第18話:王宮の動揺――迫る隣国の影
談話室を出たわたくしは、そのまま学園を早退し、馬車で屋敷へ戻った。
胸の奥がざわつき、落ち着かない。
セドリック王子の柔らかな笑みが、何度も脳裏に浮かんでは消えた。
柔らかな笑みの奥にある、セドリック王子の底知れない何かが、怖かった。
「エレノア? どうしたのだ。こんな時間に戻るとは……」
私が戻ったことを執事に聞いたのだろう、お父様は執務室から出て出迎えてくれた。
そして、わたくしの顔を見るなり表情を曇らせる。
「お父様……お話があります。すぐに、聞いていただけないでしょうか」
わたくしの声が震えていた。
先程まで抑え込んでいた恐怖が、今にも決壊しそうだった。
お父様は何も言わずわたくしを抱きしめ、執務室へと案内してくださった。
二人きりの執務室で、わたくしはとうとう堪えきれずに泣いてしまった。
お父様はわたくしを急かすことなく、落ち着くまで待っていてくれて――深呼吸を繰り返し、落ち着いたわたくしは、セドリック王子とのやり取りをすべてお父様に話した。
セドリック王子が隣国の第三王子であること。
身分を隠し、王立学園に通っていたこと。
あの日の事情聴取の内容を知っていたこと。
わたくしに婚約を申し込むと言ったこと。
そして、国王陛下の命令すら『状況次第で変わる』と言い切ったこと――。
全てを話し終えると、お父様はしばらく沈黙し、やがて低く呟いた。
「これはもう、我が家だけで抱えられる問題ではないな……」
その声には、怒りと警戒が混じっていた。
「エレノア、すぐに王宮へ向かう。一緒に来なさい。国王陛下に、報告しなければならない」
「……はい」
わたくしは頷き、お父様と共に馬車へ乗り込んだ。
王宮へ向かう道中、胸の鼓動が早まる。
セドリック王子の言葉が、何度も頭の中で反芻された。
あなたの未来の選択肢の一つとして、僕を覚えておいてほしい――。
あの柔らかな声が、どうしてこんなにも怖いのだろう。
王宮に到着すると、すぐに国王陛下への謁見が許された。
謁見室に入ると、国王陛下、王妃殿下、ウイリアム殿下、そしてアレクシス殿下が揃っていた。
「エレノア嬢、クロノ公爵。急な呼び出しと聞いたが……何があった?」
国王陛下の問いに、お父様が一歩前に出た。
「陛下。隣国レーヴェルト王国の第三王子、セドリック殿下が……エレノアに婚約を申し込むと言ってきました」
その瞬間、謁見室の空気が凍りついた。
「な……!」
アレクシス殿下が目を見開き、ウイリアム殿下は静かに息を呑む。
王妃殿下は眉をひそめ、国王陛下は重々しく目を閉じた。
「詳しく話してくれ」
わたくしは、学園での出来事をすべて話した。
セドリック王子の言葉、態度、そして彼が『事情聴取の内容を知っていた』という事実。
話し終えると、国王陛下は深く息を吐いた。
「……隣国の王子が、我が国の公爵令嬢に勝手に接触し、婚約を申し込むとは……。これは、外交問題になりかねん」
王妃殿下も険しい表情で言う。
「しかも、事情聴取の内容まで知っているなんて……王宮のどこかから情報が漏れているということですわね」
アレクシス殿下は拳を握りしめ、震える声で言った。
「エレノア……すまない。俺が……俺があの日、あんなことをしなければ……!」
わたくしは何も言えなかった。
国王陛下はゆっくりと立ち上がり、重々しく言った。
「クロノ公爵、エレノア嬢。この件は、王家として正式に対処する。セドリック王子には、こちらから連絡を入れよう。勝手な行動は許されぬとな」
その言葉に、お父様は深く頭を下げた。
「ありがとうございます、陛下」
国王陛下はわたくしに視線を向け、優しく言った。
「エレノア嬢。そなたは何も悪くない。どうか、心を乱されぬように」
その言葉に、胸がじんと熱くなった。
けれど――セドリック王子の柔らかな笑みが、どうしても頭から離れなかった。




