第22話:夢の導き――クロノスの問い
その夜、わたくしはなかなか眠れなかった。
ウイリアム殿下の告白。
アレクシス殿下の暴言。
家族の言葉。
そして、自分の揺れる気持ち――。
胸の奥がざわついて、落ち着かない。
目を閉じても、心だけがずっと動き続けているようだった。
けれど、いつの間にか眠りに落ちたのだろう。
気づけば、わたくしは色とりどりのあの美しい花畑に立っていた。
「……クロノス様」
呼ぶより先に、クロノス様はそこにいた。
白銀の髪を揺らし、静かに微笑んでいる。
『エレノア……』
クロノス様のその声は、どこか懐かしく、胸に沁みた。
『悩んでいるようだな』
「はい……」
わたくしは素直に頷いた。
クロノス様はきっと、わたくしの全てをお見通しだろう。
「わたくしは……どうすれば良いのか、わからなくて」
『五歳年下ということが、そんなに大きな問題なのか?』
「はい、大きな問題です……」
そう……それは大きな問題のはずだった。
何故ならわたくしは、ウイリアム殿下よりも五歳も年上で。
殿下にはもっと相応しい方が現れるかもしれなくて。
わたくしがウイリアム殿下の輝かしい未来を奪ってしまうかもしれなくて。
そして、年上のわたくしを選んだウイリアム殿下が、いつか後悔されるかもしれなくて……。
年齢差の問題の中に、わたくしは自分の弱さを見つけたような気がした。
『エレノア……お前は、あの若者の……ウイリアムの気持ちを疑うのか?』
「疑う?」
あんなに誠実な人の気持ちを、疑う?
あり得ないと思った。
ウイリアム様の気持ちに、嘘などない。
あの方は、嘘をつかれるような方ではない。
それならわたくしは……あの方を疑ってはいけない。
あの方の真っ直ぐな言葉、想いは、彼の真実なのだ。
「疑ってはいません。ただわたくしが……不安になっていただけです……」
クロノス様は、ふっと目を細めた。
『エレノア……今はその年齢差が気になるかもしれない。だが、五年も経てばどうだ? お前は二十代前半で、ウイリアムは今のお前と同じ年頃になる。さらにその五年後は、お前は二十代後半で、ウイリアムは二十代前半だ。その頃には、年齢差など誰も気にしなくなるのではないか?」
「五年後、十年後……」
『そうだ。人の人生は長い。神の時間から見れば一瞬だが、お前たちにとっては、五年も十年も、確かな積み重ねだ』
クロノス様の声は、静かに心へ染み込んでくる。
『エレノアよ、今を恐れるな。未来に目を向けよ。五年先、十年先の自分たちを想像するのだ。そのとき、お前はどうありたい?』
五年先、十年先を想像する。
胸が早鐘を打ち、熱くなるのを感じた。
わたくしは、ゆっくりと息を吸った。
「クロノス様……わたくし……」
『エレノア、もう一つ、聞こう』
クロノス様はわたくしの目をまっすぐに見つめた。
『お前は――ウイリアムが嫌いか?』
その問いに、わたくしははっと息を呑んだ。
嫌い?
そんなはずがない。
わたくしは静かに、首を横に振った。
「……いいえ。わたくしは……ウイリアム殿下を……」
言葉にした瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
自分の気持ちが、はっきりと形を持った。
クロノス様は満足げに微笑む。
『ならば、もう答えは出ている。あとは……お前がその答えを受け入れるだけだ』
その言葉が、優しく背中を押してくれた。
気づけば、白い光が視界を包み――わたくしはゆっくりと目を覚ました。
胸のざわつきは、もうない。
代わりに、静かな温かさが広がっていた。
「ウイリアム、殿下……」
その名を口にしたとき、わたくしは自分の心がどこへ向かっているのかを、はっきりと理解していた――。




