ep15 組織の影2
石畳の通りを歩きながら、エメラはダンテに目をやった。肩の上で、ダンテはいつもより前を向いていた。尻尾が、ゆっくりと揺れている。
あの男は、なぜエメラを指名したのか。
初対面だ。それは間違いない。しかし——あの戦闘の中で、何かを見た。見て、何かを判断した。そして、エメラにだけ話すと決めた。
何を見たのか。
何を知っているのか。
答えは、この先にある。
警備隊の詰所は、街の中心部から少し離れた場所にあった。石造りの頑丈な建物で、一階が詰所、地下が牢獄になっている。
壁の厚さが外からでも分かるほどで、長年の風雨に晒されながらも、びくともしない重さがあった。
牢獄へは本物の隊長が案内する。
わずかな邂逅ではあったが、姿形、立ち振る舞い、全てが偽物と瓜二つだと感じる。いや、こちらが本物だからあちらの方が瓜二つに化けていたのか。どちらにしても、変装の精度が恐ろしい。
エメラ、ダンテ、グレゴール、ガレス、そして警備隊から1人、言葉の虚実を見抜く魔術を使える者が同行した。
「紹介しよう。こちらはセドリック。我々警備隊の魔術官だ」
隊長が紹介したのは、細身で神経質そうな中年の男だった。眼鏡をかけ、手には小さな振り子のような魔道具を持っている。表情が薄く、物事を観察することに慣れた者の目をしていた。
「よろしく頼みます、エメラ殿」
セドリックが軽く頭を下げた。
「こちらこそ。その魔道具は……?」
「これは虚実のフーチと呼ばれる真偽判定の魔道具です。私のマナを通すことで、話者が自分の言葉を嘘だと認識しているかを判別できます。本人が嘘だと分かって話すと、振り子が大きく揺れる仕組みです」
「なるほど……」
エメラは感心した様子で頷いた。
「では、行こう」
地下へ降りていくにつれ、空気が変わるのが分かる。
湿った冷気と、石の冷たさが肌に伝わってくる。松明の明かりだけが頼りの薄暗い通路を進むと、いくつかの牢が並んでいた。足音が石畳に響き、狭い空間で反響する。滴る水の音が、どこかから聞こえていた。
一番奥の牢に、魔術師の男が座っていた。壁に背を預け、膝を立てた姿勢で——まるで、待っていたかのように。
「……来ましたねい」
男はエメラを見て、薄く笑った。
「要望通り連れてきたぞ。これで知っていることは全て話すんだろうな?」
隊長が厳しい口調で尋ねる。
「ええもちろん。だが、1つだけいいですかい」
男は立ち上がった。鎖の音が微かに鳴る。
「この件の詰問が終わったら、エメラの旦那と2人きりで話させてくだせえ」
「それは……」
隊長が躊躇する。視線をグレゴールに向けた。
「なんの意図があって2人で話す事を求める? まさかエメラ殿を取り込もうなどと思っているわけではないだろうな」
「まさか」
的外れだ、というように軽く笑う。
「ただ、あっしの興味本位ですぜ。あとは、まあね」
男は一度言葉を切り、エメラを真っ直ぐ見た。
「エメラの旦那の力と、それに似た様な力を持つ男に関することでして」
エメラの体が、一瞬硬直した。
「それはむしろ我々も聞く必要があることではないのか? 調書に記録しなければならないこともあるだろうし」
「分かっていないのは隊長さん、あんたでさあ」
男は首を振った。
「魔術師が調書に自分の手札を記録されて誰もいい気はしないでしょうよ。戦闘の事でつぶさに記録するには旦那の能力はあまりにも……異質過ぎましてね。あっしが知っている男と同質ならさらに」
急に男の声が低くなる。
「下手に記録しちまうと……この街が危険になるかもしれやせんぜ」
「っ!」
隊長はその言葉を聞き、息を呑んだ。グレゴールとガレスも、顔を見合わせる。
「エメラ殿はどうしたい?」
グレゴールがエメラに視線を向けた。
エメラは少し考え込むように俯いた後、顔を上げた。
「俺は……この男と2人きりで話をしたいです。聞きたいことが多すぎますが、確かにこの男の言う通り、おおっぴらに話すようなことではないので」
「事件の話が終わり次第、時間をください」
「……いいだろう」
グレゴールが重々しく頷いた。
「エメラ殿、大丈夫か?」
グレゴールがエメラを見た。いろいろな意味を含めての「大丈夫か?」だろう。心配と、信頼と、そして少しの不安が混じった眼差しだった。
「ええ、任せてください」
隊長が鍵束の中から適切な鍵を選び、鍵穴に差し込む。ガチャリ、と音を立てて鍵が開いた。
