」
「どういう意味ですか」
不快感をオブラートに包みながらも、エメラは我慢し隊長の話に耳を傾ける。ダンテも足元で警戒するように隊長を見つめている。
「君がこの街に来たのはいつになる」
「4日前、日が暮れる前にこの街へとたどり着きました」
「そうだ、4日前だな」
隊長が頷く。
「これは入り口の衛兵達からの証言も得ている。」
「それが何か関係があるのですか」
「タイミングが良すぎるんだよ」
「4日前の崩落の事故、その翌日鉱山の一連の事件の解決」
隊長は指を折りながら続ける。
「あまりにも解決までが、早すぎる。穿った見方をすれば、そもそも街に来たタイミングがよすぎるんだ」
「何を言っている……」
グレゴールが呻く。
「まるで君をこの街の英雄に仕立て上げるかのように」
隊長の言葉に、部屋の空気が凍りついた。
「隊長、それは言い過ぎではないですか」
余りにも辛辣な一言に思わずセドリックが口を開いた。
「いや、疑問を持つのは当然だ」
隊長は首を振りながら話す、声のトーンは淀みがなく、確固たる意志を感じられる
「私は警備隊の隊長として、この街の安全を守る責任がある」
「だからこそ、どんなに英雄的な行為であっても、疑わしい点があれば調査しなければならない」
「ふざけるな!」
グレゴールが再び叫んだ。
「エメラ殿はカールを救い、鉱山を救ってくれたんじゃぞ! それを疑うなど——」
「グレゴールさん、お気持ちは分かります」
隊長がグレゴールを制し、エメラを真っすぐ見つめた。
「しかし、私は職務を全うしているだけです」
「エメラ殿、答えていただけるか」
「この街に来たタイミング、そして事件解決までの速さ。これについて、何か説明できることはあるか?」
「この街に来た目的があるのならそれも教えてくれないか」
エメラは黙って隊長を見つめた。
部屋には重い沈黙が流れる。時間にして10秒程、エメラが口を開く。
「特にありません」
エメラは隊長の目を真っすぐ見返し短く答える。
「4日前、この街に来たタイミングは本当に偶然です」
「俺たちがこの街に来たのは、ここに無言の碑があると聞き、それを見に来ました」
「無言の碑?」
隊長が反応する。
「エメラ、いいの?」
ダンテが心配そうにこちらを見ている。ダンテの目を見て、エメラは無言で頷き、説明を続ける。
「街についたのがもう遅かったので、見に行くのは翌日にして、俺たちは夜の街を観光もかねて散策してました」
エメラは落ち着いた口調で語る。
「そういえば、そこで怪しい人影も見ましたね」
「怪しい人影?」
隊長が身を乗り出した。
「顔はフードを被って分かりませんでしたが、ダンテが焦げたような匂いを感じていたそうなので、魔術師だった可能性もあります」
「それは重要な情報だ」
隊長が真剣な表情になる。
「君はその時は特に何も行動は起こさなかったのか?」
「この街の事情も何も分からない俺が、ぱっと見で怪しいかな、と思った人に声をかけるわけないじゃないですか」
エメラは少し呆れたように答えた。
「捜査する権限もないし、まず第一に余所者です」
「下手なことをしたら街を追い出されるかもしれない」
エメラの言葉には、旅人としての慎重さが滲んでいる。
「隊長、少し警備の者目線になりすぎておるぞ」
グレゴールがエメラに助け船を出すような形で会話に割って入る。
「普通の者はそのような場面に出くわしても積極的にかかわろうとはしないじゃろうて」
「それもそうだな、すまない」
隊長は小さく息をついた。
「職業柄そういう目線が染みついているのかもしれない」
「話を遮って悪かった、続けてくれ」
隊長が促す。
「ある程度街を見回ったときに、急にすごい音が鉱山の方角から聞こえたので、俺にも何か出来ることはないのかと思い、駆け付けたんです」
エメラは当時のことを思い出すように目を細めた。
「そこで、俺なら助けることが出来るからやっただけです」
「無償で手助けしてくれたと聞いたが」
隊長が確認するように言った。その問いかけにエメラは静かに答える。
「俺には助けられる力があるから、助けたいと思ったからその力を使っただけです」
「あまり人前で術を披露することは極力避けていましたがね」
「それに自分が勝手にやったことです。そこに対価を求めようとは思いません」
エメラの声には、揺るぎない信念が込められている。
「隊長、あなたもそういう職業についているということは、少なからず人助けをしたいという気持ちをお持ちのはず」
「それともあなたは目の前に差し出された助けを求める手を振り払いますか?」
「打算で人を助けますか?」
エメラは静かな口調で、淡々と伝える。表面上は怒りは見えない。しかし、隊長の詰問に不快感は感じているのだろう。
ダンテの鼻は、エメラの今の感情を確かに感じ取っていた。僅かに震える怒り、そして傷ついた誇り。ダンテはエメラの足元で、じっと隊長を睨んでいる。
隊長は黙ってエメラを見つめた。その目には、何かを見極めようとする鋭さがある。
数秒の沈黙。
「そうか、分かった」
隊長は静かに言った。
「セドリック、どうだ」
隊長が魔術官に視線を向ける。
「エメラ殿の言葉に偽りはありませんでした」
セドリックが答えた。その手には、いつの間にかフーチが握られている。
隊長は確認に入る前、虚実のフーチを用いることをエメラへ告げていた。フーチが示すのは客観的事実ではなく、話者本人が嘘だと認識しているかどうかだ。
「エメラ殿、すまないが試させてもらっていた」
隊長が頭を下げた。
「……」
エメラは黙って隊長を見つめていると隊長が顔を上げた。
「しかし、これで君の潔白は証明された」
「疑って申し訳なかった」
ふう、と一息ついてエメラが伝える。
「あなたの立場なら、疑って当然でしょう」
グレゴールは憤慨した様子だがそれをセドリックがなだめる。
「最初から信じて俺ば良かったものを!」
「グレゴールさん、お気持ちは分かりますが、隊長の職務も理解してください」
「むう……」
グレゴールは納得していない様子だが、それ以上は何も言わなかった。
「エメラ殿」
隊長が改めてエメラに向き直る。
「改めて礼を言わせてくれ。この街を、そしてカールを救ってくれて、本当にありがとう」
そういうと隊長は姿勢を正し頭を下げた。隊長の声には、今度は真摯な感謝が込められているのが分かった。
「気にしないでください。隊長の職務を全うされたのがよくわかりましたから。頭を上げてください」
エメラは静かに言った。その声には、先程の不快感は既になく、落ち着きを取り戻している。
「ありがとう」
隊長が頭を上げると、エメラが話題を変えた。




