ep17 異形な力1
牢獄には男とエメラ、ダンテの2人と1匹だけになった。
扉の閉まる音が消えると、静寂が落ちた。遠くで水が滴る音。松明の炎が揺れる音。それだけが、この空間に残された音だった。
「それで? 俺に会いたかった理由は何なんだ? 何を話してくれるんだ?」
男はエメラをじっと見つめた。
「旦那、あんた……ただの冒険者じゃありませんねぇ」
その言葉を聞き、エメラの表情がわずかに曇る。エメラの悪い癖だ、すぐ顔に出てしまう、とダンテは肩でそのやりとりを聞いていて思った。
「何だって?」
エメラは平静を装い聞き返す。
「いやぁね、旦那の魔術の使い方」
男は興味深そうにエメラを見つめた。
「現代の魔術師は、標準化された短縮詠唱を使いやす。札や魔法陣、体へ刻んだ術式は、複雑な術や即応が必要な場面を補うものです。それが今の常識ですねぃ」
「旦那は……どこで、その、詠唱術を学んだんですかい?」
男の目が鋭くなった。
「そして、なぜ魔法陣を使わずに魔法を行使できるんですかねぇ? あの地這い蛇、種弾……見てはいやせんが回復まで。あれは明らかに高度な魔術でさぁ。しかも、魔法陣なしで、詠唱だけで発動させた。普通じゃありやせん。旦那は……何者なんですかい?」
牢の中に沈黙が落ちた。
エメラは答えるべきか、黙っているべきか、迷っていた。ダンテはエメラの足元で、じっと男を見つめている。
「……答えられない、ということか」
男はそうつぶやくと、小さく笑った。
「まあ、無理に聞き出そうとは思いやせん。誰にでも秘密はありやすからねぇ」
牢獄の中で沈黙の時間が過ぎていく。
おもむろに男が話し始めた。
「これはあっしが以前出会った冒険者の話でして。そうですねい、若いころは見分を広めるため各地を回って魔獣討伐依頼を受けたり、遺跡を回ったり、傭兵みたいなこともやってましてね。まあ、いわゆる特段変わりない普通の冒険者生活を送っておりやした。魔術師という職を選ぶ位なので知識欲は人一倍ありましてねい。魔術に対する知識や、世界の歴史等も結構造詣が深いとは自負しておりやす」
「それを前置きとして」
男は一度間を置いた。
「あっしが今からする話は、大体20年ほど前にさかのぼります。その時はトレシアの街にいましてねえ、分かりますかい? セレスヴァルト大陸西方の港町ですがねい」
「……いや、行ったことはないな」
「そうですかい、まあ、いいところですぜい。食い物も酒も美味いし、治安もしっかりしてまさあ。特にオススメの観光スポットはですねい」
「食い物?」
ダンテが突っ込む。
「耳ざとい猫ちゃんですねい。ともかく、あっしがそこで滞在中に魔獣の群れがいきなり出現したんでさあ」
エメラとダンテの顔色が変わった。2人は顔を見合わせた。
「通常なら街に常駐している警備隊、国から派遣されている兵士達で対処するんですがねえ。一つ一つの個体が異常な強さでしてねえ。警備の部隊が壊滅してしまい、国からの追加の軍隊が派遣されるまでの時間稼ぎとして、あっしら冒険者が集められて戦線に投入されたんでさあ。緊急の集結にしては結構な数の冒険者と強者たちがそろったと思いやすぜ」
「しかし」
男は拳を握りしめた。
「魔獣の群れは強かったんでさあ」
目を閉じ、当時の光景を思い出すように語り始めた。
◇ ◇ ◇
「くそっ、また1人やられた!」
弓使いの男、ロイが叫ぶ。矢筒の中はもう空だ。
「なんなんでいあいつらは!」
若かりし日の魔術師は吠えた。手元に残った札はあと数枚。魔獣たちの数もさることながら、一体一体が異常な強さで、集まった冒険者たちを次々に薙ぎ払っていった。
「エイル・セルン・ヴァル・イグニス(中級火炎連弾)」
魔術師は札を投げ、火球を放つ。魔獣の一体に命中し、怯ませる。だが、致命傷には至らない。
「ちっ、硬えな!」
50人ほど集められていた冒険者たちで二本の足で立っているものはもう半数にも満たない。地面には倒れた仲間たちが転がっている。死んでいる者、瀕死の者、様々だ。敵の数も減らしはしたが二割程度。単純計算で全滅するのは時間の問題だ。
「右から来るぞ!」
槍使いの男、オルガが叫び、魔獣に突きを繰り出す。だが魔獣は槍を牙で噛み砕き、男の肩に爪を叩き込んだ。
「ぐあああ!」
男が倒れる。
「しっかりしろ、オルガ!」
重装備の女戦士が駆け寄り、大盾で魔獣を弾き飛ばした。
「まだ動ける! 心配すんな、ベルタ!」
オルガが歯を食いしばって立ち上がる。
「魔術師、何か状況を打開できるような広範囲の魔術はないのか?」
そう話しかけてきたのは剣士だ。長剣を構え、魔獣と渡り合っている。血まみれだが、その動きはまだ鋭い。忘れたが確か二つ名がつく程度には有名で、武勇もいくつか聞いたことがある。「疾風の刃」とか、そんな名前だったか。
「手持ちの札はあらかた使いきってしまいやしたぜい。魔法陣を書く隙もありやせんし、そもそもマナが殆ど空っぽでさあ」
「マナが無い魔術師なんてクソの役にも立たないわね」
後ろから声がする。短剣を両手に持った女冒険者だ。顔は可愛かったから名前は憶えている。確か……そうだ、リエリだ。
「面は可愛いのに言動は可愛くないですねい」
「事実を述べたまででしょ」