エメラ、ダンテ、セドリックが先に中へ入る。ガレス、グレゴールと隊長は何かぼそぼそとやり取りをしながら遅れて牢に入った。おそらく、男の言動について、エメラの安全について、話しているのだろう。
牢の扉が閉まる。重く、冷たい音が響く。
「まあ、座ってくだせえ」
男は床に座り直した。エメラもその向かいに座る。ダンテはエメラの隣に、セドリックは少し離れた場所に立ち、フーチを手に構えた。振り子が微かに揺れている。グレゴール、ガレス、隊長は壁際に位置取った。
「じゃあ、話してもらおうか」
エメラが静かに言った。
「何から話せばいいですかい?」
男が問う。その目には、わずかな期待と、諦めが混じっていた。
「まず、依頼の内容だ。詳しく教えてくれ」
「……分かりやした」
一度深く息をついた。覚悟を決めたような表情だ。
「依頼の最初の内容は、鉱石の運搬の補助でしたねい。あっしらのような冒険者には仲介屋がおりやす。まあ、冒険者の世界では一般常識ですがね。そのひいきにしている仲介屋から、鉱山の発掘、調査、運搬補助という名目で依頼を受けたんでさあ。依頼を受けてこの街に来たのが六ヶ月ほど前でしたねえ。その時に、ファスに会いやした」
セドリックのフーチがわずかに揺れたが、すぐに静止した。
「真実だ」セドリックが静かに呟く。グレゴールが小さく頷いた。
「ファスから提示された条件は、鉱石の運搬、鉱山に魔獣が出た場合の駆除、だと言われやした。内容を聞く限りでは、破格の報酬でしてねい。宿に泊まる金額をこっちが負担しても、割りにいい仕事でやした」
「主には森の中の小屋で仕事をしてまして。先程戦っていたところの辺りにありやしてね。そこでカールに会いましたぜ」
「なんだと!?」
グレゴールが思わず声を荒げた。怒りと驚きが混じり合い、その拳が握りしめられる。
「それはいつ頃だ!」
「仕事を始めてまもなくでしたねい。特に気にしてませんでしたが、その時はまだ意識ははっきりとしてたように見えましたねい。ただ、怯えてやしたね。ファスになのか、それとも別の誰かになのかは分かりやせん」
「今思えば、ファスに脅迫されていたんでしょうねい」
苦々しい表情を浮かべた。当時の光景でも思い出しているのだろうか。
「家族のことでも言われてたんじゃねえですかい。『言うことを聞かなければ、娘に危害を加える』とかね」
エメラ達は、男の話を静かに聞いていた。グレゴールの拳が、小刻みに震えている。ガレスも唇を噛みしめて俯いていた。その目に、涙が滲んでいるように見えた。
「カールには何をさせていたんだ?」
静かに、しかし怒りを含んだ声でグレゴールが尋ねた。
「カールは新しい採掘場所を掘り当てたそうじゃないですかい。そこにファスが目を付けて、鉱石の横流しをしてたんだろうと思いやす。ファスがどうやら他の鉱夫と鉢合わせしないように配置しつつ、念のため別の箇所から夜中に掘っていたようですねい。カールには、その新しい採掘場所で夜通し鉱石を掘らせていたんでさあ。誰にも見つからないように、こっそりとね。疲れ果てていても、休ませてもらえなかったようでさあ」
「それで……カールは衰弱していったのか……」
グレゴールの声が震えた。拳を壁に押し当て、歯を食いしばっている。
「ええ、おそらく。そして、ある時から薬物を使い始めたんでさあ。疲労を感じさせなくするためにね。最初は疲労回復の薬だと言われてたかもしれやせん。でも、それは嘘でさあ。本当は、意識を朦朧とさせて、操りやすくするための薬だったんですよ」
「そうなのか、グレゴール?」
隊長が尋ねる。
「ああ、奴は表向きとても優秀でな……ワシらもいろいろと任せっきりにしてしまっておった」
グレゴールは苦しそうに答えた。声がかすれている。
「まさかそれがここまで裏目に出るとは思わなかったな。ワシの責任だ……ワシがもっと注意深く見ていれば……」
「グレゴールさん……」
ガレスが声をかけようとするが、言葉が続かない。
「あっしにとってはしょせんカールは他人でしたからねえ。背景も分からんので、下手にたてつくよりもほおっておくのが最善でした。仕事の内容としては通常の業務といっちゃあ何ですが、特に変わりもなく仕事をしてやした。あの小屋に鉱石を運び、そこで他の運び屋に渡す」
「他の運び屋?」
エメラが反応した。
「へえ、採掘組とは別に毎回3人から4人ほどで小屋に来て、鉱石を受け取るとすぐに去っていくんです。無口な連中でね」
「その部下たちは……今回来た隊長に扮したものとその部下達と同じ顔か?」
