第17話:王子の真意――迫る影
セドリック王子に案内され、わたくしは学園の談話室へと足を踏み入れた。
昼休みの終わりが近いせいか、室内には誰もいない。
静けさが、かえって緊張を煽った。
「どうぞ、こちらへ」
セドリック王子は、わたくしに椅子を勧める。
その仕草は丁寧で、年下とは思えない落ち着きがあった。
わたくしが腰を下ろすと、セドリック王子は眼鏡を軽く押し上げ、穏やかに微笑んだ。
「先ほどは、驚かせてしまいましたね」
「……はい。ですが、もっと驚いたことがあります」
「ほう? それはどんなことでしょう?」
「セドリック王子は、どうして、あの日の事情聴取の内容までご存じなのですか?」
セドリック王子は、まるで予想していたかのように、ふっと笑った。
「先程のやりとりから、そのことにちゃんと気づくあなたは、聡明な方ですね。あの日、あなたに婚約破棄をつきつけたアレクシス殿下の神経を疑うほどです」
セドリック王子はそう言うと、笑顔のまま続ける。
「僕は、情報を集めるのが得意なんです。この国の歴史を調べるうちに、王宮の動きにも自然と詳しくなりましてね」
「自然と……?」
「ええ。そして、王宮の人間は、案外口が軽いものなのですよ」
その言い方は柔らかいのに、どこか冷たさがあった。
わたくしは背筋にひやりとしたものを感じる。
「では、あなたの目的は……?」
セドリック王子は、わたくしの問いに対し、少しだけ表情を引き締めた。
「単刀直入に言いましょう。僕は――エレノア様、あなたに婚約を申し込むつもりです」
心臓が跳ね、呼吸が止まった。
「……婚約、ですか?」
「はい。あなたは時の神に選ばれた方。そしてクロノ公爵家は、この国でも特別な家系。あなたと婚約することは、我が国にとっても大きな意味を持ちます。はっきり言って、あなたの存在は、この国にはもったいないですよ」
婚約と言っても、セドリック王子はわたくしに恋をしているわけではないだろう。
彼は政治的な意味で、わたくしを欲しているだけだ。
わたくしは静かに息を吸い、言った。
「セドリック王子……あの日の事情聴取の内容をご存じなら、わたくしがこの国から出ることを許されていないこともご存じでしょう。国王陛下からの命令です……ですから、セドリック王子が婚約を申し込まれても、わたくしはお受けすることはできません」
わたくしの言葉を聞いて、セドリック王子は少しだけ目を細めた。
「なるほど。そうでしたね。ですが、国王陛下は、永遠に、と言われたわけではないでしょう?」
「え?」
「エレノア様、状況が変われば、判断も変わる……政治とは、そういうものなのです。今はそのようにおっしゃっていたとしても、今後は変わる可能性もあるのです」
その言葉に、わたくしは言い返せなかった。
まるで、国王陛下の言葉を盾にしたとしても、いくらでも抜け道はある――そう言われているようだった。
つまり、隣国の王子であるセドリック王子は、いくらでもわたくしを手に入れる手段をもっている、ということだろうか。
わたくしは目の前にいる年下の少年に、静かな恐怖を覚えた。
それは、アレクシス殿下に感じるものとは、正反対の恐怖。
セドリック王子は、わたくしの沈黙を見て、柔らかく微笑む。
「焦らなくていいんですよ。僕は、あなたを困らせるつもりはありません。ただ……あなたの未来の選択肢の一つとして、僕を覚えておいてほしいだけです」
その優しい声が、逆に怖かった。
わたくしは彼に恐怖している感情を悟られないよう気をつけながら、言った。
「……失礼します。今日は、これ以上お話しできません」
「ええ。無理に引き止めるつもりはありません。またお会いしましょう、エレノア様」
わたくしは深く頭を下げ、談話室を後にした。