リエリが魔獣の目を短剣で突き刺し、飛び退く。
「で、どうすんの魔術師のおっさん。この状況、打開策とかはないわけ?」
「ん~……尻尾巻いて逃げるのはどうでしょうかねえ。このままじゃあ間違いなく全滅しますぜい」
「それは駄目だ」
剣士が魔獣の腕を切り落としながら言った。
「俺たちの受けた依頼は魔獣たちの殲滅。逃亡してしまったら依頼放棄とみなされ、冒険者家業が続けられないだけではなく、違約金、最悪投獄もありえるぞ」
「あーあ、やだやだ。だから国からの依頼って嫌いですぜ」
「バカなんじゃないの? オーウェン! このまま死んじまうよりマシでしょうが!」
リエリが叫ぶ。
そうだ、疾風の刃、オーウェンだ。
「生きてりゃなんとかなる! 撤退だ!」
ベルタが盾で魔獣の攻撃を受け止めながら叫んだ。
「待て、まだだ」
オーウェンが言った。
「まだ、希望はある。時間を稼ぐんだ。援軍の狼煙はあげている。それに元々は国軍が編成されるまでの時間稼ぎさ。もう少し耐えれば、きっと援軍が来てくれるはず!」
「もう少しっていつまでよ? 見渡しても水平線のかなたのどこにも援軍のエの字も見えないわよ!?」
リエリがまた叫ぶ。
「……」
魔術師は何か深慮しているようだ。周囲を見渡し、仲間の配置を確認し、残った魔獣の数を数える。少し間を置き、口を開く。
「みなさん、散開せずに固まってくだせえ。そして、なるべく敵さんを一か所にまとまるように誘導してくだせえ。虎の子の魔術を使いやす」
「マナが空っぽだってさっき言ってたじゃねーか!」
オルガが叫ぶ。
「イヤあね、マナはほぼ空っぽなんですがね、まだ逃げるためのマナは残ってやして。これを振り絞って一発どでかいのをお見舞いしてやろうかねと。うまく行けば敵は減らせやすが、マナも体力もすっからかんになっちまいまさあ。なので、後のことはよろしく頼みますぜみなさん」
そう言うと、力を振り絞り、全身にマナを張り巡らせた。体が淡く光り始める。
「わかった! 俺が合図をする。みな、まとまるんだ!」
オーウェンが号令を出す。散り散りに戦っていた者たちが、魔術師を中心に固まり始めた。ベルタが盾を叩いて音を立て、魔獣の注意を引く。リエリも短剣を振り回し、魔獣を挑発する。
魔獣たちが冒険者たちに向かって殺到する。一か所に集まってくる。
「いい感じだ! もう少し引きつけろ!」
魔獣の爪がオーウェンの腕をかすめ、血が飛ぶ。
「まだか!?」ベルタが盾を構えながら叫ぶ。盾に魔獣の爪が叩きつけられ、金属が軋む音がする。
「まだだ! もう少し! 今だ! 撃て!!」
「あいよ、灰になれ! エイル・ヴァン・セル・イグニス!(上級放出火炎魔法)」
魔術師が全身のマナを込めて叫ぶと、手に持った札から燃え盛る炎が飛び出した。それは単なる火球ではなかった。龍のように蠢く巨大な炎の奔流が、魔獣の群れに向かって一直線に放たれた。
炎は魔獣たちを飲み込み、大地を焼き、空気を焦がした。轟音と共に爆風が広がり、冒険者たちは思わず地面に伏せる。
熱波が吹き荒れる。草木が燃え上がり、地面が赤く染まる。炎の竜巻が天に向かって立ち上り、黒煙が空を覆った。
爆風が徐々に収まり、煙が晴れていく。
だが——数は減れども、まだ健在な魔獣たちが姿を現す。半分ほどは倒れているが、残りはまだ立っている。
「て、撤退を……」
ふらつきながらオーウェンに伝えた。一匹の魔獣がこちらへと突進してくる。大きな傷を負いながらも、その勢いは衰えていない。
皆疲弊しきっており、全員の脳裏に全滅の文字が浮かんでいた。
もう、誰も動けない。
魔獣がこちらへと爪を振り下ろそうとした、その時——
戦場に突風が吹いた。
突風はどうやら突進してきた魔獣にピンポイントで直撃し、巨大な体が吹き飛ぶ。まるで木の葉のように、何十メトルも先に叩きつけられた。
「悪い悪い、遅れちまって」
声が聞こえた。
「教会が回復要員を出し渋りやがってよ。結局何人か強制的に拉致って連れてきたぜ」
声の主はどこだ。姿が見えない。右、左、前、後ろ——違う。
上だ。
まさかと思い上を見上げると、青年が空中に浮いていた。よく見るとその後ろでぐったりとした人が5人ほど、同じく宙に浮いている。白いローブを纏った、教会の神官たちだ。
「回復できる人をとりまあの場にいる人たちをかたっぱしから連れてきたぜ」
青年が軽い口調で言った。
「あ、あんたは何者でさあ?」
魔術師が尋ねる。
「俺? 俺は——自己紹介は後だ。おい、あんたら、起きてくれ」
青年はそう言って、疲れ切った神官たちへ順番に声をかけた。
「う、うう……」
「ここは……?」
「状況は見ての通りだ。回復魔術を頼む」
「え、え!? 私たちは教会で待機していたはずでは——」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。ほら、あそこ見ろ」
指差す先には、傷だらけの冒険者たちと、まだ健在な魔獣たちがいる。
「わ、わかりました!」
神官たちが慌てて詠唱を始める。淡い光が冒険者たちを包み込む。傷が塞がり、体力が回復していく。
「さて」
青年は空中で短剣を構えた。
「俺も本気出すか」
そして——詠唱を始めた。