「いえ、違いましたねぃ。今回来た連中とは全然違う顔でしたよ。雰囲気は全然違ったから別人でしょう」
「その時点で法に触れている可能性がある、とは考えなかったのか」
隊長が問う。語気が強い。
「もちろん、あっしも馬鹿じゃないんでね。しかし、冒険者にとって契約は重いものです。ただし、違法行為や契約外の危険まで従う義務はない。あっしは疑いながらも、報告も離脱もしなかった。その判断は間違っていやした。いきなり尻尾巻いて逃げるということは契約不履行ということで、信用を無くしちまうんだ」
男の言う通りだ。冒険者が職業として成り立つ根拠の1つに、契約の順守というものがある。雇用主が明らかに契約を違反しない限り、冒険者側からは破棄できない。
重要な契約には、セイラントの契約書という魔道具を使用することも多い。
言律神セイラント——言葉の秩序と誓約の不可逆性を司る古神と言い伝えられている神の名を冠した魔道具だ。互いの同意のうえで契約し、一方的に破棄すれば、契約を一括管理する機関が瞬時に把握できる仕組みになっている。
「鉱石の横流しは、どれくらい続いていたんだ?」
「数ヶ月ですねぃ。鉱石の横流し、稀に現金を渡したりする仕事が続いていましたよ。単調な仕事でしたねぃ。それが……一ヶ月ほど前に変わったんでさ」
声のトーンが変わった。緊張が混じる。
「ファスは定期的に鳥の魔獣を使って誰かとやりとりをしていやした。しかしある日、鳥の魔獣が運んできた手紙を受け取ってから様子が変わりやした。何度も読み返していましたねぃ。それから、俺を呼んだんです。そして、新たに依頼があったんですねぃ」
「それが……鉱山の爆破か」
「ええ、ほぼ間違いはないかと。依頼の内容は鉱山を爆破すること。崩落させて、全てを瓦礫の山にするくらいの規模にしろって言われたんですねぃ」
「理由は聞いたのか?」
「もちろん聞きやしたぜ。でも、はぐらかされたんです。『知る必要はない』って」
「それでも引き受けたのか?」
「報酬がかなりの金額を提示されたんですよ。金貨で三百枚。前金で百枚、成功したら残りの二百枚」
男の目がわずかに輝いた。
「そんな大金、見たこともなかったですねぃ。のどから手が出るほど欲しい契約ですがねえ……あっしは覚悟を決めて聞いたんでさ。断るとどうなりやすか、ってね」
表情が曇る。
「ファスは表情を変えずに言い放ちやした。『爆破の規模が大きくなるだけだ』とね」
それが意味するものはつまり——依頼を断った場合、街までも全て破壊し尽くす、ということだ。
「なのでね、飛びつきましたよ」
言葉とは裏腹に、深くため息をついた。
「残念ながら、もうどっぷりと肩まで漬かっちまってると思いやしてね。あっしに残されたことは、この八方塞がりの状況にいかにうまく立ち回るか、ということだけでしたからねえ」
「それから、どうした?」
「何度か魔法陣を使って崩落実験を行ったんですねぃ。最初は小規模な魔法陣で、どれくらいの威力が出るか試したんです。しかし一気に監視の目がきつくなったんでさあ。実験のたびに複数人、あっしの護衛と称した屈強な監視がつきましてねえ。そいつらたち、多少なりとも魔術の知識をもってまして。このまま通常通りに魔法陣を使用したら全てが終わる。それで、最終的には……相克魔法陣を使うことになったんですねぃ」
「相克魔法陣? なんだそれは」
グレゴールが尋ねる。
「それは、そっちのエメラの旦那、説明してくだせえ」
男がエメラを見た。試すような目だ。
試されている——そう思いながらもエメラは口を開く。
「相克魔法陣とは、1つの魔法陣を中心に、5つの魔法陣を等間隔で囲みます。一番威力が出る方法は、現代魔術の基本5属性で準備することです。その5つの魔法陣が反発しあい、数十倍にものぼる威力の魔法を使用することが可能です」
それを聞き、男がにやりと笑う。
「さすがですね、旦那」
「お前に褒められても、嬉しくはならないな」
ダンテが横から茶々を入れた。
「魔法陣の設計と配置には自信があったんですよ。だから、この仕事を任されたんでしょうねぃ」
「あの魔法陣は、本当にすごいものだった」
エメラが男に向けて言った。
「解除するのに、幾重にも張り巡らされたトラップを解除する必要があったよ。でも解除していく中で分かったことがあった」
エメラは一度言葉を切った。
「アレに鉱山を爆破させる能力など無かったことがね」
エメラの一言にトルクはしばらく沈黙し、にやりと笑った。




