第8話:真実の記録
わたくしは審問室の中央へ進み、胸に抱えていた手帳を両手で差し出した。
「これが……わたくしの記録です。毎日欠かさず書いております。どうか、ご確認くださいませ」
重臣が侍従に合図し、手帳が丁寧に受け取られる。
その瞬間、わたくしの頭の中に『何か』が語りかけてきたような気がした。
『大丈夫だ。真実は、必ず証明される』
と――。
語りかけてきたのは誰?
もしかして、今提出した手帳?
侍従が手帳を開き、重臣の前に置く。
ページをめくる音が、審問室にやけに大きく響いた。
「……ふむ。四月十二日」
重臣が読み上げる。
「『午前:図書室にて自習。午後:図書委員の当番』……南棟の階段には、行っていないようだな」
ミーナの顔が青ざめる。
「と、図書室……? で、でも……リリアナ様が……」
重臣は淡々と続けた。
「図書室の出入り記録にも、エレノア嬢の名がある。時間も一致している」
ミーナは口を開いたまま、言葉を失った。
他のページがめくられる。
「五月三日。『午後:乗馬訓練。訓練場にて』」
ラドックがびくりと肩を揺らす。
「乗馬訓練……? で、でも……中庭で……」
「訓練場は学園の北側。中庭とは反対方向だ。同じ時間に二つの場所にいることは不可能だろう」
ラドックは額に汗を浮かべ、視線を泳がせた。
さらにページがめくられる。
「六月二十日。『王宮図書館にて資料調査。夕刻まで滞在』」
カミラ嬢の顔色が一気に変わった。
「お、王宮図書館……? そんな……」
重臣は書記官に目配せし、書記官が手元の書類を確認する。
「王宮図書館の出入り記録にも、エレノア嬢の名がございます。滞在時間も一致しております」
「これは、間違いありません。僕はその日、王宮図書館に入られたエレノア様を見ているんだ。残念ながら、声はかけることができませんでしたが」
「な、なんですって? ウイリアム殿下、それが本当なら、少なくともカミラは、嘘の発言をしたことになります!」
ウイリアム殿下の発言に、審問室がざわめいた。
視線が最後の証人として発言した、カミラ嬢へと集まる。
カミラ嬢は助けを求めるようにリリアナ嬢を見つめるが、リリアナ嬢はそんなカミラ嬢から顔をそむけた。
その様子を見て、ウイリアム殿下が静かに立ち上がる。
「重臣殿。これら三つの証言は全て『エレノア様がその場にいた』という前提で成り立っています。しかしエレノア様の手帳の記録と、王宮・学園の出入り記録が一致している以上、証言の信憑性は極めて低いと言わざるを得ません」
ウイリアム殿下の声は落ち着いており、確かな力があった。
「証人たちは、誰一人として『エレノア様が嫌がらせをする瞬間』を見ていない。ただ『リリアナ様が泣いていた』という状況だけを述べているにすぎないのです」
ミーナ、ラドック、カミラの三人は、完全に言葉を失っていた。
重臣が厳しい声で告げる。
「……証人たちよ。そなたらの証言は、事実と大きく食い違っている。虚偽の証言をしたと判断せざるを得ぬ」
三人は膝を震わせ、深く頭を下げた。
「も、申し訳ありません……! わ、わたしたちは……その……」
言い訳は続かない。
ダロウ男爵が歯を食いしばり、リリアナ嬢は顔をしかめて三人の証人たちを見つめていた。
「エレノア嬢、大切な手帳をお返ししましょう」
「ありがとうございます……」
大切な手帳が返された。
受け取った瞬間、手帳が温かくなっているような気がした。
そして、
『真実は一つ……そなたはいつも、真実を記し続けたのだ……』
と、頭の中に『何か』が語りかける。
もしかして、わたくしに語りかけているのは、本当に手帳なのかもしれないと思った。
そしてこの手帳が、わたくしの無実を証明してくれたのだ――。




