第25話:幸せの影――胸に宿る不安
わたくしとウイリアム殿下の婚約は、まだ正式には発表されていない。
だから周りは、アレクシス殿下とわたくしが婚約を解消した、という認識だろう。
正式な婚約は、おそらくウイリアム殿下が王立学園に入学してからになるだろう。
王立学園は、十五歳で入学する。
ウイリアム殿下は十三歳だから、二年後の話になる。
だけどわたくしとウイリアム殿下は、穏やかで幸せな日々を過ごしていた。
わたくしたちは、アレクシス殿下への配慮もあり、主にわたくしの家でデートをしていた。
わたくしの家で共に読書をしたり、散歩をしたり――ウイリアム殿下と二人で過ごす時間は、どれも胸を温かく満たしてくれる。
とても幸せで、かけがえのない時間だ。
アレクシス殿下と婚約をしていたとき、わたくしは幸せではなかった。
わたくしは国王陛下の命令で、家のために婚約をしていたし、アレクシス殿下もわたくしのことを良く思っていなかったから。
けれどわたくしは、今、とても幸せだ。
だから、ふと思ってしまう。
こんなに幸せでいいのだろうかと。
幸せすぎて怖い、と――。
「エレノア様? どうされましたか?」
小さく息をついたわたくしにかけられる、優しい声。
「お体の調子が悪いのですか? 大丈夫ですか?」
心配そうな表情でウイリアム殿下がわたくしを見つめていた。
いつもわたくしを気遣ってくれる、優しいひと。
幸せなのだから、口にするべきではないのかもしれない。
だけどわたくしは、自分の気持ちを素直にウイリアム殿下に話すことにした。
「ウイリアム殿下……わたくし……少し、怖いのです」
「怖い?」
「はい。ウイリアム殿下と過ごす時間が、とても幸せであること……心穏やかにすごせていることも、幸せすぎて、この幸せが壊れてしまいそう……少し怖いのです……」
わたくしがそう言うと、ウイリアム殿下は驚いたように目を瞬かせ、そして静かに微笑んだ。
「エレノア様、それは僕も同じですよ。僕も、毎日が幸せすぎて、夢だったらどうしようって思うときがあります。それに……」
ウイリアム殿下は一度言葉を切ると、わたくしを見つめた。
「それに、こんなに素敵なひとを誰かに奪われたらどうしよう……さらわれてしまったらどうしようって……そう思ったら、すごく怖いんです……」
その言葉に、胸が締めつけられた。
わたくしたちは同じ不安を抱えていたのだ。
「幸せだからこその不安――それは、贅沢な悩みごとなのかもしれないですね。だから、怖がらずに、今をもっと楽しんで、もっと幸せになればいいと思うんです。僕はもっともっと、エレノア様を幸せにしたいし、一緒に幸せになりたいんです」
「えぇ、そうですね」
同じ不安を抱えていながらも、ウイリアム殿下は前向きな方だった。
「ところでエレノア様、一つ提案なのですが」
「提案、ですか?」
「はい。明日、なのですが、街に出かけませんか? 一緒に行きたい場所があるんです」
ウイリアム殿下はそう言うと、きらきらした瞳でわたくしの顔を見つめた。
年齢のわりに大人びた方だけれど、年相応の少年のように嬉しそうに笑う顔を見ると、胸が熱くなる。
一緒に行きたい場所というのは、どこなのだろう?
「駄目、でしょうか?」
「いいえ、行きましょう。ウイリアム殿下がどこに連れて行ってくださるのか、とても楽しみです」
了承すると、ウイリアム殿下はまた嬉しそうに笑った。
わたくしと二人、目立たない服装をして、一緒に王都を歩きたいのだと言う。
ご自分の身分のことを考えると、目立つ格好だと周りが気を遣ってしまうと考えられたようだ。
護衛の方は少し大変かもしれないけれど、ウイリアム殿下なら、無茶なことはされないだろう。
「エレノア様、では明日、お迎えに来ますね」
「はい、楽しみにしています」
不安な気持ちはまだ胸の奥に残ってはいるけれど、ウイリアム殿下が言われたように、今をもっと楽しみたいと思った。
そして、ウイリアム殿下と過ごす明日を楽しみに眠りについたわたくしは、あの花畑にいた――。




