第32話:未来への歩み――王太子としての誓い
クロノス様からわたくしの伝言を聞いたウイリアム殿下は、王宮へと戻ると、すぐに国王陛下に謁見の申し込みをした。
国王陛下は王妃殿下と共にすぐにウイリアム殿下と会い、ウイリアム殿下のやつれた顔を見て胸を痛めた。
「ウイリアム……無理をしておらぬか。少し休め……お前は、まだ……」
「そうよ、このままだとエレノア嬢だけではなく、あなたまで体を壊してしまうわ……」
けれど、心配する両親の前で、ウイリアム殿下は首を横に振った。
そして胸に手を当て、宣言する。
「父上、母上。僕は……王太子として、これからの国を支えるために学び、経験を積みたいと思います」
殿下の声は震えていたが、その瞳には強い意志が宿っていた。
「ウイリアム……お前……」
「僕は、エレノア様に相応しい王になりたいのです。あの方が……いつか戻ってきたとき、胸を張って迎えられるように」
その言葉に、王妃殿下は思わず口元を押さえ、涙をこぼした。
国王陛下もまた、痛々しいほどの息子の決意に胸を締めつけられながらも、誇らしげにうなずく。
「……ウイリアム。その覚悟、確かに受け取った。これからは私の隣で、国のことを学ぶがよい。私も、協力は惜しまない」
「はい、父上」
ウイリアム殿下は国王陛下に深く頭を下げた。
それから数日後、王宮に重々しい知らせが届いた。
「隣国の王子セドリック王子が、帰国前にご挨拶に来られるそうです」
セドリック――その名を聞いた瞬間、王宮の空気がわずかに揺れた。
留学生として王都に滞在していた少年が、実は隣国の王子だった――その事実が明らかになったのは、アレクシス殿下の婚約破棄宣言後の事情聴取の後のことだった。
そして今回の事件に関わった刺客の証言から、セドリック王子が裏で糸を引いていた可能性が浮上していた。
だが、証拠は決定的なものではない。
だから王家としては、外交問題を避けるため、表立って追及することはできなかった。
そんな中、セドリック王子は帰国前の挨拶という名目で、ローレン王国の王宮を訪れたのだ。
謁見の間に現れたセドリック王子は、国王陛下と王妃殿下に対し、身分を偽って留学していたことを謝罪し、淡々と帰国の挨拶を述べた。
セドリック王子は終始穏やかな笑みを浮かべていたが、その瞳はどこか底知れず、冷たい光を宿している。
「初めまして、ウイリアム殿下。この度は……大変なことになりましたね」
丁寧な言葉だった。
しかし、その声音には「愉悦」のようなものが混じっていた。
「あ、そうだ……エレノア様のこと、本当に残念でした。あれほど美しく、聡明な方は滅多にいないのに」
ウイリアム殿下の胸が、ぎゅっと締めつけられる。
なんだ、この言い方は……エレノア様はまだ生きているのに、と思う。
だが、ウイリアム殿下は表情を崩さなかった。
「……ええ。ですが、僕は前を向きます。この国のために、そして……エレノア様のために」
セドリック王子の笑みが、わずかに深くなる。
「強いですね、ウイリアム殿下は。兄上の件でも、これから大変でしょうに」
挑発――明らかな挑発。
怒りで胸の奥がざわめいた。
ウイリアム殿下は一瞬だけ拳を握りしめたが、表情を崩さずに続ける。
「確かに、大変ですね。けれど、僕は逃げません。新たな王太子として、自分の責務を果たします」
その返答に、セドリック王子は目を細めた。
「……なるほど、ね。やはり君は手強そうだ」
その言葉は、まるで“獲物を見定める獣”のようだった。
「では、帰国の準備がありますので。またいずれ……お会いしましょう、ウイリアム殿下」
セドリック王子は優雅に一礼し、背を向けて歩き去った。
その背中には、
『将来、必ずウイリアムの前に立ちはだかる影』
が、確かに揺れていた――。




