ep16 組織の影3
一同がざわついた。グレゴールが驚いた表情で男を見る。隊長も目を見開いている。ガレスは困惑した様子だ。
その中で1人だけ、笑っている。
「ハッハッハ、旦那、さすがですねぃ」
「種明かしするのもなんですがねい。あの相克魔法陣に刻んだのは振動。徐々にそれが強くなるように仕掛けました」
「ということは……解除が間に合わなかった場合でも、大事故にはならなかった?」
ダンテが尋ねる。
「通常の起動なら振動し、小規模の地盤崩壊はするかもしれません。しかし大事故にはならないよう準備してたんですがねい。ファスがカールの命を触媒に使ったのは予想外でした」
男は苦々しい表情を浮かべた。
「魔術を行使する際に使用する触媒は様々ですがね。その反面、コントロールがとても難しく、熟練の者でも完璧に制御できるものは少ない。案の定、あの魔法陣は暴走し始めやした。あっしはあの時点で、いかに逃げようかとだけ考えてましたぜ。ファスを敵に回さないよう立ち回りながら、ねい」
「旦那が止めてくれてよかったですぜい。まさか止められるとは思ってませんでしたがねい。感謝しておりやす。ありがとうございやす」
そういうと男は頭を下げた。
「あのまま、どこに逃げる手筈だったんだ?」
「まずは鉱山で使用した転移の魔法陣——あれは簡易的なものでしてねぃ。飛べる距離は決まっている。なので予め中継地を作って、また別に飛ぶ。そこでファスの部下と合流し、逃げる算段でした。しかし、転移の途中で猫ちゃんに邪魔されましてねえ」
そう言うとダンテを見つめる。ダンテは猫呼ばわりが癇に障りつつも、無視を決め込んでいる。しかし尻尾でぺちぺちとエメラに八つ当たりしていた。
「あっしとしても、このままファスと行動を共にしてももう冒険者として終わりだと思ったんで。旦那と戦った所まで誘導したんでさあ」
「なるほど」
エメラは納得したように頷いた。
「フーチに乱れはない。少なくとも、本人は全て事実だと信じて話している」
セドリックが静かに言った。
「他に何か知っていることは?」
「俺に化けた奴が来たそうじゃないか。事前に打ち合わせでもしていたのか?」
隊長が鋭い視線を男に向けた。
「残念ながら隊長さんとは今日初めて会いやしたし、切羽詰まっておりやしたしねぇ。事前に顔合わせなんてしてる余裕もなかったですぜ」
「隊長と共に来たのは何人だった?」
「偽の隊長と、それに4人の隊員がいやした。合わせて5人ですねぃ」
「その中に、鉱石運びの仕事で見た顔はいなかったのか?」
「いやせんでしたねえ。きっと連れてきた部下たちも荒事専門なんでしょうよ。鉱石運びとは別の班ってことですかねぇ」
「ということは、少なくとも10人以上はいる、ということか」
隊長が腕を組んで呟く。
「鉱石運びが3、4人。今回の偽物部隊が6人。そしてファス……この情報だけではどのくらいの規模の組織か分からんな」
「話は偽物たちがあっしらを連行していた後のことでさ」
男は続けた。声のトーンが変わる。わずかに緊張が混じっていた。
「森の奥まで連れて行かれやした。そして、ファスが突然怒り出したんです」
「怒り出した?」
「隊長に扮した奴に向かって喚き散らしたんだ。『援軍が遅すぎる! それにこれだけ人数がいたら奴を殺して再度鉱山を破壊することもできたであろう!』ってね」
フーチは静止している。少なくとも、男はそう信じている。
「隊長に扮した奴は、くるりと振り向いてこう言った」
男は声色を変えて真似た。
「『あいつを殺すなと上からのお達しが出たのさ』」
「上……?」
エメラが眉をひそめた。
「ああ。ファスよりも上の立場の者がいるってことだ。ファスはイラついてたよ。隊長に扮した奴の口調が気に食わなかったらしい。『貴様は一体誰だ、俺は西方司令部の幹部、ファスだぞ?』って問いかけたんだ」
「西方司令部……?」
エメラは聞き慣れない言葉に反応した。
「ああ。あっしも初めて聞きやした。そして、隊長に扮した奴が言ったんですねぃ」
男は震える声で続けた。
「『失礼しました。西方司令部の幹部、ファス殿、あなたは今回の任務は失敗しましたので、一度任務はこれにて終了です』って。『支部ではエリシア様がお待ちになってます』」
「エリシア……?」
エメラが反応する。
「ええ。ファスも驚いていましたねぃ。『な、エリシア様だと!?』って。『あなたの帰りを首をながぁくしてお待ちされておりますよ』」
男は不気味な笑顔を浮かべるように顔を歪めた。
「それを聞くとファスの顔は青ざめて、怯えだしたんですねぃ。あの冷酷なファスが、ですよ」
「怯えた……」
エメラは眉をひそめた。
「ええ。明らかに恐怖していましたねぃ。『た、直ちに支部に戻るぞ』って、声が震えてましたから。それで——『しかし、その前に』ってファスが言ったんですねぃ」
男は苦々しい表情を浮かべた。
「『役立たずを処分しなければな』って」
「……」
「俺は慌てましたよ。『あ、あたしですかい!?』って。『依頼にはなから戦闘は入ってなかったんで、それはいいがかりでしょう!』って必死に訴えたんですねぃ。だが、ファスは冷たい眼で言い放ったんです。『鉱山を破壊する依頼を遂行できなかったのは事実だ』って」
「俺は、もう必死でしたねぃ」
男は拳を握りしめた。
「『それはあんたも同様でしょう! あの冒険者に2人がかりで負けたんだ。あの冒険者が凄腕だって分かっているならもっと増援を呼んでおくなり、周到に準備しておくなりするのはあんたの仕事なんじゃないですかい!? つまり、これはあんたの無能が招いた結果ですぜい!』」
「……言ってしまったのか」エメラが呟く。
「ええ……今思えば、馬鹿でしたねぃ」
男は自嘲的に笑った。その笑いの中に、今も残る恐怖が滲んでいた。
「その言葉を聞いたファスは、顔全体に怒気をはらんで、懐からナイフを取り出したんですねぃ。『だまれ! この私にそのような口答えは許さん! 貴様絶対に殺す』って」
「それで……」
「『い、命だけは!』って、俺は首から上を守るような形で両手で十字を作って身を守ったんですねぃ」
男は両手を交差させて見せた。
「でも……ブスリ、って音がしたんですねぃ。ファスのナイフは俺の胸に刺さって、その場で倒れたんですよ。『このゴミが! 私を侮辱する報いだ!』って、ファスが叫んでいるのが聞こえましたねぃ」
男は目を閉じた。
「それから……隊長に扮した奴が言ったんです。『今のやり取りが無くても殺していたでしょう? ファス殿』って。相変わらずの不気味な笑顔を崩さないままですねぃ。ファスは『きさま……』って言いかけて、『イヤ、いい、先を急ぐぞ』って言い直したんですねぃ」
「ファスでさえ、その人物を恐れていた、と」エメラが言った。
「ええ。失礼な物言いがあったにもかかわらず、それ以上追及することは無かった。そして一行は行方をくらませたんですねぃ……」
男は深くため息をついた。
「それで、なんであなたは生きているの?」
エメラが率直に尋ねた。深い傷を受けて、あの状態から助かった理由が分からないからだ。
「あっしの戦い方、覚えてますかい?」
男は少し笑った。
「あっしは鉱山でも、その後の戦いでも基本的に魔術札を使用して戦ってました。魔術師の戦い方は様々ですが、セオリーなのが魔法陣を使用して魔術を使うこと。都度魔法陣を描くのでは戦闘にて遅れをとるため、体、または武具や道具に魔法陣を刻んでいるものが多いんですねぃ」
「そもそも魔術は属性が自分の適性にあったものではないと発動できないか、発動できても威力が高まらないのが定説ですぜい」
「それは知っている」エメラが言った。
「ここまでが前提として——」
男は一度息をついた。
「あっしももちろん体にとある魔法陣を刻んでおりやしてねえ……しかし、戦闘には不向きの魔術なんですよ旦那。あっしが刻んでいる魔術はいわゆる……」
少し間を置いて、言った。
「『死んだふり』ができる魔術なんですよ」
「死んだふり……?」エメラは驚いた表情を浮かべた。
「あっしはこれでも若い頃から冒険者として旅をしておりやしてねえ、何度か命を落としそうになったこともありやす。しかし、この魔法陣のおかげで何度か生き延びることができたんですよ」
「死んだふりって具体的にどんな魔術なんだ? ナイフが胸に刺さってから発動しても遅いんじゃないのか?」
「死んだふり、詳しく言いやすと死ぬぎりぎりの状態で生命活動をあえて低下させ、絶命までの時間を稼ぐものですぜい。はたから見たら死んだように見えやす。が、実は死ぬ寸前の状態になる、いわゆる仮死状態でとどまっておける魔術でさあ」
「この状態が長引いてしまうともちろん死んでしまいまさあ。また、首と胴体が離れたり、仮死状態でさらに追撃されたりしてもダメですがね。だから……この首だけは守るのが鉄則。殺される前後の演技力も必要なんですよい」
男は首に手を当てながら話す。
「だから、両手で十字を作って首を守ったのか……」エメラが納得したように呟いた。
「ええ。あそこからあっしは殺される、またはあいつらのアジトに連れられるか……どちらにせよ、確実に残金もらってバイバイとはならないのが分かりましたからねえ。だから、死んだふりをして生き延びることにしたんですねぃ」
「賢明な判断だったな」
「特に援軍で隊長に化けてたやつ、男か女かもわかりやせんが、かなりの実力者だと思われやす。あの不気味な笑顔……ファスでさえ恐れていた。あんな奴と戦ったら、あっしは確実に死んでましたねぃ」
「その人物について、他に何か分かることは?」
隊長が尋ねた。
「森についてから変装を解いたのか分かりませんが、明らかに雰囲気は変わりやしたね。声は……中性的でしたねぃ。男とも女とも取れる声でした。背格好は……中肉中背。特徴がないのが特徴、って感じでしたねぇ」
「変装の達人、ということか」エメラが呟いた。
「ええ。おそらく、本当の顔も声も見せていないんでしょうねぃ。だが、一つだけ覚えていることがありやす」
「何だ?」
「歩き方ですねぃ。音がしないんですよ。足音が。まるで影のように、静かに歩いていましたねぃ。余程訓練された暗殺者かもしれやせん」
エメラは考え込んだ。変装の達人で、足音を消せる人物。そして、ファスでさえ恐れる存在。
「エリシア様……か」
エメラが呟いた。
「ええ。ファスが恐れていた名前ですねぃ。その人物が、組織のトップなのかもしれやせん」
男はそう締めくくった。
「ちょっと待て、それなら俺をわざわざ指名して話すほどの内容じゃなかったんじゃないか?」
エメラが疑問を投げかける。
「確かにそうですねえ」
男はあっさりと認めた。
「まあ、旦那の魔術に惚れたのが理由の一つですが……こっからが旦那と2人きりで話したいことでさあ」
何かを訴えるような、真剣な目でエメラを見た。
「よかったら後ろの4人、あ、猫ちゃんは旦那の仲間だろうから聞いてもらってもかまいやせんぜ。ちょいと出て行ってくれませんかねえ」
「分かった、そういう約束だからな」
隊長はおもったよりもあっさりと承諾した。
「俺は納得行ってねえ」
ガレスが横から口を挟む。
「こいつはこの街を、鉱山を無茶苦茶にしようとしたんだ。危うくカールが死ぬところだったんだ!」
「ガレスよ、お主の気持ちも分かる。しかし、2人での対話はエメラ殿も求めていることだ。ここはぐっと堪え、我等は待つしかない」
「だけどグレゴールさん……」
「引け、ガレスよ。エメラ殿、話せる範囲で構わんから、後ほどどういった話だったのかを我等にも聞かせてもらいたいが。我々も部外者ではないのでの。構わんかね?」
「はい、大丈夫です。鉱山に関する追加の情報が分かれば、包み隠さずお話いたします」
「……分かった、エメラ殿、よろしく頼む」
ガレスは心から納得はしていないだろう。しかし気持ちを押し殺し、エメラに託す。その拳は、まだ握りしめられたままだった。
4人が牢を出た。
重い扉が閉まる音が、石の壁に反響して消えた。松明の明かりだけが残る牢の中に、エメラとダンテ、そして男の3つの影が伸びていた。
遠くで水が滴る音がする。それだけが、この空間の音だった。
男はエメラを見た。先ほどまでとは少し違う目をしていた。試すような目ではなく、確かめるような目だ。
エメラも、男を見返した。しばらく、沈黙があった。
「さて」
エメラが静かに口を開いた。
「聞かせてもらおうか」




